第三節 立場の逆転 3話目
――ベルゴール市街地。百年前だろうが一度訪れたことのある場所なら、【転送】での転送は通用する。
「到着いたしました」
『そのようだな……』
パッと見回した雰囲気では、百年前とそう変わらない様子。周囲を巨大な防護用の城砦で囲い、その内側で市民が生活をしている。街に広がりは無いようで、壁を上回るような高さの建物も見当たらない。
『壁が補強されたくらいで、外から見た限りだと変わりないとしか言い様がないな』
「ええ、そうのようですね」
街の広がりを考慮して少し離れた場所に【転送】されてみたが、その必要は無かったか。
その後街への関所へと向かったが、相変わらず百年後になってからは国に所属の詳細確認もされず、ただ口頭で用件を述べただけで問題なく入れてしまった。
本当に大丈夫かこの国のシステムは。前作のワノクニの暗殺連中がいたら欠伸が出るレベルだと失笑されるぞ。
『それで、だ……百年前と変わらないなら、少なくともダンジョンの入り口は厳重に密閉されている筈だ』
幻獄再深層・ミラージュに匹敵する程の難易度を持つダンジョン。七つの大罪の怠惰担当、石像兵器のスロウスが眠っているダンジョンがこのベルゴールの下に深く広がっている。
正直言って、ラストも無しに最下層まで突貫するのはそれなりにリスクが高い。ボスはいないと思うが――って、百年経っているんだからリスポーンなりなんなりで地下にそのままいる可能性も高いってことか!?
「あっぶねー……普通に一人で潜っていたら自殺行為になってたわ……」
あのゴーレム、確かギミックで行動制限をかけてくるから面倒だった気がするな……おまけにマシンバラでもトップクラスの武装をしていたし、最悪核武装とか――
『――思い出しただけで寒気がしてきた』
「主様、お寒いのですか? でしたら私がお身体を温めて――」
いいえ、それは遠慮します。
それはさておき、全てリセットがかかっていると想定すれば、俺とラストだけでは少し厳しいものがある。
『捨て駒――じゃなかった、頭数を揃える必要があるか……?』
できることなら犠牲者を出したくないが、あのギミックを知っている引継ぎ組の輩か最低でも70レベル以上の奴らじゃないと、通常攻撃の一つであるガトリング掃射でお陀仏確定。
……意味が無いな。ならば元より俺とラストだけで想定してみるか。
「ガトリングは全て残心で捌ききれるとして、問題は爆発物……【空間歪曲】でごまかすにしても、TPが足りるかどうか……?」
くっ……あの時かっこつけてシロさんに譲らなければ良かった。というより、むしろこれが分かっていてシロさん俺に押しつけたな!?
「俺とラストなら起動前に離脱できると考えての押し付けか……まあいい。『一応、鋸太刀を使う。後で呼び出しておいてくれ』」
「承知しました」
万が一は機械系特攻のこの太刀で攻撃をさばいて隙を作るしかないか。それともう一つの武装――一度は精神汚染による面倒なクエストをクリアしなければならなかったが、それは百年経っている今でも、クリア扱いになっているのかどうか……。
『……それともう一つ――』
「? なんでございましょう?」
『――篭釣瓶を用意しろ』
「――ッ!? 主様! それは!!」
言うまでもない。分かっている。少数で七つの大罪に対策をとるとあらば、多少のリスクは当然あり得る。
『受けた仕事は必ず遂行する。特に今回、俺が譲った形での割り振りだからな。面子もある。それに一番はお前の為だ。俺だって多少のリスクを負う覚悟はもっている』
ひとまず今日のところは入り口の確認をして、その後はダンジョンに潜る為の準備に時間を充てるとしよう。
計画を立てたところで、街の一角にある空き地の前に立って例のダンジョンの入り口を確認する。
「……やはりここで間違いないな」
雑草が生い茂る中、地面に不自然に取り付けられた扉。スロウスが奥深くへと潜んでいるダンジョン、通称地下水道と呼ばれるハイレベルダンジョンの入り口だ。
足元が常に水浸しの上、水音が奥まで響き渡るからまず隠密は不可能。しかも奇怪な猟犬とかいう音に敏感でかつ群れをなす面倒なエネミーが無制限に湧き続けるという、まさに超上級者向けのダンジョンだ。
「道中は短期決戦で駆け抜けたいところだが……」
闇雲に進んだところでたどり着けるはずもなく、道に迷った挙げ句に帰ることすら不可能となる迷宮のような構造をしている。
しかも道中は水道管パイプを使ったパズル要素もあって、謎解きもしなければならない。
冷静に道を進まなければならないが、無限に湧き続けるティンダロスがそれを許さない。これが地下水道の真骨頂であり、難易度最難関の要因でもあった。
「やっぱり幹部を一人くらいは連れていくべきだったか……?」
扉の前で唸っていると、背後から一人の声が聞こえる。
「そこの御仁。地下水道に用があるのか?」
「っ!」
ダメだ、ラスト。いきなり手を出すな。
『……誰だ』
警戒を怠るつもりはさらさらないが、一応声をかけてきたところでは敵対的な様子は窺えない。
背後から気配はしていたが、いざ声をかけられて振り向くと、そこには全身を銀の鎧で包み込んだ騎士が立っている。
「地下水道に行きたいのか?」
『……いや。見物に来ただけだ』
「そうか……もし行きたいというのであれば、雇われてやろうと思っただけでな」
――このタンク担当のギンガミがな。