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第六節 方向転換 2話目

「これは……」

『援軍に駆けつけるよりは、防衛戦の準備をした方が後々の展開が良いかもしれないな』


 砂漠のど真ん中で行われていた戦争は、俺達の思っていた以上に泥沼と化していた。遠目に見る野営地には、負傷したプレイヤーが少ない物資で僅かながらに体力を回復し、残りは自然回復が最大限発動するよう、横になっている者が数多く見受けられる。


「確かにこのままだと押し切られる可能性が高いでしょうね。特にここからだとナックベア領地内にある補給地点の方が近いことが予測されるでしょうし」

『……だとしたらいっそザッハムで構えるのも手じゃないか?』

「ザッハムですか? ……確かに元々があの女性一人の街ですし、それならばそっちで構えた方が楽かもしれませんね」


 しかし問題としては、先程のように戦闘が長引けば長引くほどにオラクルが嗅ぎつけてくる可能性が高くなるということ。たった一つの問題点だが、先程のように姿を現しただけで、場には混乱が起こるのは間違いない。


「かといってオラクルのことを他のプレイヤーに話したところで、それを利用する輩もいるかもしれませんし……」

『ソードリンクスの耳にまで届いてしまえば、こちらの戦力を真っ先に削ぎに来るだろうよ』

「国外にでれば、それこそ相手が七つの大罪(セブンス・シン)を使ってきた時の特攻策として利用するでしょうね」


 ザッハムを拠点として強化して戦闘を始めたいところだが……なんとも難しい判断だ。


「……仕方ありません。ザッハムの拠点化は確定として、一旦レリアンまで戻りますか?」

『そうだな……ラスト!』

「はっ!」

『ここからレリアンまで【転送トランジ】を行う。何度か往復することになるが、頼まれてくれるか?』

「勿論です! 主様のご命令とあらば何なりと!」


 もうすぐ日をまたぐ時刻にもなる。できることなら、レリアンに戻ってから休みたい。


『それでは皆、ラストの展開する魔方陣の上に』


 今回は様子見だが、それでもグリードという情報的に大きな収穫があった。

 次にザッハムを訪れる時は、ギルドの面々と共に防衛の準備に取りかかることになる。

 その時には今戦っている集団と連合を組むことも、あるいはこれを機にギルドを吸収するという手もあるかもしれない。

 だがいずれにしても――


『――今日のところは、ひとまずお休みだ』



          ◆ ◆ ◆



「――っ、ここがお前らの本拠地か」

『そうだ。ベヨシュタットにしては発展しているだろう?』


 既に日をまたぐ時刻となっている。そんな静かなレリアンのギルド本拠地前に移動を完了した俺達だったが……なんだか俺としては気分が落ち着かない。


「……あの、主様」

『なんだ?』

「本当によろしかったのですか?」

『仕方ないだろう。グリードの顔を隠すとするならそれしかないのだから』


 全くもって落ち着かない。この俺がコートを脱いで、公衆の面前で素顔をあらわにするなどと。

 シロさんの制作スキルで即席の布の衣服を着けているからか、我ながら町人その1ぐらいとしかいいようがない。


『こんなしがない三十過ぎの男の面を晒し続けても意味がない。さっさとギルドに――』

「ちょっと待ってください主様! 主様のそのお顔が、しがない訳が――」

「はいはい、良いからギルドに案内してくれ」


 タイラントコートに関してはデータとしてインベントリでのやりとりをしていない為、俺が来ている服のサイズのまま、グリードが頭からかぶるような形で身につけている。理由はその方が素性を隠しやすいという判断からだ。

 グリードが俺とラストの背中を押すようにして、そのままシロさんやベスの後を追うようににギルド内へと入っていく。深夜の時間帯というだけあって、ほとんどの者はギルド内に割り当てられた自室にて寝静まっている様子。


「当然ながら、グスタフさんも寝ているでしょうね……」

『だろうな。あの人もリアルだとだいぶ年だろうし』


 沼地で会った時の歴戦の老兵的な姿を思い出す度に、俺もあんな年の取り方をしてみたいと思うものだ。

 しかしこうして改めて考えると、うちのギルドも夜間警備にも手を回しておいた方がいいかもしれない。なぜならこうして普通にギルドの大部屋の円卓までの廊下を、明かりをつけながらとはいえすんなりと歩いて行ける――


『そこにいるのは誰だ!』

「なっ!?」


 既に活動時間は過ぎている。それをわざわざ円卓前の廊下で待機しているなど、普通はあり得ない。


「偉大なる“殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション”の創設者の皆様、お待ちしておりました」


 コツン、コツン、というヒールで床を叩く音が響き渡る。それと同時に、ドレス姿の女性の姿が、徐々に徐々にとあらわになっていく。


『……名を名乗れ』

「あら、これは失礼いたしました」


 女性貴族か何かかと思っていたが、人影は静かに膝をついて、頭を垂れる。


「現“殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション”にて幹部を務めさせて頂いております、テュエナ=イェルネットと申します」


 ウェーブのかかった長い髪を垂らし、深紅に染まった口紅で語りかける言葉には、妙な色気を感じる。


「おや、貴方でしたか」

『知っているのか?』

「ええ。彼女は貴族院の方に、スパイとして送り込まれているのですよ。……さて、それがどうしてここにいるのか、教えて頂けますか?」


 これで五人目の幹部になるのか? そんな俺のささやかな喜びをよそに、シロさんとテュエナは共に深刻そうな表情を浮かべている。


「……貴族院で、何か動きがあったのですか?」

「そのようです」


 口振りからして随分とこっちにとって良くない話のように思えるが。


「……現在、シロ様が仕掛けようとしている対ナックベアへの戦争に、貴族の方でも出資など支援をいただけないか探りを入れたのですが……」

「ですが?」

「……一人、話に乗ってきました」

「? ならばいい話ではないですか」


 正直この二人の話だから俺は口出しをするつもりはないが、貴族院の人間に手を借りるのは元々からあまり気乗りしない。


『で? 話に乗ってきた代わりに何かふっかけられたのか?』

「いえ、そういうわけでもないのですが……」

「ならばなんです? この地は二代目刀王が治める土地ですから、それに口出しをしてくる可能性も低いでしょうし……」


 この地が狙いという訳でもないなら、一体何が相手貴族の狙いなのか。


「……ナックベアに侵攻して、その先にあるチェーザムという街を手に入れて欲しいと言うことです」

「チェーザム……?」


 ううむ、過去にナックベアのある方へと積極的に攻め込んだ経験もないから、どんな土地なのか想像もつかない。


「チェーザムですか……なるほど、それは随分と我が侭な貴族ですね」

「しかしそこを確実にとれるというのであれば、いくらでも出資すると」

『そこまで重要な土地なのか?』


 よほど大きな街なのだろう。それこそベルゴールのように、それなりの城砦でもあるのだろうか。


「ええ。砂漠近くで有力な街といえば真っ先に上がるでしょうし。そういえば言い忘れていましたけど、恐らく敵もそこを拠点としてこちら側に攻め込んでいるはずです」

「えっ、それ先に言ってくれないと、あそこで延々と戦う羽目になっちゃじゃないのぉ? まぁ私は別にそれでもいいけどぉー」


 ベスの言うとおり、そうだとするなら一気にチェーザムまで占領しないと、泥沼化してしまう可能性がある。


「ボクも名前を聞くまでその可能性を完全に失念していました。申し訳ありません」

『だがある意味目処はついたじゃないか。要はそこまで一気に前線を押し上げれば良いのだろう?』

「ええ。チェーザムを占拠し、引き渡して頂ければ、追加の報酬も出すと言っています」


 だったら話は早い。できる限りギルドでメンツを集めて、前線を押し上げていくとしよう。


『ただ問題点としては、さっき以上の大規模な戦争になるのは目に見えている。そうなるとオラクルの降臨はほぼ間違いない』

「どうしましょうか……できれば初回はオラクルが出現した際の様子見もかねて七つの大罪(セブンス・シン)には待機して貰った方が――」

「はぁ!? 私が主様と離ればなれ!? それを主様が許すと思ってるの!?」


 いや、どっちかっていうと俺はラストの安全が最優先なのだから、家で留守番していた方が良いのならそっちを勧めるが。


「……とにかく時間はあまりありませんが、できる限りで作戦を立てましょう。それと今散らばっているであろう幹部も集めて、明後日改めて会議を開きましょう」

『集まるのにも時間がかかる。会議は明後日だな?』

「ええ。そうしましょう」

『分かった。俺もできる限り準備をしておこう』


 ベルゴールの時とは違う、一切手の抜けない本格的な侵攻戦。予想していたよりも大規模な戦闘が近づいてきている実感を前に、血が騒ぎ出す。


『ラスト』

「はっ!」

『今回もし出陣がなかったとしても、しっかりと家を守ってくれよ』

「ええ、勿論。妻として、しっかりと家を守りますから」

「おい。いつの間に妻に昇格したんだ」


 いちいちツッコミを入れているとこの先疲れることになるぞ、グリード。

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