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第七節 暴走爆走突き抜けて 5話目

「――しっかしNPCならさっさと始末つけた方が楽だと思うけどなぁ」

「知らねぇよ。AIだかなんだあれだけど、人間と応対が変わらないんなら話を引き出すこともできるんじゃねぇの?」

「どうだかなぁ……」

「……あまり時間に余裕はなさそうだな」


 耳を傾け雑兵の世間話を聞く限りでは、チェイスはまだ死んでいない。

 夜の闇に紛れる分には、身につけている黒のコートは適している。照明のような機械染みたものもなく、原始的なかがり火の近くにいる見張りをやり過ごしては敵の休憩地点に潜入する。


「規模としてはそれなりに大きいな……」


 ちょっとした村程度にはテントが数多く張られているところからして、生き残っているのは二つか三つの中隊規模の軍勢と見て間違いないか。


「…………」

「――どうだ? 情報は聞き出せてるのか?」

「いいや、まだだ。ツクヨミさんと烏龍ウーロンさんの二人だが、まだ口を割る様子はないらしい」

「ははっ! そのうちに先に発狂して殺しまうかもな!」


 聞き耳を立てる限り、あまり時間も残されていないようだと理解できる。できる限り急がねば。


「……その前に」


 ――抜刀法・壱式――


「――居合いあい

「っ!? ……か、は……」


 ――少しでも見張りは減らしておいて、損はないだろう。



          ◆ ◆ ◆



「……ここでもない、か」


 死体は片っ端から各テントの奥に隠しておいた。見つかるにしても時間は稼げる。


「これで四つ目……そろそろ当たって欲しいところだが……っ!」


 かがり火映し出すテント内の人影を目にした俺は、とっさに物陰に隠れて様子を伺う。


「……ここか」


 人影は二つ。どちらも何かを見据えているかのように、一方向をジッと見つめている様子。


「尋問は二人……そういう話だったな」


 テント越しの影を見る限りでは、まだ殺されてはいないと分かる。

 問題はここからどうやって二人――否、最低でも一人をテントから離させるかだ。


「そう都合の良いタイミングで死体が見つかったりはしないだろうが……ん?」


 少し騒がしくなってきたな……恐らく隠していた死体が見つかったか。


「……丁度いい」


 誰かが報告に行けば、少なくとも片方は外に出るに決まっている。

 しばらく様子を見ていると、外に出てきたのは中華服を身に着けた男。残るは一人か……。


「……どうやって始末をつけるか」


 一太刀で終わらせたいところだが、警戒度が高まった今の状況においては恐らく中にいる奴もある程度の戦闘態勢をとっているだろう。


「……それでもるしかないか」


 俺は静かに刀の柄に手をかけ、テントの布越しに一撃を入れることを決意する。


「抜刀法・壱式――」


 ――居合ッ!!


「……マジか」

「危ないネー。保険で鉄皮甲(アイアンスキン)かけておいてよかったヨ」


 布は斬れた。だがその先にある鋼鉄に匹敵する硬度と化した足に、俺の一撃は止められている。


「チッ」


 鉄皮甲アイアンスキンか……面倒なことになったな。すぐ後ろに負傷したチェイスの姿もある。こいつを連れて引き上げるには、どうしても接敵距離が近すぎる。


「あららー、どうやらアタシがアタリ引いちゃった感じかネー?」


 即座に距離をとり、刀を構える。

 納刀はしない。ただしそのまま残心と殺界のスキルを発動し、鉄皮甲アイアンスキンを貫通させるだけの力を加えていく。


「困ったネー。今何かしらのバフをかけたネ?」

「それを敵に教えるか?」

「ま、それもそうネ」


 最初からバフをかけていれば足の一本をもっていけただろうが、今はそんな凡ミスを悔やんでいる場合じゃない。


「抜刀法・四式――釼獄舞闘練劇けんごくぶとうれんげき!!」

「っ! それハ! まずいネ!」


 連続での斬撃。だが今度は五体では防ぐことなどできない。敵が回避を続け、距離をとったところで刀を収め、次なる抜刀法をぶつける。


「抜刀法・弐式――双絶空そうぜっくう!!」


 迫りくる二つの斬撃波を、セーラー服の女はアクロバットな動きで回避する。そうしてさらに距離を取り出したところで隙ありと思った俺は、テントの中にいる捕虜チェイスを両肩に担ぎ上げる。


「――縮地!」


 チェイスを担いでいる分余計なTPを食うが、そんなことはどうでもいい。辺りを見回しても既にこの騒ぎの中心がここだということに気が付いて、人が集まってきている。

 集まってこようとしている人の合間を縫うように、俺はクロウが陰で待機している砂丘の方へと走っていく。


「もう少しで抜ける――」

「おっと、そうはさせるかよ!」


 突如として眼前に迫る脚。それをとっさ俺はチェイスを担いだままのスライディングで真下をすり抜けていく。

 ――目の前に来るまでは、完全に気が付かなかった。俺の殺気を探知するスキルですら、間近に近づかれないと引っかからない程に、完璧にカモフラージュされたスキル。


「ヒュゥ、やるじゃねぇか」

「っ!」


 声がする方を振り返るが、そこには誰も立っていない。ただ蹴りを繰り出す際の軸足の跡だけが砂地に残っている。


「クソッ、縮地!」


 もう一人の見えない敵。おそらくはさっき出ていった中華服の男の方だろう。だがここで足を止めて、下手に相手はできない。


「そぉらもう一発!!」


 今度もまた直前での殺気、だが反応が遅れたせいで、横腹に重い一撃が突き刺さる。


「グハァッ!!」


 拳によって文字通り殴り飛ばされ、俺とチェイスはそのまま地面に身を放り出してしまう。


「くっ……分かったよ、相手してやるよ……!」


 こいつ以外は縮地でだいぶ距離を離した。追ってくるには少し時間がかかる。

 だがそれもこいつの出方次第で、いくらでも時間を潰される。チェイスとともに逃走を図れば捕まえに来るだろうし、かといってこうして戦おうにも待ちの時間を作らされる。


「せめて俺一人なら何とでもなるだろうが、チェイスが……!」


 そうしてチェイスの方をちらりと見やると、チェイスもまた、僅かに残された力で唇を動かそうとしている。


「ジョージ、さま、にげ……て――」

「っ、ふざけるんじゃねぇぞ!! 何の為にここまで来たんだ!!」


 俺が選んで、俺が従えたギルドメンバーを、俺が死なせる訳いかないんだよ!!


「――妖刀、“籠鶴瓶カゴツルベ”」


 ステータスボードから、新たに取り出した刀。追っ手も近くまで来ている。

 ――近くまで来ている? ならば纏めて殺してやる。


「こうなったら何もかも一切合切斬り捨ててやる」


 俺が刀を取り出す瞬間を狙って再び蹴りが飛んでくるが、俺はそれを転がりながら遠くへ回避するとともに抜刀、手の甲に朱色の妖刀を突き刺し、血を啜らせる。


血の盟約(ブラッドアサイン)――大殺界」


 防御の一切を捨て、全てを禍々しき攻撃力へと注ぎ込め。そして残心、殺界以上の集中力を蒼き残光として目に宿せ。

 そうして見ることができる。不可視の敵の姿。


『……来ないのか?』


 やはり中華服の男が正体だったか。だが既に俺の両目はまっすぐお前を見据えている。


「はっ! 明らかに様子が変わった敵に無暗に突っ込むほど馬鹿じゃねぇよ俺はな!」

『そうか……だったらこっちから殺しにいくぞ』

「なっ――」


 縮地――そして敵に構える隙すら与えずに、横一文字に首を撥ねる。

 首を失った男が倒れるまでの間に、次なる抜刀法を追っ手の集団の方へと繰り出す。


「抜刀法・死式――」


 ――風刃斬ふうじんざん!!


 斬撃が殺戮の風を纏い、突き進むに連れて大きくなっていく――


「……こいつを抜かせたことだけは称賛に値するだろうよ」


 一面の血だまり。そして二つに切られた死体の数々。それらを一瞥して、俺は静かに刀を納刀する。死体の中にはセーラー服を着た者の姿が見えないところから、拠点に残っているか、撤退して報告に向かったのだろう。運のいいやつだ。


『大丈夫か、チェイス。もう少し耐えられるか?』

「すごい、ジョージ、さま……一撃、で――」

『もう喋るな。すぐにこの場を離脱する』


 チェイスを担ぎながら、再び縮地で予定されていた場所へと向かう。すると現地に既に状況を察しているのか、エンジンをかけてすぐに離脱ができるように準備しているクロウの姿が見えた。


「っ、おいおい、かなりボコボコじゃねぇか。よく生きてたな」

『お前こそ、よく逃げなかったな』

「ここからでも双眼鏡を使えば戦っている様子が見えるからな。勝って帰ってくるだろうと思って待ってたんだぜ?」

『そうか、礼を言う。それとチェイスだが、ポーションを使う暇がなかった。追々飲ませてやってくれ』

「分かった。だがその前に離脱だな」


 クロウがエンジンを吹かして去っていく姿を見送り、遅れて俺も縮地で跡を追う。


「……しかし、代償はそれなりのものだったな」


 ――敵に、俺が未だに籠鶴瓶カゴツルベを持っていることがバレてしまったかもしれない。

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