第六話 暴食の風
□旧エルシスタ庭園 ???
俺は木の上からじっとプレイヤーの二人を見下ろしていた。
その目は、まるで野生のように鋭く光っている。
すると、背後から何者かがこの枝に飛び移ってきた。
「あら、エーリヒじゃないの。あ、やっぱり最近噂の「プレイヤー狩り」ってあんた? やめなさい。ゲーム人口減らしたいの?」
そいつは最近うちのパーティの幹部に登りついた女。名はリザと言うらしい。
俺はこの女を鼻であしらった。
「たかだか「穴埋め」で《七大罪》の幹部に上り詰めた素人が、俺に気安く話しかけるな」
俺はこの女が気に入らない。ただの抜けた幹部の穴埋めで幹部になっただけの癖に、周りには偉ぶった態度を取っている。
実力もない奴が同レベルの奴らに威張り散らすな。うちのパーティの品格が下がる。
……そう言ってしまいたいのは山々だが、幹部就任は団長が決めたことだ。致し方ない。
俺は奥歯で口の奥を噛み締めた。
「………へぇ、エーリヒって本当に無愛想だね。噂に聞いてた通りだよ。《暴食》くん」
そう言って不満気に自分の肥大化した胸の下で腕を組んだ。
「……だが貴様、精々頑張るのだな。《色欲》の幹部は辞任が早い」
俺は立ち上がって、木の下を見下ろす。
「……分かってるわよ、て、どこ見てんの?」
リザは木の下を見てみると、漸く俺の目的を察したようだ。
「………少しばかり落とし前をつけるぞ」
そう言って俺は木を飛び降り、風の中に消える。
「……面白そうだし、着いてっちゃうよ~♪」
リザは立ち上がると、腰に下げた細身の鞘から剣を引き抜く。
その剣は神々しく白みを帯びていた―――。
《《《《《
□旧エルシスタ庭園 グレン
「俺にあの傷をつけたのは、あのカオルって女だ」
俺は驚きを隠せずにいた。え、世間って狭すぎ。だからまた狙われないように身を隠していたのか。
「お前にも怖いものってあるんだな」
「そりゃあるわ。生き物だぞ。どんな生き物でも「死」を恐れないなんてあるわけねぇ。出来て精々その感情を隠すことくらいだ」
俺はイグニが怯えていることに気付いた。
「じゃあお前、詰まるところ殺され……」
「かけたな」
さっきから驚いてばかりだ。俺が死に物狂いで30ダメージしか与えられなかったイグニを、カオルは殺しかけた………? 飛ぶ斬撃を扱えるカリンを5秒で下したのを見て、こいつは手練れだとは思っていたが、まさか俺とそこまで実力差があったとは思いもしなかった。
最早俺の下につく理由なくね? いや、ただ酒飲む場所が欲しいだけかぁ。
パーティの団長として一人悲しくなる。
「だからお前、カオルには気をつけ……」
「あら、いつかの蜥蜴ちゃんじゃない?」
イグニが忠告しようとした瞬間、いつの間にかカオルが背後から隣に移動していた。
カオルはもうすでにイグニを視認している。
「逃げろグレン!」
俺は手に火魔法を付与して、ジェット機のように手から出る火炎放射を使って背後に移動し、カオルと距離を取る。
「あらあら、そんなに何を怖がっているの? 大丈夫よぉ」
カオルはじりじりと近付く。その歩みに迷いはない。俺には負けることはない。そう思っているのだろう。
森の静けさが緊張を漂わせる。
俺はカオルに提案する。
「な、なぁカオル。こいつイグニって言ってさ、俺たちの仲間なんだ。だから、戦うとかなしにしようぜ?」
「そ、そうだ。大体、俺なんにもしてねぇじゃねえーか。お前から始めた喧嘩だろ? もういいじゃねーか。やめにしよーぜ?」
カオルは普段通りの微笑みを称えて言った。
「あらそう」
「…………」
感情の籠らないトーンで冷徹に告げた。
なるほど。和解する気はないらしい。戦闘は避けられないだろう。
しかし、今はゲーム始めたての頃の俺ではない。強力な装備を揃え、自分の戦い方も考え、更には、強大な仲間のイグニもいる。勝つ可能性がないなんて、どこを見てそう言える?
俺は一瞬深呼吸して、カオルを見る。
「おぉらあぁ!」
俺はカオルに殴りかかる。カオルも、俺に剣を向けて走り出す。
十分な距離になったところで、カオルの身体に拳の狙いを定める。そして放とうとしたとき、カオルの動きの速さによって受け流されてしまう。カウンターが来るかと思った瞬間、俺は強く、「弾き飛ばされた」。
瞬間、カオルを強い強風が連れ去る。その風圧は台風のように強く、カオルに弾き飛ばされて体勢を整えられていない俺は吹き飛ばされそうになる。が、反射的に再度手に火魔法を付与して、手から火炎放射を出してその圧力で自分の身体を支える。
風が収まると、俺はゆっくりと火炎放射を止めて立ち上がる。
辺りにはさっきまでどっしりとそびえ立っていた筈の大木たちが横たわっていた。景色が開けて日光が皮膚に当たる。
さっきまでカオルが立っていた筈の場所には、名前も知らない少年が立っていた。
「……計算が狂ったか。まぁ良い。「落とし前」をつけるだけだ。あいつにも十分できる仕事だろう」
少年が独り言を呟くと、俺の方を向いた。その目はエメラルドに光るが、それからは野生のようなものが感じられた。まるで自分を今、獲物と見ているかのような……。
その禍禍しい雰囲気に少し怖気づいてしまう。
「さて、《色欲》が選んだ団長の実力、拝見させてもらうとしよう」
少年は手を開くと、風が音を立てて集まる。そこから、いつの間にか拳銃が二丁現れ、それを握りしめた。
どうやら逃がす気はないようだ。本気での戦闘らしい。
しかし、俺は目の前のこの状況なんかよりも腹が立つことがあった。
さっきのカオルを連れ去った風、こいつの拳銃が現れた時の風……同じ奴の仕業だとするならば……!
「カオルを返して貰うぞ……! くそガキ!」
俺は少年の元へ駆け走る。手には火属性魔法を付与し、スピードに乗ったところで手を後ろに向け、火力を出してスピードを増強させる。
「……動きが単調だ」
ずっと動かなかった少年は、俺が射程距離に入ったところで引き金を抜いた。
「だから猪は罠にかかる」
しかし、その銃弾は俺の横を1メートルも離れていた。
「どこを狙ってんだよ!」
「お前以外いないだろう?」
「! 後ろだ! 避けろグレン!」
瞬間、俺の横を通り過ぎていた二つの弾丸は軌道を変え、俺の頭部目掛けて飛び掛かる。
「これでもう終わりか?」
最後に、少年が銃弾を一発放ち、合計三つの弾丸が俺目掛けて飛び掛かっていた。
……ちょ、やばいやばいやばい。
俺はこの状況のせいか焦燥に陥り、何も考えられない状態となっていた。
「何してんだ相棒!」
《聖炎》!
イグニがこの状況の最中、背後から迫り来る弾丸を二発焼き払った。
はっとした俺は、目の前の弾丸を即座に避けた。
さながらハリウッド映画のような避け方をした。
「すまんイグニ! 助かった!」
「いいから集中しろ! あいつ今までで一番の敵だぞ……」
「……ほぅ。避けたか。初心者にしてはよくやるものだ。だが――」
少年は風の中に姿を消した。その後、一瞬にして俺の上空に現れる。手には二丁の銃ではなく、機関銃が握られていた。
「貴様では荷が重い」
「お前でも足りやしねーよ。頭が高いんじゃねーか?」
少年は鼻で笑った。
「精々逃げ切るがいい」
少年は機関銃を俺に構え、危機を感じ、俺は即座に森の中を駆け抜ける。
少年は引き金を引き、上空からの連射を始めた。俺は激しい弾幕の音を背に、全力で駆け抜けた。
「いやこれ、想像以上にやべえぇ!!」
風の音が耳を走る。
「威勢がいいのはさっきだけか? 期待はずれだな」
瞬間、激しい摩擦音があたりに響いた。
少年はその方向を見たが、何も変わりない森が広がっているだけだった。
なんだ、気のせいか――――――
少年の背中に激痛が走る。何があったのか分からずに上を見ると、そこには地上で走り回っていた筈の俺が、少年の背中を蹴っていたのだ。
「頭が高い! 落ちろ!」
威勢よくそう言って少年を落とそうとするが、少年は俺の脚を掴んだ。
「こっちの台詞だ!」
逆に俺は少年の腕力によって地上に強制的に戻され、地表に背中を勢いよくぶつけてしまう。
「かはっ!」
息が出来ないような激痛に、自然と体が悲鳴をあげた。
「まだデスアウトしないのか? ファイターは本当に頑丈だな」
いつの間にか地上に立っていた少年が、俺を睨んでそう言った。さっきの一撃が相等堪えているらしい。
俺は重くてふらつく身体で立ち上がる。
「あんなただの一発でぶちギレてるお前は脆そうだな。偉そうにしてて、実は弱いとか――――ザコだな」
少年の堪忍袋の緒が切れ、俺へ銃弾を向ける。
おいおい、そんなただの一発じゃ、俺は倒せな―――
「グレン! 後ろを見ろ!」
イグニの声で即座に後ろを見ると、さっき少年が乱射乱撃した幾万の銃弾が浮かび上がり、俺を狙っているようだった。
よく見ると、俺の包囲網が全て銃弾で囲まれていた。
「チェックメイト」
少年は銃の引き金を合図に、全ての弾丸が一斉に俺目掛けて飛び掛かった。
絶望的なこの状況でも、ゲームだからか走馬灯何てものは俺の記憶からは出てこなかった。
ただ一つ、思い出したのは幼い頃に聞いたこの言葉だ。
『良いか? 銃弾は速い。人間を殺せるくらいにな。でも、絶対に敵わない訳じゃない。じゃあ、どうすれば良いと思う?』
俺は、なんて答えたっけ。あの時、この話を聞いて、何を感じたんだっけ。いや、その時の答えは関係ない。俺は、「今」の答えさえ出していればいい。
「うぅらあぁ!」
俺は少年が放った銃弾目掛けて、拳を唸らせる。その拳から火属性魔法が付加され、銃弾は”元の持ち主”のところへ軌道を変えた。弾丸は少年の心臓を狙っている。
しかし、少年は弾丸に意識を集中させ、その回転を止め、銃弾は地面へと落ちて転がった。
「ほぅ。中々面白………」
少年が俺の方へ向き直すと、そこには少年が想像だにしていなかったであろう光景が広がっていた。
それは、俺が全ての弾丸を素手で受け切った光景である。
二発の弾丸だけ手中に収められ、それ以外は地面に溢れ落ちている。
しかも、手の中の銃弾は少年の方へ向けられていたのだ。まるで、今からこの手から銃弾が撃たれます、と言わんばかりに。
俺の答えはもう決まっている。銃弾が速い? なら、俺がそれより速く動けばいいだけだ。
「……ふふっ、はははっ」
少年は何がおかしいのか、高笑いを始めた。右手で髪を掻き上げ、俺に笑みを見せる。さっきまでの無愛想な少年からは想像もつかないような表情だ。
「折角だ。名を名乗っておこう。我が名はエーリヒ。パーティ《七大罪》の幹部が一人、《暴食》の名を持っている」
「俺の名はグレン。それ以上言うことはねーよ。じゃあ、再開だ」
そう言うと、合図のように俺は勢いよく、素手で銃弾を弾き飛ばした。