第五節 砂漠の境界線 3話目
『……これを蟻地獄で片付けていいのか?』
「ほら、ますます怪しくなってきたでしょう?」
確かにさっきの町すら丸ごと飲み込めそうな程の巨大な流砂が、中心に向かって流れていくのが見える。すり鉢状に広がる巨大な流砂が、俺達の眼前に広がっていた。
「さて、どうします?」
「どうするって何を?」
『通常の蟻地獄と同様、中心部に巨大な虫がいるのか、あるいは地下水の影響で巨大な流砂となっているのか、だろ?』
「その通り」
つまりこれが単なる蟻地獄だとすれば、中心にいるであろう虫本体を倒せば問題解決となるだろう。しかし自然現象となれば、対処は難しくなる。
「ひとまず、蟻地獄かどうか試してみましょうか」
シロさんはまだ余らせている干し肉を一個取り出すと、蟻地獄に向けて放り投げる。
「あれだけ巨大なのですから、肉食の虫は必ず飛びつくはずです」
そうして砂の流れに沿って下へと落ちていく肉をじっと観察するが、結局虫の姿は見えず、ただ流れに従って静かに流砂の真ん中に沈んでいく。
「おかしいな……」
「虫としては賢いのでしょうか? 活きのいい餌じゃないと反応しないのでしょう」
その言い方、なんか不穏な気がするんだが……。
「……ということで、誰か立候補して蟻地獄に落ちてくださ――」
『いやそこはあんたが落ちろよ』
「右に同じー」
「主様を危険な目に会わせようものなら、貴様を半殺しにして流砂に流し込んでくれるわ」
当然な反応を返されたシロさんは困った表情を浮かべている。
「ボクがやるんですか?」
『当たり前だ!!』
自分で提案したのだから、少なくとも自分で責任を持って欲しい。
「仕方ありませんね……よっと」
蟻地獄の縁から静かに足を下ろし、シロさんはそのまま蟻地獄の中腹まで静かに降りていく。
「軽く抵抗しているフリでもしてみましょうか」
そう言って近くを流れ落ちる石などを投げつけてみるが、特に反応はない。
「ふーむ……そうだ」
『ん? あの人何をするつもりだ?』
何やらステータスボードからポーションを呼び出して一気に飲み干すと、何を血迷ったのかシロさんは自ら蟻地獄の中心へと飛び込んでいく。
「えぇっ!?」
『シロさん何をやってるんですか!?』
「十秒だけ待っていてください。それでも返事がなかったらラストの魔法で救援を!」
どこぞのアイルビーバックを彷彿とさせるかのように沈んでいくシロさんだが、そんな悠長なことを言っていられるのか!? 自殺行為だぞ!?
『とにかく、言われたとおり十秒後には救出する! ラスト!』
「はっ!」
『多少のダメージは覚悟の上だ。流砂を吹き飛ばしてシロさんの救出に向かう!』
「承知しました!」
十秒。それ以上は一瞬たりともロスは許されない。
『あと五秒……!』
さん、に、いち――
「――っ!?」
「あっ……」
突然のメッセージ。しかしそんなものなどに構っている暇はない。
『ラスト! この辺り一面を吹き飛ばす!』
「はっ!」
「ちょっとぉー、ジョージ?」
今はそんなことに構っている暇はない!
『行くぞ!』
「シロさんからメッセージ来たわよー」
――は?
「っ、ストップだラスト!」
「えぇっ!? じ、じゃあ適当な方向へ!」
本来ならば真下に打ち込む予定だったであろう爆裂する魔法の鎗をあさっての方向に投げ捨てさせたももの、俺とラストはそのまま流砂に飲まれてしまう。
「くっ……縮地!」
流砂で流れ落ちる前に、ラストを抱き上げて素早く蟻地獄を抜ける。
「メッセージだと!?」
「主様の、お姫様抱っこ……!」
ここぞとばかりに引っ付いてくるラストと、それを見てムッとするベスはさておき、俺は急いでステータスボードからメッセージを確認する。
『……“下に道がある”? 流砂に沿って落ちろってことか?』
「でも普通に考えて落ちたくはないわぁ」
だが実際としてシロさんが抹消されたという証拠もなく、こうしてメッセージが送られてきている。
『……降りていくしかないか』
俺はラストに命じて全員を【空間歪曲】で守るよう指示を出すと、そのまま今度こそ流砂の底へと落ちていく決心をする。
『万が一を考えて、上に飛べるだけの力は残しておけ』
「承知しました」
落ちていってから十秒……それまでに地下通路へとたどり着くかどうか……!
「また一人、哀れなプレイヤーが転がり込んできたか……可哀想に――」
――私のコレクションとして、“保護”してやらないとな。




