ep2.24 幼女アバターの隠し効果と弱小ショップ店員の悲哀
ガンショップでの動画撮影許可を得たマオは、さっそく支給品アサルトライフルのリコイル過大バグ疑惑について検証を始めようとしていた。しかし、比較対象に何を使うか、アサルトライフル以外にも検証範囲を広げるべきかなど、具体的な検証内容が未定であった。そこで、せっかく二人でプレイしているので、魔王と相談しつつその辺の詳細を詰めようと考えたのだった。
ちなみにショップのNPC店員はカウンターに戻ってもどうせ暇との理由から、マオ達の検証に付き合って試射スペースに残ってくれていた。店員が妙に協力的なのは、先だってマオが何気ない挨拶や雑談の中で好感度を稼いだことが要因の一つだ。また、実のところベテランプレイヤーのマオでさえも予想だにしない、別の要因が同時に発生しており、幼い容姿のマオに対して庇護欲を発揮したNPCが、子供が危ない事をしないか見守る意図で残っていたのである。
それは高性能なAIが独断で行っている対応であり、プレイヤーのみならずゲーム運営にとっても想定外の挙動だったのだが、幼い容姿のアバターを使うとNPCの好感度が上がりやすいという、裏技的なメリットが発覚するのはもう少し後のお話だ。なお、チビアバターはゲームのメインコンテンツである戦闘面でのデメリットが大き過ぎるため、おまけ要素の都市部での生活に多少のメリットがあっても、圧倒的にデメリットが勝る事は言うまでもない。
話が逸れたが、マオは幼女アバターの秘められた可能性に気付くことなく、魔王との相談を始めた。
「さてと、動画撮影に移る前に、バグらしき挙動をどう検証するか、アタリを付けていく必要があるっすね。」
「うむ。どうするのだ?」
デバッグ作業など大して面白い事でもないので、初心者の魔王に付き合わせると退屈ではないかと多少心配していたマオだったが、意外にも魔王は興味を示しており、協力的な姿勢だった。
乗り気な魔王の様子を見て安堵したマオは、そのまま話を続けた。
「そうっすね。件のバグっぽい挙動が、支給品アサルトライフルだけに発生する問題なのか、店売りのライフルでも同様なのか。また武器種についても、使用頻度の高いサブマシンガンとピストル、ショットガンくらいは試してみてもいいっすね。何かしらの不具合が発覚すれば、運営側でさらに細かい検証をしてくれるはずっすから、私達が行う簡易の検証報告では、具体的なバグの要因や影響範囲まで特定できなくても、何かがおかしいという事実だけ明示できれば大成功っす。」
「なるほど、了解だ。では、何から始める?」
「まずはバグに再現性があるかどうか、確認から始めるっす。勝手にバグだと想定して話を進めてたっすけど、あの事象が毎回必ず起きるとも限らないっすからね。」
マオはそう言うと試射テーブルの1スペースに陣取り、支給品のアサルトライフルの射撃準備を整えつつ、魔王に声を掛けた。
「ルシファーも隣で、私がやるのと同じように射撃してくれるっすか?私のアバターはちょっと、と言うかかなり特殊なんで、比較的標準寄りなアバターでも同時に検証したいんすよ。」
「了解だ。」
魔王はマオからの要請に頷くと、マオが陣取った試射テーブルの隣のスペースへと立って、マオと同様に射撃準備を整えた。
色々と相談してから検証内容を詰めて作業を開始しようと考えていたマオだったが、せっかく魔王がやる気なので、小難しい話は後回しにしてまずは体を動かしてデータを取り、追加の検証内容はその結果を基にして詰めていく方向で予定をシフトしたのだ。現状、バグらしき挙動を確認した事例は、先の対戦で三点バースト射撃を行った際のたった一度きりであり、そもそも件のバグに再現性があるかどうかさえ分からない状態なので、ひとまず再現性の有無から確認するべきだと考えたのである。
二人の射撃準備が終わったところで、さっそく射撃に移ろうとしたマオだったが、ここで一つ問題が浮かび上がっていた。なんとアバターの背が低すぎて、試射台のテーブル上でライフルを構えられないのである。それでもライフルを構えると、テーブル下に銃口を向ける格好となり、冗談めいた姿を晒したのだった。
「おお、これは予想外だけど、よく考えたら当たり前っすね。私の身長だと試射台が使えないっす。」
マオがどうしたものかと手をこまねいていると、その様子を見ていた店員が彼女に声を掛けた。
「ちょっと待っていてください。踏み台を用意しましょう。」
そう言うと店員は販売カウンターを挟んで試射スペースとは逆側の通用口へと向かい、ショップのバックヤードへ消えていった。
そして間もなくして、高さ50㎝程のプラスチック製のコンテナを運んできたのだった。
それは商品の運搬用の物であり、人が乗る事は用途外の使用となるため、基本的には推奨される利用法ではない。しかし、ミリタリー規格の頑丈なコンテナなので実用上問題は無いし、使えるものは何でも使うのが物資不足に陥りがちな戦場の流儀なので、傭兵達に工場現場基準の安全規範を守る様な、高尚な意識は無いのだった。よくわからんけどたぶんヨシ!
マオはさっそく店員が用意してくれたコンテナをテーブル下に設置し、その上に立つことで無事射撃姿勢を取る事に成功したのだった。
「ありがとうございます。」
マオがお辞儀のエモーションを取りつつお礼の言葉を述べると、店員は手をひらひらと振りながらこれに応えた。
「いえいえ、どうせ暇なのでお気になさらず。何かあれば声を掛けてください。」
それは社交辞令ではなく、不人気ショップの店員にとっての、ありのままの事実であり、本心からの言葉だった。
ニート生活をしているマオから見れば、暇な職場は楽ちんそうだし自分でもできそう等と若干失礼な事を気楽に考えていたが、実際のところやる事が無さ過ぎるのは、それはそれで苦痛なものである。