第四節 肉を食み血を啜る獣 4話目
夜の闇を鮮やかに照らすように、赤い炎が市街地を支配している。
「シロさんは今のところ遠巻きに様子を伺っているようだが……っ!?」
屋根伝いに走っていると、突然として目の前に青い雷が撃ち落とされる。
「っ! 主様!」
『分かっている……来たか』
雷とは違って、ふわりと羽のように降り立つ一人の男。細身ながら筋肉質であり、ケブラーという素材で作られた防御性能の高いテクニカならではのボディスーツを着こなしているその姿は、明らかにこのベヨシュタットでは浮いた存在になっている。
更に真っ白で長い髪、そして――
『……それってまさか口紅か?』
「残念ながら私は生まれながらにして体温が低いだけだ」
紫色の唇からしてそっち系の男かと思ったが一安心――といいたいところだが、こうした言葉ですら自分の緊張感を紛らわせる為の適当なごまかしであるという自覚がこの状況の悪さを如実に表している。
そしてもう一人――
「あぁー! ガンマちゃんの雷避けるとか駄目でしょ! ちゃんと敵さんならくらわないと!」
『くらう訳無いだろう。敵だからな』
俺は肩をすくめて軽口を叩いてみせたが、この少女の方も相当な手練れだと一瞬で理解できる。
ふざけた口調をしているが、実力は地面の大きな焦げ跡が十分に保証してくれている。
こちらも真っ白な長い髪をしているが、静電気のバチバチという音とともに不規則に宙に揺らめいている。
「主様!」
『あの小さい少女の方は任せる。俺はあの男と戦う』
あとまだ他にも似たような手合いがいるように思えるが、今は目の前の二人に集中するか。
「あーっ! 小さいって言うなー! マスターにも言わせてないのに!」
「それもそうかもしれんが、我々の使命は部隊を壊滅させている謎の剣士の始末……それが我々の使命」
そういうと男は一瞬にして目の前から姿を消し――ッ!?
「――中々速いな……!」
「おや、首を蹴り飛ばしたつもりだったが」
相手はスーツの防御力、物理体勢によほどの自信があったのだろう、足刀という形で俺の刀との鍔競り合いを挑んできた。
「ならば次はどうだ」
鍔競り合いを止め、今度は蹴りのラッシュを仕掛ける。
「闘士か」
「さて、どうだか……なっ!!」
蹴りを刀で受けたのはいいが、それでも両足で地面を削って数メートルほど後ろにずらされる程の威力が有り余っている。
『……筋力は俺より確実に上か』
黒刀・無間を握る手に自然と力が込められていく。だがそれは久方ぶりの強敵との会合を喜んでいたからかもしれない。
『これは楽しめそうだ……』
全身から沸き立つ黒いオーラ――殺界、発動。
これで集中力を上げ、更に防御力無視の空間断裂も追加。
「……っ!?」
『ほう、ホムンクルスとはいえ流石にここまであからさまだと理解できるか』
ようやく男の顔に冷や汗をかかせることができたようだ。
「……お前か、我々の国家に仇なす敵というものは」
『……正直なところを言わせて貰うが、俺は適当に戦ったところで離脱する予定だった』
だがシロさんからこうして強敵の情報を流されておいて、一目見ずして離脱はできないわな。
『だから少しばかり摘まみ食いした後、余裕をもって離脱させてもらおうか』
「っ、舐めた真似を!!」
無論、挑発のつもりで言い放ったのだからそうして激昂して貰って結構。ただその代わりに――
「――攻撃が単調になるのは、経験不足とだけ言っておこうか」
「っ!?」
蹴りの為に突き出された足を一閃、その場にぼとりと足が落ちていく。
「何っ!?」
『確かに蹴りは強い上、そのケブラースーツの防御性能も折り紙付きだ。だが俺にはまだまだ届かない』
とはいえ空間断裂まで早い段階で引き出させたのなら、相手としては上等な部類といっても過言じゃない。
『どうする? ここで退くなら俺もそこまで執拗に追いかけ回すつもりはないが』
「……我が使命は、仇なす敵の抹殺」
落ちていた足の切断面同士をくっつけると、まるで最初から斬れていなかったかのようにぴったりと合致してひっついていく。
「……その力、ゼロ号にもあれば良かったんだがな」
やはり本国から送られてきた本物のホムンクルスというべきか。
「ならばその使命をこなすのがホムンクルスとしての役割!」
繋げた足で戦闘続行。どうやら相手は一度命じられた指令をこなすまで止まるつもりはないらしい。
だが先ほども言った通り、俺は適当にやって帰るつもりだ。もう既に遊びの時間は過ぎている。
『……どうせなら、もっとまともな場所で戦ってみたかったが仕方ない――』
――抜刀法・終式――
「うおおおおおおお!!」
「――断罪」
すり抜けざまの一瞬。柄に納められていた刀で縦に一閃、それで全てが終わる。
「……我、が、使命……」
脳天から真っ二つに別れた死骸を後に、俺はラストの方へと向かっていった。




