02 僕はどうすればいい?
──スキル?
頭の中に流れた意味不明なアナウンスに、額に皺を寄せた。
スキル。ゲームっぽいな。なんか。そう思った直後、もう聞きたくないと思った鳴き声が聞こえた。
カァァ! カァァァッ!
カァァアアッ!
考える暇もないのかよ、と思った。空を見ると、少なくとも百は超えるカラス。
その集合体は、まるで龍のように細長く連なっている。そして、龍は大きな口を開けて、こっちに迫ってくる──。
いや、無理。
あんなの来たら、守りきれない。
まだひばりの事、何も解決していないのに。脱力はしなかった。代わりに、悔しさと怒りが湧いた。
そう、虚脱ではなく、悔しくて怒ったのだ。
こんな所で、死にたかねぇ。
死にたかねぇよ。
「──ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!」
道路が割れ、とんでもない風が吹き、耳がおかしくなりそうな爆音が響いた。
突然の出来事。なっ、なんだ──!?
その音の中心にいたのは、一人の警官だった。……警官!?
いやいや、ありえないだろ……!? とは思うが、その爆音を発しているように見えるのは、その警官以外になかった。
龍が、崩れた。
正確に言うなら、カラスが気を失ったのか次々に落ちていく。それでも、僅かに飛び続けているカラスもいるのだからそれにまた驚かされる。
──が、その僅かなカラスもまた、すぐに倒される事となる。
爆音を発していた……と言うより、叫んでいた警官とは別の三人の警官が、前に出る。二人は道路に手を付き、一人は、道路に手を付いた二人の背中に手を付いた。
僅かに残った十匹前後のカラスが、急降下で加速しつつ警官に迫る。
警官までの距離が十メートルも無くなったその時、唐突に道路が隆起し、無数のアスファルトの棘がカラスを貫いた。
「……っ」
スキル。あれはスキルというものであるに違いない。
カラスの群体──いや、軍隊を何事もなく退けた警官の元に駆ける。
「あ、あの!」
警官は、しょうがないか、というような顔で俺を見ていた。「……驚いたよね」
「いえそうでもないです! もしかしてスキルってやつですか!?」
驚いたのは俺ではなく警官だった。少しして、納得したように俺を見た。
「あ、一人でシャドー・クローの大群を倒したっていう。なら、スキルを知っててもおかしくないか」
「…………しゃどー……? えとですねもうちょっと詳しく」
「僕たちもよく分かっている訳じゃないけど、どうやら、凶暴化した動物……さっきのシャドー……じゃなかった。カラスとかね。あいつらを一体でも倒すと、ステイタスを開けるようになる」
あまりに真面目な顔で話すものだから、頭大丈夫ですかとは言えなかった。それじゃあもはやゲームじゃないか。
「その後は、その人ごとに異なるらしいんだけど、スキルが手に入る。どうやら、その人の経験や、正確に関係したスキルが手に入るみたいだね」と、ここまで言って警官は話すのをやめた。頭を掻いている。「まぁ、ステイタスって言ってみ。それで分かると思うから」
「ステイタス」
一切の迷いなく実行した俺を、警官は「今時の学生はこういうのは得意なのかなぁ」と言いながら見ていた気がした。
〈player name〉【冒険者】
Lv.18
『HP』10/160
『MP』0/0
『ATK』…##
『DFE』…10
『SPD』…10
『DEX』…10
『MATK』…0
《魔法》
《スキル》
【強靭精神】Lv.1
【我流スコップ剣】Lv.10(MAX)
《ユニークスキル》
・【栴檀は双葉より芳し】
才能を隠しているだけである。
Lvが上がるごとに全能力超向上。
スキルが増えにくい分、ユニークスキルが獲得しやすい。
・【獅子奮迅】
どんなに困難であろうと諦めない意志の表れ。
ATKの数値を無くす代わりに、戦意の質によりATKが可変するようになる。[最低値10 - 最大値500]
・【乾坤一擲】
刹那の一撃に全てを賭ける、力強い心。
超威力のカウンターを使えるようになる。
Lvが上がるごとに上昇する基礎ステータスが初期値から変動しなくなるが、上昇する筈だったステータスの値は蓄積され、一時的に蓄積された分一つのステータスを強化できる。
・【想い人への道しるべ】
ひばりの為ならば、どんなものを捨ててでも一度だけ。
ひばりの現在位置を把握出来る。ただし、一度発動したらこのスキルは消滅する。
なんか凄そうだった。小並感と言うのだろうかこの感想は。
いや、実を言うとステータスの九割はどうでもいい。重要なのは──【想い人への道しるべ】!
ひばりの現在位置を把握できる!
──喜びが溢れそうだ。
警官が隣にいるから、飛び跳ねたりはしなかったが……いや、飛び跳ねよう。
喜びを抑えすぎてはいけない。
「ゥウオッシャァァァッ」
びくっ、と隣にいた警官の肩が大きく跳ねたのが見えた。「な、なんかいいスキルでもあったのかい……?」
「ありました。することも見つかりました。ありがとうございます」
礼。とりあえず警官だからお礼だけは言っておく。
警官の頭の上にクエスチョンがあるが、そんなものは気にしない。いや、気にしている暇などない。
分かる。ひばりがこの街の、それもすぐ近くにいる事が。
それにまだ、生きてる──!
警官や、おじさん達に背を向けて走る。「あっ」と警官が何か止めようとしたようだが、聞こえなかったふりをしよう。一分一秒も惜しい。
そうして走り始めた時、何故かは分からないが、すっと耳に入ってきた声があった。「頑張ってね」──おじさん。ありがと。
足に、力を込めて。
ひばりの元へ────────ッ!
◇
アスファルトが大きく抉れ、“それ”は姿を掻き消したように錯覚する速度で移動した。
それを呆然と、警官たちは見つめていた。
警官たちは、決して弱いとは言い難い。いや寧ろ、現時点で言えば相当に強い部類だろう。
そんな彼らですら驚愕し、口を阿呆らしく開けて固まるほどの行いをした者の名は、きっと忘れない。
一人の、ボロボロな服を着た歳食った男が、警官に話しかけていた。
「竜士くん。凄い子だよね。ヒーローみたいな子だ」
「……えぇ。まったくです」警官は苦笑いして、帽子を被り直す。