第五話 プレイヤー狩り
緑が生い茂る森の中、木の上を何か風のような何かが蠢く。
それは、まるで木の揺れのような微かな音で、何もなかったかのように痕跡すら残さない。
しかし、それは確かに生き物であった。
何故なら、そのエメラルドに光る眼光は、離すことなく、木の下で身を寄せ合うプレイヤーを捉えていたからだ。
「おい、奴ははどこだ? 見える奴はいるか?」
大柄な男が、他のプレイヤーに泣く泣く呼び掛ける。しかし、それに答えるものはいなかった。
その最中にも、何かはシルエットを誰にも見せないままプレイヤーに近づいていく。
「はっ、団長、見えたらこうやって身を寄せ合ってないでしょ?」
諦めたのか、へらへらとした口調で男に言った。
「ちょっと! 諦めちゃったの? あんた男でしょ、気合いいれなさいよ!」
今度は女が、その身体を震わせながら仲間を精一杯励ます。しかし、目の前の恐怖に怯え、あまり効果がない。
「だってよ……」
「しかし、じゃあ俺達は何も出来ないまま、デスアウトするしかないのか?」
「無知なものだな」
いつの間にか、プレイヤー達の上空を、何かが飛び上がっていた。
何かはプレイヤー達に気付かれる前に二つの銃口を向け、冷徹に引き金を引いた。
一気にその銃弾は、全てのプレイヤーの脳天を撃ち抜いた。
プレイヤーはほぼ同時に光の粒子と化し、経験値の石数個だけがその場に残った。
何かは音も立てず、空中からゆっくりと地面に降り立つ。
「元々、貴様らにそれ以外の道など用意されていない。『弱肉強食』とはよく言ったものだな」
何かは漸くその姿を露にした。
真っ白のローブから覗かれる端正な顔立ちとエメラルドの眼は、この少年の冷徹さとはギャップがある。
少年はフードを頭から降ろすと、真っ白の顔と木漏れ日に光る純白の白い髪を露にした。
この少年は、巷ではこう呼ばれる。
『七大罪の暴食』と。
《《《《《
「プレイヤー狩り?」
俺はカオルとテーブルを囲んで話をしていた。
今はマナもカリンも用があるようでゲーム内にはいない。
なので、まだ何も知らないカオルと二人で話をしていたら、このワードが話題となったわけだ。
「そうよぉ。最近ちょっと話題なの。狩り場に赴いたプレイヤー達を、姿の見えない何かがデスアウトしていくんですってぇ」
カオルは勢いよくワインを飲み込んだ。
「ふぅん。でもそれって、ただの超強いモンスターがやった、てことは無いのか?」
「いえ、それはないわぁ」
カオルは断言する。何か根拠があるようだ。
「何人かのプレイヤーが、人間の声が聞こえた、て証言してるの。それにその場にはもう、石は残っていなかったらしいのよぉ」
そう言ってまた、コップに注いだワインを飲み干した。
俺はこの話に確信を持った。
「なるほど。石を狙った犯行か?」
「えぇ。みんなそう推測してるわぁ」
空となった酒瓶を見て、残念そうに言った。
すると、俺は話が始まる前からテーブルに置いていたクエストの依頼書を右手で持ち上げて言った。
「………で、これはなんだ?」
「依・頼・書♡」
カオルは満面の笑みでそう言った。
「うぅん、じゃあこれはどういうことかな?」
俺はもう片方の手で「受理者」と書かれた部分を指差した。そこには俺のアカウント名である「グレン」という文字が記されていた。
「あら、知らないの? パーティの団員はクエストの受理者を団長に押し付けられるのよ。報酬は当然団長行きだけど。いいじゃないいいじゃない。プレイヤーからの依頼申請よぉ?たんまりと金が稼げるわぁ」
「ざけんな、さっきの話から察するに、この依頼書はさっきの男を倒せって依頼なんだろ? 俺まで倒されちゃったらどうすんだよ」
俺は呆れたように言った。
「大丈夫よぉ。団長ちゃん強いんでしょ? カリンちゃんがとても褒めてたわぁ」
「…………カリンが?」
俺はいつの間にかカオルを睨むように見ていた。
カオルの笑みは更に深くなり、そして立ち上がった。
「えぇそうよぉ? とっても褒めてたわぁ」
カオルはテーブルを避けてゆっくりと俺の方へ歩み寄る。
俺の後ろに回り込むと、耳元でこう囁いた。
「かっこいい♡だって」
そう言い残すと、カオルはまた自分の席に戻った。
俺は暫くカオルに嘘がないか探っていたが、俺にそういう才能が
ないのかさっぱり分からない。逆に笑みを返してくる始末だ。
俺は大きく溜め息をついた。
「仕方ない。行くか!」
俺は勢いよく立ちあがり、玄関へ向かう。
「その調子よぉ!」
カオルは後ろから声援を浴びせるが、俺は歩いていく途中で、その勢いを止めてカオルの方を向いて言った。
「あ、そうだカオル。パーティの資金が、いつの間にかワイン代になってたんだが、何か知ってるか?」
「…………」
カオルは黙り込んで甘える目を暫く俺に向け続けた。俺はそれをじっと見つめる。しかし、全く効果はない。
もう痺れを切らしたのか、カオルも立ち上がり、俺の隣に走り寄る。
「もう! 着いていくわよぉ!」
《《《《《
『テレポート』
俺とカオルは瞬時に狩り場の森に移動した。
「お、すげぇ! 瞬間移動ってやつか?」
俺は今まで一切感じたことのなかった感覚に興奮した。
「団長ちゃん、こういった戦力にならないようで、便利な呪文は少ないポイントで使えるから、振っといた方がいいわよぉ」
「あぁ、ありがとう!」
しかし、これからどうするか。
プレイヤー狩りを倒すとは言ったものの、そのプレイヤーがいつの時間帯で動いているのか分からない以上、少し時間がかかりそうだ。
「取り敢えず、経験値集めでもする?」
「………そうだな!」
俺はカオルの意見に賛成し、モンスターを狩ることにした。
俺は歩き始めると、カオルと少し距離を取った。
「イグニ、起きてるか?」
小声でイグニを呼ぶ。
「あぁ、起きてるよ」
俺のローブに身を隠していたイグニがひょこっと顔を出す。
「なぁ、なんでカオルの前では姿を見せないんだ?」
そう、イグニはカオルの前で姿を見せようと一切していないのだ。
「……………面識があんだよ。あの女と」
「はぁ?」
俺は何を言ってるんだと言わんばかりの声色でイグニに問う。
「………どういうことだよ?」
「今さっき言った通りだ。お前と初めて会ったとき、尻尾に傷があっただろ」
「あぁ、あれか」
俺がポーション投げて治した奴か。
「あの傷を作ったのが、あの女、カオルだ」
……………え、ええぇぇ!?