02 忘れかけた幸せを無くしたくないと思った時
ねぇねぇ、ひらがなって、可愛くない?
今でもよく思い出せる。
ひばりは満面の笑みでそう言うのだ。
どこが? えーとねー、まず、全体的に丸っこくてー、くるんってしててー。あとはー。あ、もういい、なんかよく分かった。えー、分かってないでしょー? 分かったってば。
どうして別れたのかは、実を言うとよく分からないままだ。
ひばりが、突然別れようと言って、気付いた時には縁がぷっつり切れていた──そんな感じ。
それ以上、詮索とかはしなかった。
ねーねー、りゅうじ。なんだよ。好きなひらがなって何ー? ……はい? だーかーらー、好きなひらがなー。いやいや、ひらがなに好きも嫌いもないんだが……。そういうと思ったー。んじゃひばりは何が好きんだよ。私はねー……。
す。
ひばりはそう言っていた。訳がわからなかった。
酢? 巣? 素? スイカのす? 菫のす? 色々言ってみたが、ひばりは決まって、ノンノン。はっずれー。と笑っていた。
答えの見えない難解な謎かけ。いや、謎かけというより、確率〇.一パーセントを引き当てるようなゲーム。全然ゲームとは呼べないものだったが、思えば気にせずゲーム感覚で話していた。
朱雀のす! 全く違うよ〜。スクエアのす! すくえあってなんだっけー? 数学のす! 数学嫌いーー! 砂のす! なんで砂ー……?
ある日、ひばりと街を歩いていた時、美しく飾られたウェディングドレスが目に止まった。
ひばりの動きもまた、止まった。ウェディングドレスを見ているのは明らかだった。肝心の俺は、妙な気恥ずかしさに別の方向を見る。
そういうのはもっと身長が伸びたらな。ひばり。言おうかな、と口を開けてみて、だが一言すら言えずに口を閉じる。茶化す事すら出来ないほど、ひばりの目には輝きが籠っていたのは、今でも心に焼き付いて忘れられない。
そしてその少し後、ひばりは少し寂しそうな顔をして振り返った。
俺の顔を見て、「好きだよ」と一言。
その次の日から、ひばりの顔を見れなくなるとは思わなかった俺は、ふん、とそっぽを向いた。
真実は分からないが、真実のようなものをでっち上げるのは簡単だ。そして、それで分かったふりをするのも。
新しい男が出来て俺は棄てられたのだろう。
一番リアルな答えを無理矢理そうだと思い込んで、人並みにひばりの事を恨んでみて、それでちゃんちゃん、ハイ終わり。……──に、なるはずだった。というか、そうしたかった。それで終わってほしかった。怖いことに顔を突っ込んでもっと怖い思いするのは嫌だった。
怖い思いをすると決まったわけではなくとも。
……でも。
◇
もう会う事は無いと思っていた。
そんなひばりから、電話。
そして、メール。
終わったはずの時間が動き出すような感覚が心から滲み出て、少し怖くなった。
でも。と、胸を押さえる。知りたい。どうして、別れる事になったのか。
どこにいるのか、知りたい。
もう一度だけ、会いたい。
恐怖の先が、知りたい。
恐怖という炎がちりちりと胸を焦がすが、そんなもので止められる衝動ではなかった。
この衝動は一体何だ? どうして突然?
分からない。あの日諦めた真実を渇望するこの衝動は、知らない。
でも別に、知らなくてもいい。
そんなものを知らずとも、真実を知る事はできる。
どこにいるんだよ、ひばり────!
ぐっと、目を閉じて、祈った。いるかいないかも分からない神様に向けて。
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