ep2.27 サブマシンガンがお嫌いなお嬢様
―――前回のあらすじ
魔王とショップ店員の協力のもと、アサルトライフルのリコイルバグの検証をしていたマオだったが、その結果、新人向けミッションのクリア報酬で配備される、支給品アサルトライフルに起因する不具合であることがほぼ確定的となり、ひとまず検証は成功裏に終了した。
そして、具体的なバグの影響範囲を調査するのはゲーム運営に任せるとして、アサルトライフル以外の、他の武器種の支給品についても、軽く検証することにしたのだった。
―――
マオは武装変更のためにEQUIPメニューを開くと、クランの武器庫タブを選択して、支給品の一覧を表示した。そしてその中から主要な武器種を選び、2丁ずつ順繰りに装備しては手元のテーブルに置くのを繰り返して並べたのだった。
追加検証の準備を手早く済ませたマオは魔王に声をかけた。
「さてと、バグの検証の続きっすけど、さっき言った通り細かい比較検証はなしで、軽く支給品の試し撃ちだけして、挙動がおかしくないか、私の経験則と照らして適当にチェックしていくっす。というわけで、サブマシンガン、ピストル、ショットガンの3種を用意したので、私の後に続いて撃ってみてください。」
マオが用意した武器種はゲーム内での使用頻度が高い3種類で、どれもアサルトライフルと同様に米国メーカー製で、米軍に配備された実績のある信頼性の高い旧式モデル達だった。
魔王は武器を受け取りつつ質問した。
「了解だ。ところで、これらはどういった武器なのだ?」
これを受けてマオは、まずはサブマシンガンを手に取りつつ説明を始めた。
「武器種の定義なんかの細かい話は置いといて、用途の違いを説明するっすね。まずサブマシンガンっすけど、アサルトライフルよりも小型の機関銃で、コンパクトなので、狭い室内なんかで使うのに向いてるっすね。一方で発射する弾丸がアサルトライフルと違っていて、威力が低くて射程距離も短いっすから、空間が開けた屋外で使用する場合はアサルトライフルの下位互換って感じっす。また小型な分、中に詰め込める機構も単純なんで、射撃方式は切り替えなしのフルオート射撃のみで、精密射撃には向かないっすね。要するに、近距離で弾丸をばらまいて牽制する武器っす。」
マオはまずサブマシンガンの諸元を淡々と説明し、続けて彼女の所感を交えた個人的な意見を述べ始めた。
「私の個人的な評価としては、それってアサルトライフルでよくね?って言うのが正直な感想っすね。コンパクトなのは確かに強みなんで、局所的な場面では有効っすけど、持ち込める物資に限りがある戦場では、基本的に大は小を兼ねるって考え方で、より汎用性が高い武器を選ぶのが無難っす。アサルトライフルを差し置いて、似たような役割でほぼ下位互換のサブマシンガンをあえて選ぶ理由はないっすね。」
小学生同然の体格を誇る豆粒ちびのマオが大は小を兼ねるなどと言うと、どうにも自虐している感が否めないが、彼女は自分の背丈に特にコンプレックスは無いので、自虐のつもりはなかった。
それはさておき、機関銃の歴史から見ても、マオの主張はそれなりに正しく、サブマシンガンは後発で開発されたアサルトライフルの出現によって役割を奪われてきた経緯があるので、戦場における純然たる事実として、でっかいことはいいことなのである。おっぱいとチンチンはでかいほどいいと、エロい人もそう言っている。
なお、魔王はゲームでも現実でも、銃火器の使用実態など当然知らないのだが、マオをすっかり信用していたので、個人的主観を多分に含む彼女の解説を、特に疑問を抱くことなく鵜呑みにするのだった。
「なるほど。小さくて軽い以外は特に利点がないのか。微妙な武器なのだな。」
「まぁ、ぶっちゃけるとそうっすね。価格的には廉価なんで、民間の警備員とかチンピラや犯罪者が使ってるイメージっすね。軍用火器としては役者不足っす。」
魔王の簡潔にまとめた評価に便乗して、さらに悪し様にサブマシンガンをこき下ろすマオだった。
ところで、マオのサブマシンガンに対する妙に悪いイメージはどこから来ているのかというと、彼女がよくプレイする洋ゲーや、よく鑑賞しているマッチョなクライムサスペンス映画において、サブマシンガンは銀行強盗や立てこもり犯が好んで使っている武器という印象が強いせいである。武器種自体に罪はないが、犯罪利用が多いのもまた事実なので、完全な風評被害とも言い切れないところだ。
解説もほどほどに、マオは手にしていたサブマシンガンを構えて射撃体勢を取った。
「それじゃあ実際に撃ってみるっすよ。」
「うむ。」
魔王の返事を確認してから、マオは射撃を開始した。
―――タタタタタタタッ
サブマシンガンの銃声は威力が低い分、アサルトライフルよりも軽快だ。そして銃自体の重量も軽く、リコイルも相応に小さいので、マオの貧弱なアバターでも大きな問題を生じずに、安定的にターゲットを狙い撃つことができていた。
マオ自身はサブマシンガンを低評価しているが、肉体強度が軍人のレベルに達していない、貧弱一般人アバターを使っている彼女にとっては、皮肉にも彼女が推している重厚なアサルトライフルよりも、軽量なサブマシンガンの方が適合しているのだ。
マオの理想と現実の乖離はさておき、試し撃ちの結果は、マオが想定していた正常な物理的挙動であったため、念のために追加検証したリコイルバグは、サブマシンガンでは確認できなかったのである。
「よし。特に問題なさそうっすね。次はルシファーもお願いするっす。」
バグは見受けられなかったものの、半端に検証するとどこに見落としがあるかわからないので、アサルトライフルの検証と条件を統一するために、一応魔王にも射撃を依頼したマオだった。
これに魔王は頷いて応え、同様にターゲットを射撃した。
―――タタタタタタタッ
体格差からくる当然の帰結として、魔王の射撃はマオのそれよりも安定しており、照準はほとんどブレていなかった。しかし先だってのアサルトライフルでの射撃時よりも、ターゲットに残された着弾痕は拡散していた。
「うーむ、何やら違和感があるな……エイム自体は安定しているが、弾はばらけている様な、妙な感覚だ。これはどうしたことだ?」
魔王の感じた感覚について、マオはその正体がなんなのか補足を加えつつ解説した。
「それは集弾率が悪いせいで起きる現象っすね。銃器の銃身、バレルとも言うっすけど、その内側にはライフリングと言って、銃弾を回転させて進行方向をまっすぐに安定させる効果を付与する溝が付いてるんすけど、このバレルが長いほど射撃の安定性が増して、繰り返して発射した際に毎回ほぼ同じ点に着弾する、すなわち精密な射撃が可能になるっす。これが集弾率が良くなるってことっすね。」
「なるほど。回転させることで安定するのは、感覚的にも理解できるな。外部からの力の影響を、回転エネルギーで弾き飛ばせるからな。」
「ああ、えっと、まぁ……たぶんそんな感じっす。」
魔王が何やら賢そうに分かったようなことを言うので、ライフリングの原理を正確に理解しているわけではなかったマオは、本当にそんな仕組みなのかと少々考え込んでしまったが、まぁそれっぽいのでいいかと判断して、適当に相槌を打ってから話を進めた。
「それで集弾率の話っすけど、サブマシンガンは銃身が短いので、集弾率が悪くて、着弾点がバラけるんすよ。あとアサルトライフルとサブマシンガンはそもそも使う弾薬が違っていて、それも集弾率が落ちる要因っすね。前者は先端が尖った弾頭を持つライフル弾で、後者は丸みを帯びた弾頭を持つピストル弾を使っているっす。」
そう言うとマオはサブマシンガンから9mmパラベラム弾を、アサルトライフルからは5.56mmNATO弾を、それぞれのマガジンから抜き取り、両手に持って形状を比較して魔王に見せた。
「弾頭形状の違いは見ての通りで、この先端が尖ってるのがライフル弾で、丸っこいのがピストル弾っすね。アサルトライフルの弾として一般的というか使用率が高いのがこの5.56mmNATO弾で、同じくサブマシンガンでよく使われる弾薬はこっちの9mmパラベラム弾っすね。弾頭自体の重量は5.56mmNATO弾よりも9mmパラベラム弾の方が重いんすけど、丸みを帯びた弾頭形状は空気抵抗や風の影響を受けやすいっすから、空力性能で勝るライフル弾の方が集弾率はいいっす。あとライフル弾の方が、弾薬一発に包まれている火薬量が多いんで、発射エネルギーが高いため弾速も速くて、射程距離も長いっすね。それと尖っている方が当然貫通力が上がるんで、ライフル弾は頭蓋骨の様な硬い骨でも撃ち抜けるし、防具の上からでも致命傷を与えやすい特徴があるっすね。逆にピストル弾は貫通しないことが強みにもなっていて、弾頭のエネルギーが貫通せず、すべて着弾対象に伝わることで殴りつける様な衝撃を与える、物理的なストッピングパワーが産まれるっすね。」
弾薬の違いを説明し終えたマオは、抜き取った弾薬を再びマガジンに戻した。
「集弾率の悪さによる着弾点のブレは、距離が離れるほど増大するんで、至近距離での制圧射撃が目的ならあまり問題にならないっす。問題が出るのはもっと距離が離れた時っすね。サブマシンガンの有効射程は一応約100mあるんすけど、有効射程と言いつつも実際に100m離れて撃つ場合の命中精度はお察しな感じっすね。アサルトライフルは少なくとも300m程度までは高い命中精度が期待できるんで、中距離からの精密射撃という点では、両者には隔絶した性能差があるっすから、アサルトライフルの代わりにサブマシンガンを使うってことはできないっす。ついでにサブマシンガンの本分である至近距離での撃ち合いに関しても、単発の威力で勝るアサルトライフルの方が普通に強いっすね。殴ったほうが早いくらいの距離ならサブマシンガンに分があるっすけど、それはもう本当に殴ったらいいっすね。」
サブマシンガンを下げつつアサルトライフルの評価を上げる作為的な語り口は、マオの好き嫌いの問題が根底にあるのだが、やはり魔王は疑う事なくその言葉を信じてしまうのだった。
「威力・射程・命中精度すべてでアサルトライフルに劣り、本領を発揮するはずの至近距離での撃ち合いにも後れを取るのか。なるほど、サブマシンガンをあえて選ぶ理由は無さそうだな。」
マオの執拗なネガティブキャンペーンによって、魔王もすっかりサブマシンガンに対する評価が低くなったのだった。
実際のところ、サブマシンガンの控えめな殺傷力で対象を無力化することに特化した性能は、警察組織や自治部隊なんかが暴徒を殺さずに無力化する際には有効であるし、比較的安価である点も広域に配備しやすい利点となる。その上、弾薬一発当たりの単価も安いため、防衛にコストをかけたくない庶民の心強い味方だ。ゆえに、一概にアサルトライフルの下位互換とは言えない、優れた武器種であると言える。
しかし、サーチアンドデストロイ、すなわち見つけ次第ぶっ殺せを掲げるイカレタ傭兵部隊においては、きっちり殺しきれる殺傷力と、個人で持ち運ぶのに抵抗のない携行性の良さ、そのバランスが極めて高水準でまとまっているアサルトライフルに対する評価が高いのは止む無しである。ことゲームにおいては、いかに素早く敵を抹殺できるか、その一点がすべてみたいなところがあるので、ただでさえ狂暴な傭兵の気質はより先鋭化しているのだ。




