ep2.14 幼女とリコイルと三点バースト
前回はマオ視点での対戦の様子をフォーカスしたが、彼女が魔王の現在地に当たりを付けたところで一旦区切った形だ。
ここで少し時間を巻き戻して、戦闘開始直後の魔王の視点を追っていく。
───side:魔王
戦闘開始の合図とともに、魔王は周辺の状況を確認するために無造作に歩き回っていた。
対戦モードにおいて、プレイヤーが最初に配置される開始地点は、遮蔽物などの陰に隠れていて、かつ相手プレイヤーとの距離がある程度離れているという条件を満たした、複数候補地点の中からランダムで決定される。故に敵対プレイヤーと戦闘開始早々にかち合う可能性は無いのだが、それにしても魔王の行動は少々危機意識に欠けている。ベテランプレイヤーであれば、対戦開始直後に、敵プレイヤーとの距離が一定以上担保されているゲームの仕様を理解しているため、メタ的に大胆に動いても問題ないと知っているが、魔王はもちろんそんな知識を有しておらず、ただ無鉄砲なだけである。
ひとしから歩き回り、周辺状況を大雑把に確認した魔王は、ここでいったん立ち止まって思考を整理し始めた。
[今回のバトルフィールドはこれまでのモノとは毛色が違うな。教練を目的として作られた、屋外訓練場と言った風情か。おそらくは、規則的に配置された障害物を利用し、身を隠しながら銃撃戦の応酬を行う想定だろう。]
魔王はマオの本アカウントでフリーマッチ対戦を経験しているが、その際に生成された対戦フィールドは、損壊した市街地や、見通しが悪く行軍し難い森林地帯、高低差の激しい丘陵地帯、岩壁に囲まれた荒野など、多種多様な特徴を有してこそいたが、いずれも実際の紛争地帯や係争地を模しており、現実的に戦場となりうる地形が採用されていた。
それに対して、今回採用されたのは新人向けのチュートリアルステージなので、意気込んで対戦に臨んだ魔王は少々肩透かしを食らったのだった。
[何はともあれ、まずは接敵せねば話にならんな。どうやらこの付近にマオは居ないようだし、探しに行くか。]
簡潔に状況整理した魔王は次なる行動指針を決定し、隠密行動など知ったことかと言った面持ちで、全力ダッシュの索敵行動を開始したのだった。
戦場で立ち止まっていてはいい的なので、動き続けること自体は悪い選択ではないが、銃弾の一発で簡単に死ぬ可能性がある人間の脆さを計算に入れていない魔王は、いまいち危機感が足りていないのである。
───
魔王は戦場を駆け回り盛大に足音を響かせたため、ここで地面に伏して地面に耳を当てて索敵していた、マオ視点での流れに合流するのである。
―――side:マオ
巨人の如き魔王と小人同然のマオ、双方の体格差と装備の充実具合を比較すれば、正面戦闘では圧倒的にマオが不利であることは、誰の目にも明白である。
ゆえにマオは、魔王がこちらを発見していない状況で、全火力を集中した最初の一撃で勝負を決する、電撃的な奇襲作戦を画策していた。
そして魔王が考え無しに走り回った結果、奇襲を成功させる第一条件にして最大の難関でもある、相手に気付かれずに一方的に発見するという目標が、割と簡単に達成されたのだった。
[勝ったな、風呂入ってくるっす。……っと、冗談はさておき、普通のソロ対戦なら一方的に敵を発見した時点で勝ったも同然なんすけど、なにぶん私のアバターはクソ雑魚スペックっすからね。どうにも不確定要素が多いんで、ここは慎重に行くっす。]
降って湧いたチャンスに思わず勝利を確信したマオだったが、彼我の戦力差は依然変わりなく、ここで発見されればあっさりと状況がひっくり返るのが実情である。
マオはわずかに緩みかけた緊張の糸を張り直すと、奇襲を仕掛けるために気配を殺して、足音の鳴る方へと動き始めたのだった。
―――
こうして、互いを探して戦場を駆ける二人の視点が、いよいよ交錯する時が迫るのだった。
マオは物音のする方へと進路を取り、石壁や盛り土の陰から陰へと、極力姿を隠しながら、静かに、それでいて素早く早歩きで移動した。そしてついに魔王の姿をその双眸に捉えた。
一方魔王の方は、相変わらずなんの危機感もなく、猛然と走り回って索敵していた。既に発見されているとも知らずに、のんきなものである。
さて、一見すると隙だらけの魔王の動きだが、勘を頼りにたびたび方向転換するその様は、野生動物の様な無軌道なものであった。その予測不能な振る舞いは、ゲームの定石を踏まえて相手の行動を予測する事に長けたマオにとっては、先読みの通用しない厄介な行動となっていた。さらに前述のとおり、ひとたび正面戦闘となれば覆しようのない戦力差を加味すると、奇襲によって確実に仕留める必要があるので、迂闊には手出しできない状況を産んでいた。
しばし物陰から魔王の動きを観察していたマオだったが、魔王は一向に落ち着く気配がないので、奇襲のチャンスを見出せずにいた。そこで彼女は一計を案じた。隙が無ければ作ればいいのである。
[さぁて、ここが正念場っすね。……スペアのマガジンを一個捨てればちょうど重量オーバーが解除されるっすから、こいつを放り投げて囮に使って、ルシファーが物音に気を取られて、隙を晒したところに背後からドーンとぶちかますっす。んっんー、完璧な作戦っすね。実質自爆覚悟の特攻であることに目を瞑れば。まぁ戦力差を考えると奇襲に失敗した時点であとは無いっすから、その後のことは考えてもしょうがないっす。]
作戦をまとめた彼女は、大きく深呼吸してから覚悟を決めてマガジンを手に取った。そして岩壁から少しだけ身を乗り出して、魔王の動向を確認すると、魔王の視界に入らないタイミングを見計らって、魔王のすぐそばの盛り土の裏側へとマガジンを投げ込んだ。
―――ガシャンッ
「むむっ?何の音だ?」
それなりに大きな音を立てて落下したマガジンは、彼女の狙い通り魔王の気を引き、その行動を一直線に誘導することに成功したのだった。
まんまとマオの作戦に引っかかった魔王は、盛り土を迂回して裏側へと回り込んだ。
その様子を確認していたマオは既に行動に移っており、魔王が誘導されるがままに動き出したのに合わせて、すり足差し足忍び足で魔王の背後3m程まで近づくと、決定的な隙を晒す瞬間を待ち構えていたのである。
そして魔王が落ちているマガジンを発見して、拾い上げようと身をかがめるた瞬間、背後のマオは一気に距離を詰めて、魔王の後頭部にライフルの銃口を突き付けたのだった。
「これでチェックメイトっす。」
声を掛けずにさっさと撃った方が無駄なリスクを負わずに済むのだが、初対戦の妙なテンションに流されて、なんとなく格好をつけてしまったマオなのだった。
ちなみに、対戦相手とのボイスチャットもとい無線通信は遮断される仕様だが、物理的に声が届く範囲で喋る分には普通に声が聞こえるリアル志向が施されており、マオの無駄な勝利宣言は、魔王にはばっちり背後からの声として聞こえていた。
―――パパパッ
小気味よい三点バーストの銃声が静かなフィールドに響くと、至近距離から寸分たがわず脳幹を打ち抜かれた魔王のアバターは前のめりに力なく倒れ込んだ。
なお、その背後では射撃の反動、いわゆるリコイルを受けたマオのアバターが、反動に負けて見事にすっ転んでいた。
「えぇ……?」
綱渡りの死線を制して勝ちはしたものの、新たにとんでもない問題点が発覚したため、勝利の余韻が吹き飛んだマオなのだった。
―――ファーン
戦闘終了のシステムメッセージと共に、決着を告げるラッパの音が鳴り響き、魔王とマオの初対戦は、こうして幕を閉じたのだった。




