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第四節 肉を食み血を啜る獣 1話目

「――ほほお、これは随分と興味深い資料を持ってきてくれた」

『それだけあれば解読もかなり進むだろう。俺達が割り振った中でのダブりもあるが、それ以外の場所も書き記してあるから役に立つはずだ』


 ギルドにて待機していたアレクサンダー教授に、ギンガミの持っていた手帳をそのまま渡すと、俺は仕事を終えたと思ってその場を立ち去ろうとした。


「おお、ちょっと待ってくれ」

『ん? 用件は終わったはずだが』

「いやいや、予定以上の資料を貰えたのだ、少しぐらい礼をさせてくれ」


 そうして教授は懐から麻袋を取り出して謝礼だといってこちらの方へと投げてきた。


『おいおい、金の為に動いたつもりでは無いぞ』

「現実世界と同じじゃ。予定以上の成果を上げられたのなら、それに見合った報酬を」

『……それは悪いな。では、何か分かったらすぐに教えてくれ』


 そうして俺は外で待たせていたラストの元へと向かうと、何やらそわそわとした様子でその場に立つ彼女の姿がそこにある。


『ちょっと用件を済ませるだけなのにどうしてそんなに心配なんだ』

「申し訳ありません……先日の一件から、実はこうして一人でいるのは少し怖くて」

『っ! ……そうか、それは悪かった』


 確かに言われてみればいくらこっちが治めている土地とはいえ、周りは見知らぬ人間ばかり。しかもそれまでは絶対的な強者として君臨してきた筈が、オラクルの出現によって危ぶまれている状況がある。


『これからはできる限り誰か知っている者を近くに置こう。その方が――』

「で、できれば主様のお傍に!」


 いつもの調子とは違うラストの言い方に、俺はキーボードを打ち込む手が止まる。それは誘惑したい等といった別の考えを持っている訳ではなく、親元から離れたがらない幼い子どもを彷彿とさせていた。


「…………」

「……あの、やっぱり、ご迷惑でしょうか……?」

『……いや、俺が変に考えすぎていただけだったかもしれないと思ってな』


 冷静に考えれば逆にラストを近くに置いておかない方が非合理的だ。

 というより俺はバカか? 相手はどこにでも姿を現わすことができそうな存在なのに、ここで下手に家においておけば、それこそウタやユズハ、アリサもろともやられている可能性の方が高いに決まっている。


『控えさせたところで、相手が仕掛けてこないという保証は無い。だったらそれこそ傍においておいた方が確かに対処しやすい』


 というより、俺の当初の目的はラストに会うことだった筈だ。それをいつの間にか遠くに置く機会を増やしているなど、矛盾してしまっている。


『どうやら俺は、難しく考えすぎていたようだ』

「い、いえ! 主様のお考えは間違っておりません! ただ私が我が儘を――」

『気にするな。……さて』


 時間も余ったし、家に戻ってユズハを鍛えるか。

 そうして余裕をもって、しかもノルマ以上の成果をあげることができた俺とラストは、残った時間でゆっくりと家で過ごすこととなった。


 ――ベルゴール市街地駐在のソードリンクスの半壊による、新たな戦火の火種ができようとしている事も知らずに。



          ◆ ◆ ◆



「――全く、一応とはいえ味方ギルドを倒すのはいいとして、その尻拭いをさせられる羽目になるとは」

『前作でもベルゴールは激戦区だったが、まさかこうなってしまうとはな……』

「ほらほらぁ、敵さん追加で来てるみたいよぉ」

「さて、それがし達の力、見せてやろうぞ!!」


 この戦いでいくら市街地に火の手が回ろうと、俺達のギルドから何かしらの支援金を出す必要はない。その代わりに指示を出されたのが軍事支援だが――


『正直あまり乗り気じゃないんだよなぁ』


 文字通り火の海に沈もうとしているベルゴール市街地の外壁の上にて、俺達メインメンバーは現状の様子見をしていた。

 街中ではテクニカの兵士と思わしき面々が、この地に残されたソードリンクスの僅かな残党と依頼を受けてきたその他ベヨシュタット側の人間プレイヤー達を蹂躙している光景を見ることができる。


「でしたら主様、ここは適当に任せて私達は休息を――」

『それはそれで不義理過ぎて国からの評価が下がってしまう。ここでの目的は適度に暴れて名を売った後、撤退してこの場を明け渡すことでソードリンクスの評判を下げることだ』


 なぁに、ベルゴールが取られることなど以前もあった話だ。それにここを取ったところで領地取りのゲームスピードは極端に上がらない。


『ここよりよっぽどガレリアやウィンセントを取られる方が辛いからな……』

「それはそうと、ジョージさん」

「ん?」


 シロさんは俺だけを連れてその場を少し離れると、表情を大きく変えることはないものの真面目といった様子で改めて俺の話について確認を入れてくる。


「キリエさんを見たのは本当ですね?」

『……ああ、見間違えるはずがない』

「そうですか……他のメンバーは、確か虚空機関ヴォイドというギルド名を名乗っていたんですよね?」

『そうだ』


 先刻報告した段階で、その後シロさんなりに調べてくれていたらしいが、虚空機関ヴォイドを名乗るギルドは少なくともベヨシュタットでは確認できていないとのこと。


「となれば他国で新たに立ち上げられたギルドに、今のキリエさんは身を寄せていると」

『そうなるな』

「ふむ……少しばかりまずいかもしれませんね」

『……それはどういう意味だ』

「場合によっては、キリエさんを抹消デリートする必要が――ああ、そんなに殺気立たないでくださいよ」


 そりゃ殺気も立ちますよ。元ギルメンを手にかけなくちゃならないなんて。


「しかしながらですね、このままキリエさんを野放しにすることイコール対殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーションの内情が漏れることに繋がると判断されます」

『分かっているさ……少なくとも俺は目の敵にしている様子だったから、狙ってくるとしたらまず俺だろうな』

「困りましたね……」


 今のところ、キリエについての情報はシロさんにしか伝えていない。グスタフさんに言ったところで混乱を招くだろうし、ベスに至ってはシロさんよりも短絡的に始末にかかろうとするだろう。


『まあここで考えても仕方がない。キリエの件は少し後回しにしよう』

「確かにそうですね……それにしてもこの状況、どう見ます? 向こうの目的としては七つの大罪(セブンス・シン)もあるでしょうが、それも話によればソードリンクスが所持しているのでしょう?」

『それ以外だと、ベヨシュタットを攻め込む時の物資補給地点及び前線基地としての役割、か……ん? こうやって羅列すると結構重要か?』


 まあいいだろう。本当にこの地が重要なら、ソードリンクスがそれこそ石像兵器スロウスを投入するだろうし。


『それより気になるのは……飛行船が二隻もいることだな』


 巨大な飛行船が二隻、灰色の空に浮かんでいる。これが市街地ではなくより大きな平原だったり荒野だったりであったならば、この数も納得がいく。

 しかし今回はたかだかベルゴールにある中心街一つ。それにここまでの戦力を投入する理由は何だ?


『まさか資材が有り余っているから舐めプも兼ねてやってるってことはないだろうが……』

「どうでもいいじゃないそんなことぉ。それよりもほら、早く始めましょぉ?」


 ベスは既に槍を構えて舌なめずりをして、眼下に広がる獲物を選んでいる。


「そうですね。ここで考えるより、戦局を見ながら撤退しましょう。それよりジョージさん、ラストは連れてきて大丈夫なのですか?」

『そっちこそジェラスは連れてこなかったのか?』

「ええ、彼女はレリアンの方の防衛に回しています。これに乗じて攻めてこられたとしても、時間稼ぎくらいは期待できるでしょう」


 ある程度の方針は決まらないものの、俺達でやることはただ一つ。


「経験値及びレア装備の火事場泥棒……いけませんねぇ、無礼奴ブレイド時代を思い出すようで」

「あらあらぁ、あの時くらい派手にやっちゃってもいいのかしらぁ?」


 ……なんかよく分からんが、シロさんとベスの二人に妙なスイッチが入ってしまっている気がする。


「無礼奴か……それがしも知らないギルドの風習でもあるのか?」


 前作にて俺とシロさんとベスで、“殲滅し引き裂く剱ブレード・オブ・アニヒレーション”の前身となるギルドを組んでいた時期があり、その時の名前が“無礼奴ブレイド”だが……正直言って、あまり褒められるようなギルドでは無かったと今でも思う。


『だが、今だけは名乗っても問題ないか……無礼奴ブレイド切り込み隊長ジョージ、参る――』

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