ep2.31 オスバチには毒針がない、カービー4世ロールアウト
―――前回のあらすじ
テテテテーン♪
魔王とマオの傭兵クラン『ドゥームレイド』に撮影用ドローンが導入された。
―――
マオは購入したドローンをさっそく開封し起動準備を始めた。
まずは製品箱から内容物を取り出してテーブルの上に並べ、付属品がすべて揃っていることを確認した。付属品の中には分厚い製品マニュアルと、初期設定用の簡易マニュアルのレジュメが入っていたので、ドローン購入の主目的である自動追尾モードの起動には、レジュメの内容だけで充分であったため、マオはレジュメを見ながらドローンの初期設定を開始したのだった。
マオが作業に取り掛かり店員とのやり取りがひとまず終わったのを確認すると、今まで黙って後方待機していた魔王がようやく動きだした。
「ほう、これが噂のドローンというものか。」
そう言いながら魔王はドローン本体を手に取り、前後左右・上面下面からじっくりと全体を観察し、元あった場所へと戻した。
「妙な形状だが、回転翼が付いているのを見るに、飛行能力を有する道具の様だな。そして動画撮影機能の話を鑑みるに、いわゆる偵察カメラと言うやつか?」
魔王はドローンがなんなのか知らなかったが、その外観およびマオと店員との会話内容から概ねその役割を理解し、正解と言って差し支えない仮説を導き出したのだった。日常生活では発想の芯がズレているとぼけた魔王だが、こと軍事技術や戦術・戦略に関する物事に対しては異常なほどに鼻が利くのだ。
魔王の問いかけに、マオはレジュメを読み進めながら答えた。
「そうっすね。ドローンは広範に無人航空機を指す言葉なんで、必ずしもカメラを搭載しているわけじゃないっすけど、一般にイメージする運用法で言えば空撮用にせよ競技用にせよ、カメラ搭載がデフォルトみたいなところはあるんで、偵察カメラ的な役割を持っているって認識で大体あってるっす。他には輸送用とか農薬散布用で使われる場合があるっすけど、そういった場合には完全自動運転だったりするんで、カメラは無いかもしれないっすね。後はまぁ軍用ドローンになるっすけど、その辺は後で詳しく話すとして、ひとまず起動してしまうっすね。」
尻切れトンボだが、ここでマオはレジュメを読み終えたので、まずはドローンの起動を済ませてしまおうと考え、いったん話を切り上げたのだ。そしてドローンを手に取ったマオは、マニュアルに従って起動スイッチを入れた。
―――ぴんぽんぱんぽーん♪
ドローンから起動音が鳴り響き、続けて音声ガイダンスが流れ始めた。
『こんにちは。この度はAMS.inc製品、PT01ASをご購入いただきありがとうございます。これより初回起動ガイダンスを開始します。設定完了までにかかる予想時間は約10分です。今すぐに設定を始めますか?』
その機械音声によるアナウンスは幼い女児の様な声色をしており、マオは少々異質な印象を受けたのだった。なぜなら、一般的な製品に使用される機械音声は、概ね大人の女性の声を採用しているからである。
「へぇー?本当に話しかけてくるんすね。」
マオは他メーカー製のドローンを複数所有しており、初期設定を行った経験も何度かあったが、音声認識で会話するタイプのAI搭載ドローンは今回が初体験だったので、マニュアルを読んで既にその存在を認識していたものの、実際に話しかけてくるドローンに少々驚いたのだった。
気を取り直したマオはレジュメに再びさっと目を通して作業を続けた。
「えっと、簡易マニュアルには、音声ガイダンスに従って設定してくださいとあるっすね。詳しい設定方法は特に書いてないっすけど、これって適当に話しかければ会話が成立するんすかね?」
それは話しかける意図ではなく、独り言のつもりで呟いた言葉だったが、マオの手の上に乗っていたドローンはその声を拾っていたため、これに答えた。
『質問にお答えします。当製品、便宜上[私]と呼称しますが、私にはAMS.incが独自開発した学習型汎用AI・AlM01が搭載されており、音声認識による柔軟な会話が可能です。また、私に関わる情報であればスタンドアロン状態で概ねお答えできますが、より高度な情報検索にはAMS.inc本社サーバー上のAI管理システム、通称マザーとの連携が必要です。マザーとの連携を行いますか?なお、この操作を行うためには、インターネットに接続する必要があります。』
「おう……すごい喋るっすね。えっと、そうっすね、じゃあマザーとの連携をお願いするっす。」
矢継ぎ早の解説に気圧されつつもマオがそう答えると、ドローンは通信ランプを点滅させて設定を開始した。ちなみに本来であればwifi環境あるいはスマホとのテザリングなどを用いて、ドローン本体との無線接続設定を行う必要があるのだが、ゲーム上なのでパソコンの接続設定がそのまま適用されて、そういった作業は省略されている。
『承知しました。インターネット接続を試行します……接続に成功しました。続けてマザーとの連携を開始します……連携完了しました。連携により会話機能を拡張、より自然で柔軟な受け答えが可能となりました。他に質問はございますか?それとも初期設定を開始しますか?』
「とりあえず聞きたいことは無いっすね。初期設定を開始してほしいっす。」
『承知しました。まずはオーナー登録を行わせていただきます。オーナー名を教えてください。』
「オーナー名はマオでお願いするっす。」
『承知しました。オーナー名マオで登録します。マオの声紋情報はこれまでの会話で収集済みなので省略し、続いて容姿の登録を行います。飛行機能とカメラ機能を起動し、マオの全身像をキャプチャーしますので、離陸許可並びに撮影許可をお願いいたします。』
さらっと個人情報が収集されていることに違和感を覚えつつも、マオはガイダンスに従い作業を続行した。
「離陸と撮影を許可するっす。」
『了解しました。自動飛行モードを起動。離陸します。』
そう言うとドローンは四つのプロペラを回転させて空中に浮き上がった。
―――フィーン
ドローンとはオスバチを意味する名前であり、それは蜂の様に飛行音がうるさいことに由来している。しかし目の前のドローンは、思ったよりも静粛に飛行しているのでマオは驚いたのだった。
「おお、かなり静かに飛ぶんすね。」
これにドローンは答えた。
『当機はプロペラ形状の最適化と、フクロウの風切り羽を参考とした端末形状の改良により、乱流の発生を抑えて飛行音を低減しています。また、モーターを機体内に格納することで駆動音を低減しています。また動画撮影時には飛行音を除去するフィルター処理が可能です。オーナーマオ、全身像のキャプチャーを開始してよろしいですか?』
質問に答えつつもオーナー登録作業も継続しているドローンだった。
「いいっすよ。私はただ立っていればいいんすかね?」
マオが聞き返すとドローンは彼女の周囲を旋回飛行して、キャプチャーを開始しながら答えた。
『はい。直立姿勢であまり動かない様にお願いします。』
「わかったっす。」
マオは指示に従いしばらくパソコンを操作せずにアバターを放置した。
間もなくしてドローンは旋回を停止し、空中でホバリングしたまま作業完了の報告をした。
『キャプチャー完了しました。オーナーマオの登録を完了します。副オーナー登録も可能ですが、登録を行いますか?』
ドローンはマオ以外にも周囲に人が居ることを検知していたので、追加の登録を打診したのだ。
これにマオが答える。
「そうっすね。それならルシファーの登録もしておくっすかね。と言うわけで、ルシファーちょっとの間、動かないでくださいっす。」
魔王は話の流れを聞いていたので、マオの要請に素直に頷いた。
「了解だ。」
魔王の了承を受けてドローンは先ほどと同様にキャプチャーを開始し、つつがなく作業を完了させた。
『キャプチャー完了しました。続いてルシファーの声紋データが不足しているので、何か話していただけますか?』
ドローンからの雑な要求に、魔王は首を傾げつつ言った。
「急に何か話せと言われても特に思いつかんのだが、何か妙案はないかマオ?」
「え?そうっすね。声紋データの収集ってことなら、いろは歌なんてどうっすかね。」
「いろは?なんだそれは?」
いろは歌などもちろん知らない魔王は聞き返した。
「いろは歌っていうのは47文字のひらがなを一回ずつ使って作られた歌で、言うなれば言葉遊びの一種っすかね。声紋の音声データを取る際に都合がいいんで、よく使われてるとか聞いた気がするっす。」
「ほう、そういう事か。ところで、いろはと言えば、マオの姉の名前もイロハだったが、何か関係があるのか?」
魔王は納得しつつもさらに質問した。
「そうっすね。お姉ちゃんの名前はいろは歌から取ったものらしいっすね。黒髪和顔でいかにも平安美人って感じの赤ん坊だったから、和風で古風な名前が付けられたみたいっす。」
「なるほど。名は体を表すと言うが、逆もまた然りと言う事か。」
「え?うん、まぁそうっすね。」
魔王の諺引用は、いまいち状況に合っているのかどうか、微妙なラインをついてくるので、何とも答え難いマオだった。
魔王とマオが雑談していると、ドローンが作業の完了を告げた。
『十分な声紋データの収集が完了しました。副オーナールシファーの登録を完了します。』
これにマオが応じた。
「おっと、適当に話していたらデータ収集が終わったみたいっすね。いろは歌を吟じるまでもなかったっすね。」
さらに魔王も続いて言った。
「うむ、ひとまず目的は果たしたことだし、いろは歌についてはまたの機会に聞くとしよう。」
マオはその提案に頷いて応え、続けてドローンに声をかけた。
「初期設定はこれで完了っすかね?」
『はい。必須項目の登録は完了しました。ですが任意での機体識別コード、平易に言い換えればニックネーム登録が推奨されています。私に対して音声認識による命令を行う際、手振りで意思表示していただくことで命令受付状態となりますが、ニックネームで呼んでいただければ手振りの操作も不要で、完全に音声認識のみでの操作が可能となります。』
「なるほど、ヘイSiriとかオッケーGoogle的な奴っすね。それならニックネームを登録したほうが便利っすね。」
マオは説明に納得すると、わずかに考えたのちにすぐに命名した。
「よし、決めた。キミの名前はカービー4世っす。」
『承知しました。カービー4世でニックネーム登録しました。これにて初回起動ガイダンスは終了します。改めまして、オーナーマオ、副オーナールシファー、今後ともよろしくお願いします。』
ドローンの挨拶を受けたマオと魔王はそれぞれ応えた。
「よろしくっすー。」「うむ、よろしく頼む。」
ドローンの初期設定が完了したところで、魔王はその名前の由来をマオに尋ねた。
「ところでマオよ。なぜカービー4世なのだ?」
これにマオが答える。
「ああ、名前の由来っすか?私はドローンを3機持っているんで、4機目のこの子は4世なんすよ。ちなみにカービーっていうのは、クマバチの英名のカーペンタービーを略した名前っす。なんでクマバチかって言うと、ドローンって元々はオスバチって意味なんすけど、ミツバチとかスズメバチの働きバチってメスなんすよね。そこでクマバチの働きバチはオスなんで、クマバチから取ったって感じっすね。星の戦士とは関係ないっす。」
「ほう、星の戦士がなんなのかわからんが、なかなか深い意味のある名前なのだな。」
魔王は一見無意味な名前の由来を理解して素直に感心したのだった。
魔王が無駄に褒めるので、調子に乗ったマオは加えて解説を始めた。
「ところでオスバチって毒針がないんすよ。蜂の毒針って生殖器が変化した物っすからね。オスは生殖器が男性器に変化している都合上、必然的に毒針を獲得できないんすよ。それで攻撃能力を持たない無人航空機をオスバチ、つまりドローンと呼ぶのは問題ないっすけど、攻撃能力を有する軍用ドローンは、意味合い的にはドローンと呼ぶべきではないと思うんすよね。軍用ドローンを蜂で例えるなら攻撃性の蜂を意味するワスプか、より大きな蜂を意味するホーネット辺りが無難っすね。まぁドローンは飛行音がうるさいって理由で蜂に喩えられているだけで、攻撃能力の有無は特に関係ないんすけど、名は体を表すの諺から言えば違和感があるって話っすね。」
マオの長々とした持論を真剣に聞いていた魔王は、やはり素直にこれを受け入れ、同意する旨を示した。
「うむ、そうだな。軍用と民生用で明確に役割が分かれているのであれば、別称を与えられていてもおかしくはない。言うなれば包丁とナイフの様な物か。察するにカテゴリー分けが定まらぬ程度に、新しい概念なのではないか?技術体系が醸成していけば、いずれはマオが言う様に別の物として分けられるかもしれんな。」
「そうっすね。ドローン技術は割と新しい技術っすから、これから色々煮詰まっていくのかもしれないっすね。」
マオは半ば揚げ足取りの様な持論があっさりと認められるとは思っていなかったので、素直に同調されたことで逆に少々気後れしたのだが、否定するばかりではなく、より広範な視点で未来まで予想する魔王の前向きな姿勢には見習うべきものがあると感じたのだった。




