第五節 砂漠の境界線 2話目
ラグール砂漠における唯一のオアシス――それがこのザッハムという小さな町だ。水源を持ち、農作物もわずかながらに育てられるこの町だが、そもそも自給自足でギリギリといったようで、飲食店といった取引をするような場など存在していない様子。
『つまりこうしたところでは――』
「そう。このゲーム内での通貨ではなく、独自に通貨の変わりとなるものが大抵発展しているものです」
それが食べ物だったり、あるいは衣類だったりは分からないが、少なくとも金貨を渡したところで腹の足しにもならないと突っぱねられるのがオチといったところのようだ。
「そこでボクが用意したのがこれです」
その為にとシロさんが袋いっぱいに詰め込んで持ってきていたのは干し肉。保存のきく食料であれば需要を満たすに違いないと踏んで用意してきたようだ。
「ひとまずこれと引き換えに、情報など得られれば良いのですが」
「……それにしても、随分と人が少ない気がするわぁ」
ベスの言うとおり、家らしきはあっても中に人がいる雰囲気など無い。というより、本当にここは町なのか、という疑問さえ沸いてくる。
『……一応聞いておくが、ここを拠点にして味方はナックベアと戦線を張っているんだな?』
「その筈ですが……それにしても中継役とかいてもおかしくはないと思うのですけど」
かといってナックベアの手が伸びているような雰囲気もない。敵対勢力の姿もなければ、味方の姿も見当たらない。住民らしき人の姿すら見当たらない。
『……突発クエストの可能性は?』
「イベントやその類いの可能性も、クエスト欄を見る限りは何も起こっていませんね」
シロさんはステータスボードを開いて確認をしているようだが、特に何もないといった様子。
『とにかく、誰か一人でも生き残りが……いた!』
遠目に見ても分かる。あまり食事をしていないのか、痩せ細った体が衣服のぶかぶか具合で見て取れる。フードをしていてよく見えないが、日焼けした浅黒い肌を布の隙間からさらした人間が、とぼとぼと道を歩いている。
「とにかく話をしてみましょう」
そういってこの場で一番話術の手腕があるシロさんが、その人物の元へと駆け寄る。
「失礼、もしかしてこの町の住民ですか?」
「はい、そうですけど……」
若い女性の声が聞こえるが、それにしても一人でふらふらとしているのは怪しい。
「この町はザッハムで間違いないですよね?」
「はい、他に町はこの近辺ではないので……」
「他に住民はいらっしゃいますか? ちょっと歩き回っていたのですけど人っ子一人見当たらなくて……」
そこで俺達も合流して話を聞こうとしたが、その前に女性はここ数日満足にものを食べられていないのか、大きな音を鳴らしてしまう。
「あっ、ち、違うんです!」
「心配なさらずともご安心を。我々もただで話を聞くつもりはありませんでしたから」
そう言ってシロさんは早速の使い道として干し肉の入った袋を見せる。
「まずはお腹を満たして、それからゆっくりと話を聞きましょう」
◆ ◆ ◆
「……なるほど。それは確かに不可思議なことが起こっていますね……」
『民兵を駆り出させている時点で、そこはギルドの兵の運用自体失敗だろ』
シロさんと俺とでは、話にとっかかりがある部分が異なっていた。俺はこの先で拠点を立てて陣を敷いているであろう無能ギルドについて、シロさんの方は砂漠に広がる巨大な蟻地獄について、それぞれ興味が異なっている。
『それで拠点をどこに敷いているか――』
「それは後でも構わないでしょう。こっちまで攻め込まれていないということは、一応戦線は保たれているということでしばらくは安泰かと。問題はこの蟻地獄ですよ」
そんなものただの自然現象にしか思えないが……まあ、ガチ廃の人は目の付け所が違うのかもしれないし、ここはシロさんの話を聞くとしよう。
「ちょっとゲーム的な要素も入ってきてしまいますが……普通に考えて村人がわざわざこの村から外に出て長い砂漠を旅するメリットがあるでしょうか?」
『……まあ、無いな』
ここで自給自足で暮らしていけているのであれば、わざわざ外に出る必要も無い。交易をするにしても、たまに立ち寄るであろう行商人を頼りにするくらいで十分済ませられるともいえる。
「それをわざわざ砂漠に出て、蟻地獄におちにいくようなことをするでしょうか?」
『……まあ、言われてみればそうだな』
わざわざイレギュラーな行動を起こすこともない。つまりこれは――
「――何かしらのクエストの予感がしてきませんか?」
『つまり、蟻地獄のあるところに何かがあると?』
「ええ。そのように思います」
「えぇー、でもそれって解決したところでどうにかなるのぉ?」
「解決したところで人が戻ってくるかは定かではありませんが、今のところは明確に死亡したという証拠もありませんし」
普通に考えたら蟻地獄に沈んで一発抹消の気がするが……。
「ひとまずその蟻地獄の様子を見てみましょう。それからでも遅くはないですから」
こうしてシロさんのとっかかりだけを理由にして、俺達は再び砂漠の方へと出向くこととなった。
『……一応水の補給はしていくよな?』
「当然。オアシスに来ているのですから、水もさぞかしおいしいでしょう」
味は関係ないと思うが……?