第1話 オープニング
『ログイン認証、完了致しました』
その声に、俺はゆっくりと瞼を上げる。
眼を開くとそこには、広大な草原が広がっていた。……いやどゆこと?
『《With・Monster・Online》、通称《W・M・O》に踏み入って頂き、ありがとうございます』
無機質な声が俺の上空を飛んでいた球体から声が発せられた。一瞬驚いたが、これがゲームであったことを思い出す。
不思議な光景であるこの情景も、推進機もなく宙に浮かぶこよ球体も、結局は電脳の産物なのである。
「ゲームだから何でもあり」というのは本当のようだ。
しかし、そうは分かっても不思議である。俺は好奇心に押されて球体に手を伸ばした。
「なんだこれ、ゲームって思えないくらい現実的だ………」
瞬間、俺の手に電流が流れた。
「あだだだだだだだだ!?」
『お気をつけ下さい。私はデリケートですので』
いや、システムの問題じゃなくてお前の問題なのかよ。
しかし、ゲーム内であるからかすぐに傷は治り、痛みもなくなった。俺は倒れていた体を起き上がらせる。俺は球体に少し不信を抱いていた。
ゲームの中とはいえ、プレイヤーの損傷も考慮せずに攻撃してきたこのガイド的立ち位置の球体。こんなデリカシーに欠ける物体がこのゲームのチュートリアルに採用されているのなら、評価は下がるばかりだ。しかし、このゲームにそういった兆候は見られていない。全員洗脳にでもあったのだろうか。
『では、名前をご入力下さい』
球体から発せられる無機質な音声とともに突然キーボードが目の前に現れた。
―――名前か。そのままでも危険はないだろうけど、結構ありがちな名前だし。でも、やっぱ変えた方がいいよなぁ。だって怖いもん。
最近は闇取引の場の一つに、インターネットが数えられている。それも、ゲームの中だ。
ゲームがVR化したことで、チャットなどの連絡方法が直接会話できるようになり、ログが一切残らなくなった。つまり、痕跡が消えるということになる。つまり、今やゲームは闇取引に都合のいいものとなっている。
なので、こういった「お遊び」に見えるようなものでも、慎重に言葉を選ばないと危険に晒される。
全く困った世の中になったものだ。
迷った末、俺はキーボードに「グレン」と打ち込んだ。
エンターキーを押すと、キーボードは「O.K」と表記して消えた。
『――分かりました。グレン様。では、次は《W・M・O》での”容れ物”を造ってください』
目の前に俺にそっくり――というか俺がそのまま現れた。その右には「head」、「cloth」などの項目が現れている。
成る程。キャラメイクか。これだけリアルなら出来る限り増しな物にしたい。ファッションセンスないとかよく言われるが、ま、やりたいようにやればいいだろう。
紺色の髪に緋色に光る眼光。旅人のような服を着た自分。
うむ。ファンタジー感があって申し分ない。しかし、この姿でゲームをするのか。まるでコスプレをしてるみたいだ。
そう考えると、少し羞恥心を覚えてしまう。いつかは慣れてしまうのだろうが。
『グレン様。では、次は《ジョブ》をお選びください』
そうして現れたのは、辞書ほどの厚さをした一冊の本だった。
本は風が動かしているように捲られていき、見出しに「職業指南書」と書かれたページで動きをピタリと止めた。
「これは?」
『――グレン様は慣れてしまうのがお早いですね。流石です』
「―――そうか?」
突然の出来事であったが、さっきからのこともあって随分と慣れてしまった。気に留めずにそう聞くと、返ってきたのは感嘆の言葉だった。
『そちらはプレイヤーに適したジョブを指南するためのものです。脳波で判別出来ておりますので、捲っていただくだけで結構です』
「今お前ヤバいこと言ったな? ちゃんと聞いてたぞ俺」
球体の発言に動揺しながらも冷静を保って指摘する。
(でも考えてみれば、意識ごとゲームに繋げてるんだし、その過程で見ることにもなるよな)
俺は自分で納得した。球体に言われたようにページを捲ると、拳を構える男が書かれている。
『グレン様は「ファイター」が適正のようです。――気に入らなければ変更も出来ますが』
「――いやいい。これが適正なんだろ? これでいいよ」
落ち込む俺を見兼ねて提案する球体。俺はそれを拒否した。
叔父さんはどこまで俺に付きまとうのか。
(俺がその程度で気落ちするのも、意味分からねぇよな)
俺は球体を見て、笑顔を繕い「すまん」と言った。
運命は変えられないんだろうなと、その時感じた。
運命は揺るがないんだろうなと、その時感じた。
でも――――
『謝らなくていいですよ。グレン様。それは諦めたときにして下さい。』
球体の無意識な音声が、俺の脳を透過した。
『グレン様の眼はまだ、諦めてないでしょう?』
瞬間、光が俺の眼を刺激し、思わず目を瞑る。眼を開くとそこは、冒険者が集う街、〈エルシスタ〉だった。
俺は自身の姿を見る。鏡がなくてよく分からないが、旅人の服を着ているし、キャラメイクは終えたのだろう。
(諦めるまで謝るな、か。おかしな言葉だな。でもなんか、笑えない)
そうして俺は、この世界を歩きだした。