第三節 立場の逆転 5話目
「抜刀法・弐式――絶空!!」
幸いにも通路は細く、絶空を一度放つだけで遠くまで道を切り開くことができた。
しかし斬ったそばから同じティンダロスの悲鳴を聞きつけたのか、どこからともなく次々と追っ手が湧いて出てくる。
「貴方様!」
『後ろから来る奴を抑えておけラスト! 前は俺に任せろ!!』
通路の前後から挟み撃ちを受けながらも、先へと進んでいく。足を止めてなんていられない。
「抜刀法・参式――霧捌!!」
突進技で後続からの距離を稼いでいると、最初の関門が俺達の行く先に立ち塞がる。
「水道管パズルか……」
蛇口から流れる水を延長パイプを繋いで扉の入水管へと注がれるように解かなければ、この扉が開くことはない。
そして当然だが水が流れる音でもティンダロスは大勢やってくる訳で、失敗によるタイムロスは許されない。
『ラスト、背後は頼んだ』
「承知いたしました」
通常攻撃だけでも十分あしらうことはできるだろうが、それでもできるだけ余計な体力をここで裂く必要はない。
「ここで曲げて……それで……落ちてる管はこれだけか……だとすればここを入れ替えて……」
くっ、パズルとかそういった類いのものをまともに解いたことが無いから少し手間取ってしまったが、なんとか繋げることができた。
『ラスト! 俺の代わりに蛇口をひねっておいてくれ! 足止め交代だ!』
「はっ!」
空間断裂。これなら扉がギミックで開いていく時間の間も時間稼ぎができる。
「追加の抜刀法……はいらないか」
目の前で無作為に微塵切りに刃を振るえば、即席の断絶トラップができあがる。当然ながらティンダロスにそれを感知できるほどの知性は持ち合わせていない。
「ギャウンッ!?」
「流石は主様! 次々と湧く犬畜生を細切れに!!」
『感心している暇は無い。開いたのならさっさと先に進むぞ』
その後も同じ閉ざされた扉の前に立っては謎解きをし、時間稼ぎの繰り返し。道中もTP回復用のポーションをガブ飲みしながらもなんとか最後の扉の攻略までこぎ着けることに成功する。
「これが最後だ。後は開いた扉から水道管を滑り落ちていくだけ……」
一回りも二回りも大きな扉。当然ながらパズルの規模もそれまでとは比べものにならない程道筋が遠く、複雑だ。
「くっ……そうだった、入り組んでいてこの場所からだけではどの水道管がどう繋がっているのか確認ができないんだったか」
ここに来て最後の難関。本来ならばここでパーティを分割しなければならず、そして追ってくるティンダロスの群れは過去最大級に増えるという鬼門が立ち塞がる。
「でしたら主様、私が透視魔法を使いましょう」
そうして本来ならば別ルートをたどって確認しなければならないところをラストに魔法を使って確認をしてもらい、その間は俺が足止めをするという連携を繰り返しながらなんとか最後までの導管を繋ぐことに成功する。
『こんなの、ラストがいなかったら到底無理な攻略だったな』
「まあ! でしたらご褒美を――」
『考えておこう。最も、本番はこの先だが』
流石のティンダロスも、この先までは追ってこない。何故なら奴らも理解をしているから。
――この先に束になろうが無慈悲にひねり潰す石像兵器が、静かに鎮座していることを。
「……って、いないだと!?」
滑り台のように長い管を降りていった先、このベルゴール市街地全ての下水道が流れ込む広い貯水槽内に俺とラストは降り立つ。
足元には足場ともいえる金網が中空に張られ、その下にはありとあらゆる液体が混ざった水が溜まっている。
幸か不幸か悪臭はしないものの、ボコボコと泡立っているところから足を踏み外せば即死が待っていることは想像に容易い。
「一体どういうことだ……?」
「おやぁ? 先駆者がいたようだねー?」
「道理で道中のパズルが全部解けてるってわけよ」
「ッ!? 『誰だ!』」
俺が振り返るとそこには俺と似たような、黒いフード付きコートに袖を通した三人の姿がそこにあった。三人ともそれぞれがフードを深くかぶっているせいで顔を伺うことができないものの、声からして一人は男、一人は女だというのが分かる。
そして周りより二回りほど身長の小さい奴はというと、俺を知っていて動揺したのか、一瞬びくつくように震わせたのが見えた。
『……なんだ貴様等は。俺の真似か?』
俺も人のことを言えたわけじゃないが、そうして素性を明かさない奴がこの場に現れた時点で、少なくとも友好的じゃないことくらいは即座に理解できる。
そうして俺は腰元の刀の柄を握って戦闘態勢をとるが、相手はまだ何もするつもりは無いと言わんばかりに、ヘラヘラとした様子で身振り手振りを交えて喋り始める。
「いやいやー、これが我らがギルドの正装ってやつなんだわ。俺達のギルド、虚空機関ってやつのさー!」
「そういうわけ、ね? “キリエ”ちゃん」
「っ! こいつの前であたしの名を呼ぶなっての!」
「えーこわーい! キリエちゃんもしかして目の前のキーボードの男と知り合いだったりしたー?」
「なっ!? ……“キリエ”、だと!?」
俺は耳を疑った。というより、ここ最近グスタフさん、そしてベスと過去の仲間に続けざまに会っていることもあって、その名前を前にして俺は過剰な反応を示さざるを得ない。
『キリエって、もしかしてお前なのか!? 殲滅し引き裂く剱で一緒に戦った――』
「うるさい!!」
「っ! ……やはりその声、キリエで合っているようだな」
その声を聴いて、俺は確信した。かつてともにギルドで、“殲滅し引き裂く剱”でも防衛戦最強と謳われた、ゴスロリ姿の魔法剣士。
「うぉう! キリエちゃんこわ!」
「こわーいねー! ピコニャン、キリエちゃんを怒らせちゃったかもー!」
フードをとれば顔にも見覚えがある。生意気だった高校生のまま、大人としてもなおその厳しそうな目つきとは対照に、少し幼く見える顔つき。まさに俺の知っているキリエの姿だった。
『……お互い、それなりに年を取ったみたいだな』
「そうみたいね、“おっさん”」
あれ? なんでだ? 得意のマジックナイフを投げつけられていないはずなのに心に何か突き刺さったぞ。
とまあアラサーなのにおっさんと呼ばれたショックはさておき、本当ならば今すぐにこちらのギルドにヘッドハンティングといきたいところだが、俺への敵対的な態度を見せられては、そういった話もできそうにない。
『……なんでこんな奴らとつるんでいる』
「あんたには関係ないことでしょ」
『確かに今は同じギルドじゃないから関係ないかもしれない。だが、昔共に戦った仲間に近況を聞くことくらいおかしくないだろ?』
「フン……そういう中途半端に気をかけるところがムカつくのよ」
一体俺の何がムカつくんだよ……そういえばキリエって昔っから俺に対して強く当たる節あったよな。
『まあ、言いたくないなら別に――』
「私がこのギルドに入ったのは、あんたを潰すためよ」
「えぇー……」
俺を潰す? 俺前作で何かしたっけ?
『あー……何か気に障ることを過去にしたのなら謝る。すまん』
「チッ、そういうことじゃないっての」
ますます分からない。どのタイミングで恨みを買ったんだよ。というか前作でも最後の方とか特段怒らせたりしてないのに(むしろ皆との別れを寂しがってイスカと一緒に泣いてた気もするが)、なんで出会い頭に宣言されなくちゃいけないんだ。
「それにしても相変わらず、乳がでかいだけの魔物を連れているのね」
「あーら、久しぶりに会ったと思ったら相変わらずのロリ体系。人間にもエルフみたいに成長が遅いタイプがいるのかしらー?」
そして当然ながら、同性であるラストとキリエは犬猿の仲。がるるるる、と犬の威嚇のように一触即発の雰囲気を出しているが、ここは俺がラストをなだめることで場を収めることに。
「……とにかく、あんたとここで出会ったのは私にとっても想定外なの。ここではスロウスを戦術魔物に引き入れるだけのつもりだったのに……」
『残念だが、俺が到着した段階でスロウスはいなかったぞ。俺達より更に前に先客がいたようだ』
そしてもっと言うと、この場所に古代文字が描かれている様子もない。お互いに空振りだったことで、余計な戦いもせずに済むかと思われたが――
「――まったく、どいつもこいつも俺の言うことを聞いていれば、無駄に長生きせずに済んだというのに」
そうしてどこから現れたのか、別の侵入ルートでもあったのか、銀の鎧に身を包んだ騎士が同じ土俵へと降り立ってくる。
「……誰よこいつ」
「おや、そこのフードの二人とチビガキは初めて会ったか。まあ、いずれにしてもここから逃すつもりは無いが」
おいおい、後ろのフード二人は知らないが、キリエに喧嘩を売るのはマズいと思うぞ。
「ジョージの前に、あんたから始末してやろうかしら――」
『待て、キリエ……その口ぶり、貴様はスロウスの行方を知っているようだな』
「お察しの通り、スロウスは既に別のギルドの管理下にあるぞ。……刀王さん」
「……っ!」
なるほど。俺の異名をしっているということは、引継ぎ組という認識で間違っていないようだな。
『……どこの所属だ』
そこから先、俺の対応は既に新たに表れた第三の敵対者への対応へと変わっていた。腰元に手を添え、何時でも切り刻めるように低く身構え居合いの姿勢をとる。
すると相手もまた、鞘から剣を引き抜き、盾を構えて静かに名乗りを上げる。
「……ソードリンクス、といえば分かるか?」
『……成る程な』
「ソードリンクスって? キリエちゃん知ってるー?」
「あんた達みたいな新規組は知らないでしょうけど、あたしやあいつにとっては前作で少し因縁があるのよ」
ソードリンクス。俺達“殲滅し引き裂く剱”が剣王直下のギルドだった時、その座を奪い取ろうとしていた馬鹿なギルドが居たっけか。
『負け犬軍団にしては上出来だな。スロウスを先に取っておくとは――』
「取ったのは七つの大罪だけだと思うな。今の剣王直下のギルドがどこか、その口ぶりだとまだ知らないようだな」
「……まさか!?」
俺が驚愕に目を見開いていると、まさにその反応を待っていたとばかりにギンガミは高笑いをし始める。
「ハッハッハッハ!! そういうことだ!! 負け犬軍団!!」
『そうか……随分と引きずり降ろし甲斐のあるギルドが上に立ったものだな』
俺は自然の柄を握る手に、力を込めていた――