第7話 歌姫の始まり
「はぁ……」
俺はエルシスタ中心街のベンチに座ると、がくりと肩を落とす。
来週から、また学校生活が始まることをつい今朝、母さんから明かされたのだ。
正直、学校は嫌いだ。
いや、それよりもまず、年上だからと言って偉ぶってる奴が嫌いなのだ。
先輩だぞ先輩だぞ、て、何が偉いんだか……。
「おいグレン、今日はカリンとの約束はないのか?」
イグニが、もう自身の特等席と化した俺の右肩から話しかけた。
「あぁ、今日は他の人との約束があるらしくて、一日顔を出せないそうだ」
「じゃあ、今日は何すんだ?」
「うーん、まぁ、いつもの狩り場で狩るかな」
そう適当に返すと、俺は立ち上がった。
はっきり言って、理由も何もない。元々俺には、計画性という物が殆どない。
俺はすっかりカリンにやることを任せていたんだなと、その時始めて理解した。
《《《《《
俺たちはいつもの森に足を踏み入れた。
なんだかこの薄暗い木漏れ日にも、最初は落ち着かなかったものの、現在はとても安らぎのある場所となっている。
「ここの敵も、雑魚に感じるようになったな……そろそろカリンと次の街に行くかな」
意味もなく森の中を歩いていると、遠くから爆撃音が聞こえた。
「お、プレイヤーがいるみたいだな。……ちょっと行ってみるか」
「一緒にやる仲間がいなくて寂しくなっちまったか? ケケッ」
「うっせ」
スキル【神速】
俺はスキルを使うと、ものすごい速さで森の中を駆けた。
スキルは、「ウィッチ」でいう魔法のような扱いだ。
魔法を使えない他のジョブが、代わりにスキルを与えられる。
ただし、魔法と違いMP消費がえげつない。
俺はまだ火魔法しか使えないからな、早く手に入れたいものだ。
そして、その爆撃音の主の場所へ辿り着いたのだが………
「……なんだあれ、大丈夫か?」
その崖下では、この森で一二を争う雑魚モンスターに苦戦するフードを被った少女の姿があった。
「あぁ、あれはきっとサポートジョブを使ってるな。普通は友達が沢山いる奴が使うんだが、ソロの奴が使うのは中々見たことないな」
俺は反対側の丘を眺めた。
そこには、数人のプレイヤーが少女の哀れな姿をみて笑っていた。
イグニも、そんな俺の視界を理解したようだった。
「あぁ成る程、「ファイター」の特徴だな。装備は弱いがプレイヤーのパラメータが他のジョブより断突で長ける。で、何を見た?」
「……プレイヤーがあの子を見て笑ってた」
「そうか、きっとあの子はそのプレイヤー共に嵌められたんだろうな。ステータスポイントの為に……運の悪い奴だな」
俺は今にも、感情が爆発しそうだった。
「なぁイグニ、やってもいいか?」
「そりゃ、お前の好きにやれ。お前の行動をどうこういう権利は俺にはねぇよ」
「そりゃどうも」
【ボムレア】
俺は火の初級魔法を唱え、反対側の丘に火の玉を飛ばした。
すると、丘にいた数人のプレイヤーは全てデスアウトした。
俺の火魔法は威力約1.7倍、当然だな。
俺は丘を降りて、少女を追い掛ける敵モブにもう一度火魔法を唱えた。
【ボムレア】
魔法の爆発を最後に、敵モブは一瞬にして消滅した。
少女は疲れきってしまったようで、その場に倒れこんだ。
「あ、あんた誰よ……」
「な、初対面の奴にいきなりあんたはないだろ……」
俺は彼女にそう言うと、一回咳き込んで、自己紹介をした。
「俺はグレン、見ての通りプレイヤーだ。で、この蜥蜴はイグニだ」
「よっ!」
イグニが少女に軽く挨拶した。
「あっそ、じゃあもういいから。どっか行って」
そう言ってゆっくりと立ち上がると、とぼとぼとまた少女は歩き出した。
「待てよ」
俺はこの場を去ろうとする少女の手を掴む。
「お前のHPもうねぇじゃねぇか、ポーションも底を尽きてんだろ?」
だが、少女は俺の手を払い除けた。
「じゃああなたがくれるっての? 人に何か言うときは考えて物を言いなさい」
「じゃあほい」
俺は少女の一言一言が苛立たしく思い、少女にポーションの液体をぶっかけた。
「はぁ!? 何すんのよ!」
「お前も人のこと言えねぇよ」
そう彼女に言い放った。俺は話を続けた。
「助けて貰った時にはお礼を言いなさい、困っている時には助けを求めなさい、全て小学校レベルの話だろ」
「うるさいわね、困ってなんかないわ!」
少女は俺を突き飛ばそうとするが、少女の力が弱いのか、俺はそこまでびくともしなかった。
何て奴なんだ、助けてやったのに………。
そこでイグニが顔を出す。
「嬢ちゃん、世の中一人では生きてけねぇぜ? この世は人間、助け合ってないとか弱い生き物なんだからさ」
イグニの言葉に少女は心を揺らしたのか、少しの間黙りこんだ。
「……分かったわ」
少女は被っていたフードを外した。
現れたのは、桃色のツインテールをして、目が海のような青色をした、可愛らしい少女だった。
「私はマナ、さっきはありがと」
マナは不本意とでも言うようにむすっとした表情をしながら握手を求めた。
なんだこいつ、可愛くねぇぇ!!
それでも、折角出して貰った手を拾わない訳にはいかないので、俺も手を伸ばした。
「どういたしまして」
一応そうは言ってみたものの、俺の表情は今にも笑顔を失いそうだった。