第一節 道のり 2話目
列車最後部、本来なら何かしら大型の貨物が乗せられるはずの車両部位。今回は途中で降ろしてきたのか、あるいは最初から何も乗せてこなかったのか、平たい台車が連結されているだけとなっている。
「……ワイバーンか」
太陽を隠すかのように大空に広げられた一対の翼と、バサッバサッと風を仰ぐような音が翼竜の襲来を告げている。先程から空中で息を吐くかのように炎をばらまいているところから、焦げ臭かった理由は恐らくこいつだろう。
「サイズはそこまで無いな……一人乗りか?」
騎乗している野盗のリーダーと思わしき人物が空から指揮をとっていて、先程見かけた馬に乗っている集団が実働部隊といったところか。
「まずは頭上を飛び回る蝿を叩き落とすか……っと!?」
足下にいる俺に気がついたのか、ワイバーンは突如として空に向けていた口を真下に向け、列車に向けて炎を吐き出した。回避自体は余裕だったが、車両に火が移ってしまっている。
「チッ!」
即座に連結部分を刀で切り離して対処するが、次に俺が乗り移っているのは客車の上だ。直下には見知らぬ大勢の人々が乗っている以上、これ以上の被害を出させるわけにはいかない。
「……風刃斬の準備をしておくか」
俺はいざというときのために、抜刀状態のまま刀を構える。
「どこの誰かは知らないが、とっさの機転は利くようだな……だが、客車は切り離せねぇよなぁ!」
頭上のワイバーンから男の声がする。恐らくは騎手だろうが、野盗をするだけあって同じ攻撃をするだけの知能しか無いのか?
再び堕ちてくる火球を前にして、俺は刀を逆手に持ち替える。
「抜刀法・肆式――風刃斬ッ!!」
絶空よりも範囲のある飛び道具技。刀を振るった時に生じる僅かな微風に斬撃を乗せ、空間を切り裂くごとに徐々に徐々に風圧が増していくという特殊な攻撃だ。
「ゴギャァッ!!」
まさか炎をかき消されてそのまま攻撃が返ってくるとは思ってなかったようで、ワイバーンの腹部に斬撃が横一閃、まともにはいってしまう。
「うぉおっ!?」
瀕死の翼竜から男が振り落とされ、俺と同じ客車の屋根へと落ちてくる。
「いってぇ……クソッ!」
「“大丈夫ですか!? 兄貴!?”」
「こっちの心配してんじゃねぇ! さっさと先頭車両潰してこの列車止めてこい!!」
革製の鎧に袖を通す男は首から下げていた小さな丸石に怒鳴りつけている。
恐らくあれは前作でも戦況報告などで使われていた音響石だろう。その名の通り受けた音波を人間が聞き取れない波長の波に変換、増幅して周囲に拡散する特殊な石だ。変換された波は別の音響石が受け取ればそれを逆変換し、音を発する。つまり音を暗号化するにはこの音響石を上手く削って形にする必要があり、形が同一の石同士のみが同一の変換、逆変換を行える。
『それにしてもやけに状況判断がいいじゃないか』
さっきまでワイバーンの力にかまけていた人間とは思えないが、さて今度はその腰の後ろに引っかけている武器がどれだけ扱えるか、推し量らせてもらおうか。
『ワイバーンに乗るだけで野盗のリーダーができるのか、それとも腰元のおもちゃの扱いが上手いから野盗のリーダーになったのか』
「舐めやがって……って、よく見たらてめぇ、“刀王”か!?」
『俺を知っているだと……?』
向こうは面識があるような雰囲気を出しているが、俺としては目の前に立つたかが60レベル代の男など覚えてなどいない。
「よくもサービス終了間際に牢獄にぶち込みやがって……! ログアウト場所が牢獄なんて屈辱味わったのは初めてだぜ!」
『ああ、そういえばいたな。お前みたいな馬鹿が』
世界最後の日に何をしますかと問われて、今までできなかった犯罪をやりたい放題やっちゃいますを地でやった人間だったか。確かにサービス終了日が決まってからやけにいた気がしなくもないが、懲りずにまたやってる感じか。
「まさか続編で引継ぎができるとは思ってなかったからラッキーと思ったが、てめぇもこの世界に舞い戻ってきてたってか!」
『それでまた馬鹿を繰り返しているってところか? 馬鹿馬鹿しい』
もはや馬鹿とキーボードで打ち込みすぎて過ぎて馬鹿がゲシュタルト崩壊しかけているが、それほどまでにこの男は馬鹿だ。折角引き継げたのになにゆえこのようなことをしているのか。
『お前みたいな輩も元はまともな一兵卒だったじゃないか。どうしてまたゲームが始まるというのにこんなことを始める』
「そりゃ決まってんだろ! 最初から野盗プレイでPKしまくった方が、楽しいに決まってるからだろ!!」
やはり馬鹿は馬鹿だったか。架空の世界とはいえ、そこまで堕ちた人間をわざわざ救う余裕など今の俺には無い。
「抜刀法・壱式――」
俺は刀を納刀し直し、そして一閃のもと目の前の男を屠り去ろうとしたが――
「ぐっ!? がはぁっ!?」
「何っ!?」
相対していた男の背中に、突然鎌が突き刺さる。そんなことがあり得るのか? 客車もここが最後尾だぞ。
「召喚魔法か……? いや、違う」
鎖には鎖がついているようで、どこから飛んできているのか鎖を目で追っていると、客車の後ろからよじ登ってくる一人の少女の姿がそこにある。
「屋上、うるさい。ジャマもの、殺す」
片言で話す褐色の少女。今のラスト以上のボロ布を身に纏い、体中には鎖を巻きつけている。口元がさみしいのか常に鎖を噛んでいるようで、鎖からよだれがたれてきている。そして噛み過ぎのせいなのか、鋭くギザついた歯が、開いた口から覗き見える。
「子供……?」
「子供じゃない。チェイス・アボット」
子供扱いして欲しくはないみたいだが、偏食なのか痩せ細った体型のせいで余計に子供に見える。
『しかしなかなか容赦ない一撃……っ!?』
「ぐっ……このガキがぁ!!」
背中に鎖鎌が突き刺さったまま、男は振り返りざまにチェイスと名乗る少女を切りつけようとした。
しかし――
「サイス・サイズ――“死神の大鎌”」
「ごはっ!?」
背中に突き刺さっていた鎌の大きさが、文字通りの死神の持つ大鎌のサイズにまで巨大化する。それに伴って男の傷口も広がり、多大なダメージが追加で男にはいっていく。
「が、は――」
そのまま体力が削りきられ男の身体が消失、結果としてその場に残ったのは客車の屋根に突き刺さる大鎌だけ。
『……中々面白い技じゃないか』
「うるさい。お前も死ね」
重々しい音を立てて大きな鎖鎌が引き抜かれ、俺は新たなる敵と相対することに。
「“殲滅し引き裂く剱”、チェイス・アボット。たった今から敵を殺す」
『ッ! なぜその名を――まさか!?』
これは本格的にボリスに疑いをかけるべきだったな……!