第五節 砂漠の境界線 6話目 The Blade Wind Is Blowing
「――っがはぁっ!?」
薄皮一枚。しかしそれでもダメージはダメージ。そして人工知能に精神というものは無いだろうが……そっちにも大ダメージを与えることができただろう。
「やばっ、死ぬぅ!? まじで死ぬぅ!?」
本来ならばきちんと着地していたはずであろうビルの屋上に転がり、グリードは自分の手についた血を見て焦り出す。
『フン。大方予想通り、本体の戦闘能力は無いに等しいか』
あれだけの援軍を呼べて、なおかつ本体性能がラスト並みだとするならば、強さとしては『大罪』の枠を大きく外れすぎている。
「うっ、くっ……」
『安心しろ。幸か不幸か本当に薄皮一枚だ。派手に血は出ているが、ダメージ自体はそんなに無いのは分かっているだろう?』
「くっそー……だったらこれはどうよ!?」
「っさせるかよ!」
そうして更に召喚を重ねようとしたその手をはねようとしたが――
「っ!? マジかよ……!」
「…………」
「…………」
次の瞬間に俺の刀を防いだのは、見覚えのある直剣。その持ち主へと目線を送ると、そこには真っ白なコートに身を包んだシロさんの姿が。そしてその少し後ろには、槍を構えた状態で虚ろな目でこちらをにらむベスの姿が。
「流石にあんたら相手は、冗談がきついぜ……!」
その生気が抜けた目は、先ほどまで相手していた分身体と同じ目をしており、俺はまさかと思って本気で倒す覚悟をしなければならないと思っていた。
「ははははっ! つい先ほど手に入れた強力な手駒だ! サービスで教えておいてやるが、そいつらはまだ完全にこちらの手中には堕ちてないからな。丁重に相手してやれよ」
しかしグリードの言い分によればまだ完全な催眠状態に陥ってないようで、万が一俺が倒した場合通常のPVPと同じ処理扱いになるようだ。
そう言ってしまうことで俺が躊躇して倒せないことをもくろんだのかもしれないが、状況が分かればまだ手立てはある。
「峰打ちで倒せってか……」
だったら抜刀法・肆式しかまともな方法はない。
俺は腰元の鞘から刀を抜き、両手でしっかりと構えをとる。
「やるしかねぇか――っとぉ!?」
口火を切ったのはシロさんの方で、勇者職としてふさわしい、剣と盾というオーソドックスな装備の組み合わせで俺に襲い掛かってきた。
「どうせなら、ちゃんと意識を持ってもらった状態で手合わせしたかったぜ――っと!」
縦切り、横薙ぎ、シールドバッシュ――と各種織り交ぜたラッシュをいなしていると、文字通り横やりを入れるようにしてベスが鋭い突きを何度も繰り出してくる。
「……ちょっと困ったな……」
この状況で悠長にキーボードを打っている暇なんてあるわけがない。もっと言うと、一人でここまで追ってくるべきではなかった。
「せめてラストのバックアップさえあれば……」
そうして弱音をぽつりと吐いていると――
「――【刺突心崩塵】!!」
「っ!」
「ふっ!」
二人の頭上から襲い掛かる猛毒の針の雨。そして俺のすぐ隣に降り立ったのは、まさにたった今求めていた、俺にとって唯一の存在。
「貴様等……よもや血迷って主様に手を出すか!!」
それまでともに戦ってきたギルドのメンバーを前にしても、ラストは一切の動揺もなく完全に敵対者に対する高圧的な態度をとっている。
「いいだろう!! ならばその愚かな行為を、死をもって償い――」
「待てラスト! こいつらは完全に敵になったわけじゃない!」
「っ、しかし主様! 今までの凡庸な相手ならともかく、この二人が相手では――」
「分かっている!」
そうだ、相手はラストですら一目を置く存在。凡百なプレイヤーとは一線を画す最強クラスの相手。
「手を抜いて勝てる相手では――」
「手を抜くつもりはない。本気で気絶させる」
残心、そして殺界発動――ここまで刃を交えたことで分かっているのは、相手は完ぺきにシロさんを模倣できているわけではないということ。
恐らく操作しているのはAIだが、まだまだシロさんの戦い方の学習途中と見ていいだろう。
「早いうちに決着をつけるぞ」
「承知しました、主様」
ハンデありとはいえ、本気で戦う2対2。それはラストによる【空間歪曲】展開を皮切りに、全てが始まった。
「【空間歪曲】にも制限時間がある……それに二人分かけるとなるとラストのTPの減りも目に見えて早い……!」
かけられた魔法によって突然の不意打ちによる死の可能性は無くなったものの、依然として状況は拮抗状態のまま。
「ハァッ!」
「……っ!」
俺の相手はシロさんで、抜刀したままの攻撃ではどうしても振りがいつもより遅くなり、刃同士で鍔競り合いの状況もでてくる。そうなってくると筋力勝負で俺の分が悪い。
「ちぃっ!」
「ふっ!」
直接体に当たらないものの、それでも弾いた衝撃から一撃の強さが伝わってくる。
「本当に、敵に回したくなかったよあんたは!」
力では負ける。ならばもっと技のスピードを上げるしかない。
「抜刀法・肆式――釼獄舞闘練劇!!」
「っ!?」
この技ならば、シロさんですら追いつけない速さで連撃を叩きこめる。高速で振り回す刀のスピードに追い付けず、防戦一方の相手からついに剣を弾くことができた俺は、そのまま気絶させるための仕上げの一撃を繰り出す。
「抜刀法・肆式――」
相手は危機を感じたのか盾を構えるが、無駄だ。
「――絶釼」
盾もろともシロさんを叩き切った俺は、LPが1になったシロさんをそのまま気絶へと追い込むことができた。
「……次は起きた状態で、本気で戦りあおう」
そうしてラストの援護に回ろうとしたが、ラストの方もまた、毒によるスリップダメージでベスを追い込み、気絶へと追いやっていた。
「フン、これで誰が主様の正妻か理解できただろう」
その理解させるべき相手は催眠状態で、何も分かっていないと思うがな。
「さて……」
切り札である二人を無力化されたことで、今度こそグリードを守る者はいない。
『このままあんたを倒すのもいいかもしれないな』
何せ俺の仲間二人をこういう事に使いやがったという憤りが、俺の中で渦巻いているからな。
『……だが、あんたには選択肢がある』
「選択肢……?」
しかしそれと同じくらいに、このグリードの持っているであろう情報量を手放しがたいのも確か。引き入れることができたなら、まさにゲームの生き字引であらゆるものを調べられるだろう。
『幾つかの質問に答えることで俺達が大人しくこの場を去るか、もしくは首を刎ねられてこの世界から抹消され、薄皮一枚とは比べものにならない死の苦痛を味わった上で消されるか。どちらか好きな方を選ぶといい』
故に俺は選択肢を与えた。グリードがどちらを選ぼうが否定はしないが、キッチリと片をつけるつもりだ。
「……AI相手に駆け引きをするつもりか」
『AIはAIでも制作者の生き写しなら、通用してもおかしくはないと思うが?』
俺の言葉が本気だということに気が付いたのか、グリードは肩をすくませると、両手をあげて降参といったポーズをとりだす。
「……いいだろう。私が死んだ時に、今異世界にいるプレイヤーにどんな影響が出るのか分からないからな」
『意外だな。自分ではなく、虜にしたプレイヤーのことを心配するとは』
「わざわざAIとして君臨しているんだ、それなりに理由もある」
どうやらただひたすらにプレイヤーを陥れることが目的ではない様子。その辺も含めて、いろいろと聞き出したところだが、俺が今回一番聞いて起きたいのはただ一つ。
『だったらオラクルについて、知り得る情報を話して貰おうか』
「っ、オラクルだと!? まさか、それはあり得ない! そのプログラムはとっくにボツにしたはずだ!」
――どうやら、一番の核心をつくことができたようだ。




