ep1.4 魔王のFPS初体験
魔王ルシファーはその巧みな話術によって、賢者(だと思い込んでいる)真央を配下に加えることに成功する。
一方真央は魔王の言動に違和感を覚えるものの、いまだ父が送り込んだ役者だと勘違いしている。
現代社会に動乱を巻き起こす最強の魔王軍結成の瞬間なのだが、当事者すらその事実を知らない。
それはさておきネットゲームに興味を持った魔王は初プレイにいそしむのだった。
マオは自身のゲームアカウントを一時的に貸して、魔王にFPSゲームをプレイさせようとしているところである。
「対戦設定とマッチングは今回は私がやるっすね。」
再びパソコンの前に座ったマオは、言うが早いか慣れた手つきでマウスを操作して、ゲームのフリー対戦モードの準備を完了し、モニターにはランダムマッチングの待機画面が表示された。
その様子を見ていた魔王は、作業の完了と共にマオに声を掛けた。
「マオはこの屋敷の主人の娘なのだろう?」
「そうっすよ。」
「このような雑務は使用人にやらせればよいのではないか?」
魔王が元居た世界における貴族階級の人間達は、着替えや食事からトイレの世話に至るまで、日常生活の大半を使用人に任せていた事実を思い起こし、大豪邸に住む貴人の娘であるというマオの行動と照らし合わせて違和感を指摘したのだ。
これに対してマオは即座に答えた。
「こういうのは全部自分でやるから楽しいんすよ。」
「ほう。」
魔王はマオの言葉の意図を理解したわけではなかったが、賢者の言葉に全幅の信頼を寄せているので、そういうものかとひとまず納得したのだった。
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ここで魔王がプレイしようとしているゲームについて少し説明しておこう。
そのゲームとは、インターネットを介した対人対戦モードをメインコンテンツに据えた、現代戦争がモチーフのFPSゲームシリーズ『マーセナリー』の最新作、『マーセナリー・インターナショナル』である。
シリーズの特色として実際の兵器の性能を忠実に再現しており、その他あらゆる面でもリアル路線を追求した、マオが言うところの硬派なゲームである。
はっきり言ってしまえば、初心者にはオススメできない玄人向けゲームだ。
旧来のマーセナリーシリーズは、日本では然程人気がないタイトルだったが、欧米を主軸とした海外では圧倒的な支持を得ており、非公開情報ながらユーザー数1億人とも言われる超巨大IPだ。また最新作はとある日本財閥からの高額出資を受けているため、国内でもゴリゴリにマーケティングされており、ユーザー数を伸ばしている。
ちなみに、ここで言う財閥とは、マオの父が総帥を務める望月財閥にほかならず、出資理由は娘がシリーズファンだから……というわけではなく、財閥グループ内の軍事技術系事業の提携先である米軍技術局が、最新技術のテスト場として利用するためにマーセナリーシリーズのIPを買い取ったことに起因しており、技術局からの提案に乗って日本国内での同IPの普及を推し進めるため、というのが高額出資の真相である。
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「よしこれでいいっす。私のアカウントでマッチングしてるから対戦相手は結構な腕前っすよ。」
「フフフ、任せておけ。魔王の実力を見せてやろう。」
「初心者なのに妙に自信満々すね。ロードが終わったらゲームスタートっすよ。」
最もベーシックな市街戦マップに1対1の条件でマッチングされた相手は、もっぱら外国人プレイヤーとなる。現在日本の時刻は午後2時を回ったところだが、元より海外プレイヤーが多いこともあって平日昼間は特に外国人とマッチングしやすいのだ。
ロード画面を抜けていよいよゲームが開始される。
相手が魔王であることなど露とも知らず、無謀な戦いを挑んだ哀れな子羊の虐殺ショーの始まりだ。
魔王が操作するプレイヤーキャラは戦闘開始と同時に市街地のど真ん中をかけ出した。
その動きに一切の迷い無し。というか何も考えていないのだった。
「何やってんすかルシファー!?堂々と走ってたらいい的っすよ!」
まずはゲームに慣れる事を優先して、細かいテクニックなどは考えずに自由にプレイしてもらおうと考えていたマオだったが、魔王の後先考えない玉砕戦法に思わず口を出したのだった。
「フハハハハ、魔王の戦いに後退の二文字はない。突撃粉砕あるのみよ。」
「いやいやゲームでは人間の兵士なんすから、魔王とか関係ないっすよ!」
「そうは言うがなマオよ、まずは会敵せねば話にならんだろう?それに兵は拙速を尊ぶ物だ。」
「なんで地球のことわざ知ってるんすか?まあ1対1だから接敵まで適当に進むのは初心者的には間違いでもないっすけど……」
マオが言い終える前に魔王の操作する兵士は力なく倒れるのだった。
「相手は上級ランカーっすからそうはいかないっすよ。」
「なん…だと…?」
超長距離からのスナイプ一閃。
魔王初めての対人対戦は、神業的なヘッドショットにより、一撃の下で勝負は決したのだ。
「もーだから言ったんすよー。」
マオは呆然とする魔王の背中をバシバシと叩きながら言った。
「何が起きたのだ?」
魔王の問いにマオはモニターを指さしつつ答える。
「ほら、今画面に映ってるのがルシファーの兵士を倒した相手っすよ。」
戦闘終了後のモニターには相手兵士、つまりはこちらの兵士を倒したキャラクターが表示されている。
リザルト画面では使われた武器や弾数等の情報が出ており、敵兵士のリプレイも確認できる親切設計だ。
「相手はスナイパーっすね。1対1だと割と不利なんすけどやるっすね。」
「スナイパーとはなんだ?」
「今の戦闘を見返せるリプレイモードが有るから見た方が早いっすよ。」
魔王は言われるがままにリプレイを再生し、自らを倒した敵の動きを確認するのだった。
使用武器はスナイパーライフルSGP-144Sで使用弾数はわずか1。
WW2の後期に開発された超長距離精密射撃を追求した対人ライフルの改良型であり、組み立て後は巨大な銃架を含めて重量15㎏にもなる、取り回しの難しい逸品だ。機動力を捨てた完全な狙撃専用ライフルであると言える。
リプレイから確認する限り、今回の狙撃距離は3200mで、同モデルのライフルの有効射程ギリギリで狙い撃たれた形であり、魔王の兵士が走っていた道路からわずかに見えるビルの窓からの精密狙撃されたのがわかった。
戦闘開始数十秒で狙撃地点まで移動し、ライフルの組み立て設置・索敵・発見・狙撃と殺戮機械じみた一切無駄のない行動を取っていることが伺えた。
「こそこそと隠れて狙撃とは、これがこの世界での闘争だというのか?」
魔王は元居た世界では圧倒的なフィジカルに飽かせてあらゆる攻撃を受け切った上で敵対者を叩き潰してきた脳筋の申し子なので、同等の能力を持った相手との駆け引き自体が初体験であり、別に戦術的な動きを卑怯と罵るつもりはなかったが、とにかく面食らったのだった。
「よく考えたら私のキャラでマッチングしたらこうなるのは目に見えてたっすね。次はルシファー用の新規アカウントを作ってやるっすよ。」
「いや、それには及ばない。」
「あれ?もしかしてもう飽きちゃったんすか?」
「そうではない。このままでいいと言っているのだ。」
マオの心配をよそに、魔王はボロ負けした事を特に気にしておらず、むしろ闘争心を掻き立てられていたのだった。
「私のアカウントだと、高確率でまた上級ランカーと当たるっすよ。」
「案ずるなマオよ。魔王に同じ手は通用しない。」
(別の相手になるだろうから同じ手は使ってこないと思うんすけど、せっかくやる気なのに水を差すのはよくないっすね。)
「わかったっす。次のゲームをマッチングするっすね。」
そう言ってマオがマウスに手を伸ばすと、魔王はやんわりとその手を遮った。
「マッチングも余がやろう。さっき見ていたからやり方は把握している。全部自分でやる方が楽しいのであろう?」
「そうっすね。設定も含めていろいろ考えて試した方が上達するし、楽しいと思うっすよ。」
「フフフ、ゲームとはなかなか奥の深いものではないか。余に敗北をもたらす者にこうも早く出会えるとはな。」
魔王が初戦で当たった相手は、上級ランカーに名を連ねるマオの目から見ても最上位クラスの実力であり、初心者が勝てないのはまずもって当たり前だったが、完全初心者の魔王にそれを言っても仕方がないので、次の戦いに生かすために先の対戦の講評に移った。
「相手も相当やりこんでたみたいっすね。走って動く標的をあの距離でスナイプするのは至難の業っすよ。しかも発見も早かったっすから自身と相手の戦闘開始地点に当たりを付けて索敵してたっぽいっすね。狙撃地点の選定に一切の迷いがなかったっす。」
「ほほう。わずか数分の動きからそこまで分かるとは、マオは軍師の才も持ち合わせているのか?」
「才能というか経験則っすね。場数を踏めば分かるようになるっすよ。」
対戦マップの生成は一見するとランダムだが、それによってどちらかが有利になってしまわない様に、開始地点にはある程度の法則性があるため、繰り返しプレイしているとそれとなく相手の位置が分かってしまうのである。
「なるほど、努力に勝る才能無しという事か。」
(現代知識は知らないのに、なんでことわざは知ってるんすかね。)
マオが魔王の知識の偏重にちょっとした疑問を感じている間に、マッチングが終了してランダムマップの生成ロード画面が表示された。
「次の相手が決まったようだな。今度は様子を見て進むとするか。」
「それがいいっすよ。」
初心者ゲーマー魔王が世界ランカーを目指し成長する覇道の幕開けなのだが、これは別の見方をする事もできる。
最強の力を持つ魔王が、人間の視点から現代の戦闘知識を学ぶ機会になっているのだ。
単純にゲームを楽しんでいる2人にそんなつもりは一切ないのだが、魔王が人類の手練手管を学ぶにしたがって、人類がその手で魔王に勝利する道は確実に閉ざされつつあるのだった。
作中に登場する銃や兵器は実在しないので雰囲気でお楽しみください。




