第三節 立場の逆転 6話目
「百年という時間経過は、なんとも都合の良いものだな。そう思わないか?」
奴らがここまで力をつけていることへの推理は簡単だった。奴らのギルドメンバーの中に誰かしらこのゲーム制作に関わった者がいて、特別な地位を得ているのだと。
「それに比べて、お前達のギルドは百年間で随分と落ちぶれたみたいだな! 何をどう考えているのか知らないが、ソードリンクスが剣王直属のギルドである限り、お前達が上に立つことはない! ……自分たちのやっていることの無意味さ、理解できるか?」
「…………」
「……相変わらず以前のギルドに執着しているのね。あんたは」
俺は二人に対して、特に言葉を返さなかった。その代わりに、柄を握る手に更に力が入っていく。
「そこのガキの言う通り、お前達は負けたんだよ……ゲームをする前から、この世界に来てから――」
「黙れ下等生物が!! 主様を、これ以上――」
「少し、黙ってろ……」
「ッ!?」
隣で激昂するラストを塗りつぶすように、俺は自然と腹の底からドス黒い声を響かせる。
ゲームに負けた……? 戦う前に勝敗がついた?
――だからどうした?
「主様……」
「……篭釣瓶を出せ」
「っ! しかし――」
「出せ」
何を勝手に勝敗を決めているんだ?
これはギルドの戦いじゃない。今からするのは俺とお前の戦いだろう?
「……何をするつもりだ」
「何をしようが勝手だろうが……」
PVPにおける勝敗とは何だ? それをこいつは知らないのか?
ラストから恐る恐るといった様子で渡された一振りの刀を手に取って、俺は装備を改める。
「――血の盟約」
朱の刀身を持つ妖刀で自らの手の甲を貫き、血を吸わせる。これでこの刀の主が誰なのか、思い出させることができる。
「……大殺界」
それまでにない、禍々しく赤黒いオーラが俺の体を包み込む――俺から見ることはできないが、後に聞いた話だとこの状態の間、俺の目には青い残光が宿っていたらしい。
これを発動中は常に抜刀状態となり、納刀状態からの技――具体的には抜刀法の壱式、弐式、参式が使えなくなる。そして防御力が強制的にゼロとなり、更には痛覚反応の無効化――ダメージを受けてLPが減ったことに気がつかなくなる。
この三つのデメリットと引き換えに、抜刀法・四式――抜刀状態からの技が全て抜刀法・死式――即死技へと変化、更に通常攻撃のクリティカル率が跳ね上がり、相手をより一撃で倒しやすくなる。
「あーあ、相変わらずギルドのことになると本気になるのね」
この力を知っているキリエはフードの二人を従えて俺から距離をとり、更に【転送】の魔法でその場から去ろうとしている。
「……っ! 待て! 話は終わっていないぞ!」
「話って、これ以上は何も話すことはないわ。スロウスを手に入れられなかったあたし達は、この場を離脱する。それだけよ」
「くっ……」
何故、どうしてだ、キリエ。どうして俺達“殲滅し引き裂く剱”の元を去ったんだ。どうしてお前とこの先戦うことにならなければいけないんだ。
「くっ、くそぉおおッ!!」
他にかけるべき言葉も見つからず、その場から消えたキリエ達を追う術はない。ならばこの憤りを誰にぶつければいい。
「……そうか、お前にぶつければいいか」
「何だ!? なんのつもりだ!? 言っておくがこの俺もタイマン特化型でレベルは三桁台ある!! ここで足掻いたところで相打ちに――」
「お前は本当に、この状況が理解できていないようだな……」
今この感情において、一切の手心を加える気などない。ましてや相手はレベル100を超える大物。
――まさに、切り刻みがいがある。
「抜刀法・死式――釼獄舞闘練劇」
「ッ! まさか――」
――ここに来てようやく、相手の理解が俺に追いついてくれた。
「ぐっ、くそぉっ!!」
抜刀したまま繰り出す圧倒的な連撃。抜刀スピードそのままに振るう剣戟は、勇士ごときにまともに受けれられるわけがない。
「どしたどしたぁ!? さっきまでの余裕はどこに行ったぁ!?」
神滅式と並んで突出した戦闘用スキル。一撃一撃が全てクリティカルとなり、相手の武器を、盾を破壊していく。
「何なんだ一体!? こっちの武器が――」
「とったァ!!」
自慢だったのだろう、それまで必死に振り回していた直剣を俺は目の前で叩き折ってみせる。
「ひっ、ひぃっ!?」
「どうした? 相打ちまで持って行くつもりなんだろう? まだ剣が折れただけだろ? そうだ、魔法でも使ってみたらどうだ? それともキリエみたいな魔法剣士じゃあないってか?」
クルクルと刀を回しながら、散歩でもするかのように俺は敢えて悠々と近づいていく。
しかし相手はサブの武器を持ち得ていなかったのか、大楯を構えて必死にその場を耐えしのごうとしている。
「こっ、こうなったらLPが残っている内にメッセージを――」
「そうかそうか、だったら遺書でも送るがいい――」
抜刀法・死式――
――絶釼。
タンク職として防御に特化した武装ごと、俺は全てを一太刀の元で叩き斬った。




