第四節 肉を食み血を啜る獣 5話目
「くっ……どっちに行ったんだ?」
燃え盛る街を屋根伝いに走り回るが、一向に姿が見えない。それに先程よりも飛行船の高度も上がっているような気がする。まさか一時撤退か?
「だとしても合流するにはラストの回収をしなければ……っ!?」
ラストらしき人影を発見することはできた。そして彼女の方も既にホムンクルスとの戦いを終えているのも確認ができる。
『ラスト!』
「主様!」
とどめは刺していないのか、ラストの足下に転がっている少女の姿をしたホムンクルスは、ギリギリ虫の息といった様子で倒れている。
『とどめを刺していないようだな』
「はっ、お望みとあらば今すぐにでも――」
『いや、いい。こいつは回収してクロウにでも引き渡しておくとしよう』
ラストの死の棘によってズタズタにされている今、ここから復活することなどないだろうし、わざわざ殺す必要も無いだろう。
「では、どのように運び出しましょう?」
『そうだな。グスタフさんでもいれば軽々担いでくれるだろうが、そう簡単には――』
俺とラストの会話をぶった切るかのごとく、機関銃による機銃掃射が俺達の間に割って入ってくる。
『くっ! 飛行船からか!』
「おのれぇ! 私と主様の逢瀬を邪魔しおって!」
いや、逢瀬でもなんでもなかっただろ。ただの情報交換と戦況確認でしかないというのに。
「今すぐにでも撃ち落として――」
『待てラスト。あいつらにとっては俺達がどのギルド所属なのか、まだ分かっていない。ここでまともに相手したら、七つの大罪がいるということを喧伝するようなものだ。そうなるくらいなら、適当に撤退した方がいい』
物陰で飛行船の銃撃をやり過ごしつつ、放置したままのホムンクルスを回収できるかどうかも含めて様子をうかがう。
「どうにかしてあいつを回収したいところだが……ん?」
再びメッセージ。またしてもシロさんから。
「……撤収か。確かに潮時といえば潮時だな」
依然として飛行船二隻は空に浮いたまま。ソードリンクスも石像兵器を投入している気配もないし、ここで俺達が余計に奮闘したところで、ソードリンクスが楽になるだけ。
「では、あのホムンクルスはいかように?」
『回収は無理だな。撤退が優先だ』
「ではとどめを?」
『刺す必要もあるまい。助けも来なければいずれくたばる。再度立ち塞がるとなったら、そのときまた回収するチャンスもある』
生きていたとしても一度倒したことのある相手なら、敗れる心配も無い。
『一応聞いておくが、奴には本気で当たる必要があったか?』
「まさか。【刺突心崩塵】すら出す必要もありません」
『ならいいが……ん?』
「逃がさ……ない……」
ラストの手によってズタボロにされたにも関わらず、這いつくばってでも任務を全うしようとするホムンクルス。
「あんたは……ベータちゃんが……倒すん……だから……」
「……羽虫が」
最後の力を振り絞り、ベータと名乗るホムンクルスは雷撃を放とうとするが――
「――がはっ!?」
『おいおい、別にとどめを刺す必要をなかっただろう?』
背中に大きな棘が突き刺さり、今度こそホムンクルスは絶命する。
「いえ。ほんの少しでも主様が傷つく可能性があるとするなら、その可能性を刈り取るまで」
こうしてテクニカは二体の強力なホムンクルスを失いつつも、ベルゴールを手にすることとなる。表向きは俺達の支援もあったが惜しくも陣地を失ったということで、ベルゴールを手中に入れていたソードリンクスは、大きな街を一つ失うこととなった。
◆ ◆ ◆
『――それで? 敵に盗聴されるリスクを背負ってまで撤収のメッセージを送った理由は?』
場所は移ってベヨシュタット国内ガレリア領レリアンの街にて、アジトにある円卓ではなく、近くの酒場の一角を占領するような形で俺とラスト、そしてシロさんとベス、グスタフさんとで、ギルドでは話せない、ベルゴールでの戦いについて振り返っていた。
「敵もあれだけの兵装できているのですから、恐らくソードリンクスも音響石を使って盗聴を避けているのは必然。敵としては目の敵にしているのはそこで粘ろうとする軍団。撤退のメッセージを送ったところで、相手もわざわざそれを探し出して追撃はしないでしょう」
『メッセージの送り主がシロさんだとバレる可能性は?』
「まあそれを考慮して、ちょっとしたアイテムを使って名前だけ伏せた暗号を送っています」
流石に俺やシロさんの名前は有名すぎて気が付くやつが出てきてもおかしくはないからな……その辺の対処はしているってことか。
「まっ、追撃してきたところで返り討ちにできるわよねぇー」
いつの間にか勝手に注文していたジュースか何かを飲みながら、ベスは片肘をついて不敵に笑う。
「確かにこの五人であれば、あの軍勢でも打ち倒すことはたやすいからな!!」
グスタフさんはそう言って豪快に笑っているが、流石にあれだけの軍勢をノーダメージで切り抜けるには他に対空要員のメンバーが必要になってくる。
……具体的には今このゲームにいるかどうかは分からない竜騎士のあいつとか。
「……ハッ、またないものねだりをしちまってるってか」
「……? ……ともかく、掲示板を見る限りでは、ソードリンクスには再びベルゴール奪還の命令が下されているようで、しばらくは忙しくなってくれそうですね」
酒場にある掲示板を横目に、シロさんはニコリと笑っている。掲示板にはベルゴール奪還の為の招集などが貼られているが、このガレリアから出兵する者は一人もいる筈がない。
「ギルドはもとい、ここらを拠点にしている冒険者にも情報を流していますからね」
『いったところで何も報酬を出されなかったことなど、俺達が証明しているからな』
事実として先の戦争で得られた報酬は経験値以外何もない。武具なども拾えたかもしれないが、大抵はコモンアイテム。そもそも敗戦したのだからソードリンクスとしても他のギルドには満足に報酬を払うこともできず、不信感だけを振りまいただけだといえよう。
『俺達はギルド所属ではなくあえて末端での個人参加をしたが、それですら何もないとなると、他に参加したギルドに支払われた金額などたかがしれている』
「もしくは、我々と知っていてあえて支払っていないかどうか。まあ、支払いすらないとなると、いずれにしても風評として広がりますからね。ところで、例の遺跡の件についてですが、またしても新たに遺跡を見つけたようです」
となると、早速向かわなければ――
「いえ、向かう必要はありません。既に有志がやってくれています」
『遺跡のことを一般にも流したのか!?』
「ええ。まあギルド内外でボクの信頼できる筋にだけですが。それに報酬も出すようにしているので、そのうち正確な情報が得られるかと」
確かに時短にはなるだろうが……。
「それともう一つ。我々が接しているテクニカとはまた別の国との戦線に向かいたいところなんですが……」
『そういえば今のベヨシュタットはいくつの国と戦争しているんだよ……』
「全方位、といったら納得します?」
聞きたくなかったわその言葉。
『で? 今度はどの国相手に戦うっていうんだ?』
「テクニカ・リベレーター連合軍はソードリンクスに全部押しつけるとして、我々が戦況を握って功を立てる国は……ナックベア。徒手で戦う闘士の国です」
『ナックベアか……テクニカやリベレーターのような面倒なギミック抜きの実力勝負か――』
――ある意味やりやすい相手だな。
 




