ep2.11 高性能AI搭載のNPCは人間と見分けがつかない
演習場に到着し、施設利用申請のために受付窓口の前まで来たところで、マオは施設を初めて利用する魔王に利用法を説明し始めた。
「演習場では射撃練習や対人対戦ができるっす。細かい話は追々するとして、さっそく手合わせ願うっす。」
「うむ。習うより慣れよという奴だな。望むところだ。」
マオが拳を突き出すエモーションを選びながら対戦を申し込むと、魔王も同様にして拳を突き出し、これを承諾した。
すると二人のアバターは拳を軽く突き合わせてから距離を取り、ボクシングスタイルの構えでステップを踏み始めた。そして右拳、左拳、右肘、左肘と順繰りに繰り出して互いにぶつけ合う、じゃれ合いスパーリングの動作に以降したのだった。
これはゲーム内では特に説明の無い隠し要素なのだが、プレイヤー同士で同じエモーションを選ぶと派生動作が発生するパターンがあるのだ。
―――ここで魔王とマオの二人から少し視点をずらして、一般観衆に目を向ける事にする。
マオの特異な幼女アバターのせいもあって、演習場にやってきた凸凹コンビの動向に最初から注目していた他プレイヤー達だったが、スパーリングをする二人の姿を見てざわざわとどよめきを起こしていた。
演習場に集まるプレイヤーは主にゲームを始めて日の浅い新人なので、隠し要素の派生エモーションに驚いたのである。
「おお、なんだあれ?」「隠しコマンドか何かかな?」「右左AB……」「これをこうして……こうじゃ。」「おおできた。プレイヤー同士のエモーションの組み合わせでできるみたいだな。」「でかした。拡散しよう。」
にわかに色めきだった新人プレイヤー達が各々試行錯誤していると、二人のやり取りを詳細に観察していた、とあるプレイヤーが派生エモーションの発生条件を特定し、その方法は瞬く間に新人達に伝播した。そして、みな一様にスパーリングを始めたのだった。
―――
視点を戻して、騒ぎの発端となった魔王とマオの二人であるが、周囲の盛り上がりには目もくれず、受付嬢のNPCに声をかけるところだった。しかしマオは何かに気付いた様で、すぐには話しかけずにいったん手を止めた。
「ちょっと待っててほしいっす。」
そう言うとマオは席を立ち、クローゼットからボイスチャット用のヘッドセットを取り出してきて魔王に手渡した。
「これはなんだ?」
「これはマイクとヘッドフォンが一体になったヘッドセットっす。ゲーム内でボイスチャットするために使うガジェットっすよ。都市パートではNPCとの会話に使うし、戦闘フィールドでは仲間との無線通信で使うっすから、マーセナリーだと必須のガジェットっすね。」
「なるほど。」
魔王は納得すると手渡されたヘッドセットを装着した。巨大な体躯を誇る魔王だが、体に比べて頭はそこまでバカでかくはないモデル体型なので、フリーサイズのヘッドセットを最大状態にすることで辛うじて装着可能だった。
問題なく装着したのを見届けたマオは自分の席へと戻り、テーブルの上に無造作に投げ出されていた、使い慣れたヘッドセットを装着してから、ゲームを再開した。
さて、満を持して受付窓口のテーブル前に立ったマオのアバターだが、身長が120㎝程度しかないため、テーブルに顎を載せる様な少々愉快な状態になっていた。
これを見た受付嬢は、身をかがめて視線をマオに合わせ、子供に語り掛ける様に優しく話し始めたのだった。
「演習場受付にようこそ。本日はどの様なご用向きでしょうか?かわいいお嬢さん。」
「こんにちは!こっちのルシファーと対戦したいので、対戦フィールドの利用申請をお願いするっす。」
マオは元気に挨拶すると、その勢いのままに簡潔に要件を述べた。
「え?こちらの方と戦うのですか?」
受付嬢はマオの後ろに立っていたバカでかい魔王を見上げると、小さなマオと見比べて怪訝な表情を浮かべたが、プレイヤーもとい傭兵の個人的な事情に介入する権限は持っていないため、若干後ろ髪をひかれつつもこれを受諾したのだった。
「えーっと、申請は受領いたしました。気を付けてくださいね。」
受付嬢は魔王に視線を向けると、小さい子相手に大人げない事はしない様にと、念を押す形でそう言ったのだった。
さて、ここで少し補足しておくと、リアル志向のゲームである『マーセナリー』では、NPCに高性能AIを搭載しているため、かなり自然な会話が可能となっている。まるで中の人が居る様に、相手の容姿や言動に合わせて個別の対応を取ってくれるのだ。コマンド形式でモード選択する事もできるため、いちいち会話せずとも施設の利用自体は可能だが、NPCの好感度を高める事で特殊ミッションが発生したり、様々な情報を教えて貰える様になるので、基本的にはボイスチャット形式で会話した方がメリットが多い。一例を挙げると、先述の派生エモーションの存在も、NPCの好感度を高める事で教えて貰える情報の一つだ。