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~une~

拙作『その婚約破棄、利用させて頂きます』の続編となります。

このお話だけでも解るようにしてありますが、宜しければ前作もお読み頂ければ幸いです。

また、前作をご存じの方にとっては蛇足となるかもしれませんが……

作者の考える主人公の『幸せ』を見守って頂ければ幸いです。

全4話を予定しております。

 


 カスティニエ王国の宰相を務める公爵・ジーベルージュ家。

 その息女が婚約者たる元・第三王子のギルヴェールから突然謂われのない罪で断罪され、婚約を破棄された、あまり宜しくない伝説の卒業パーティーから約半年。

 実際はジーベルージュ家息女──今では悲劇の女神、と称されるララティーナ・ド・ジーベルージュには全く罪がなく、その婚約破棄劇は奔放な第三王子を王家から排除すべく練られた政治的且つ、ララティーナを想う人々による筋書きによるものであったが、

 罪なき美貌の令嬢が一方的に婚約を破棄される、という傷を負わされたその事件は、王侯貴族のみならず市井にも大きな衝撃を齎すものであった。

 だが、未来の王族となるべく教育され、完璧なマナーと社交術、類い稀なる知識を身に付けた絶世の美女が婚約者を持たぬ身となったとあっては世間が放っておくはずもなく、ララティーナはこの半年、引きも切らないお見合いの対応と、周囲から向けられる秋波の対応に忙殺されていた。

 更に、ララティーナの伴侶は王家が生まれや身分に関わらず王家の養子とし、その結婚を全面的にバックアップするという箔がついているとあっては、貴族のみならず市井に生きる男たちにとり、美女と名声を同時に得られる、正に一攫千金にも似た出世を得られる絶好の機会なのだ。

 元々、美貌と完璧な肢体を誇るララティーナに恋焦がれる男達は多かっただけに、その申し込みは留まる所を知らぬ勢いで増える一方だった。



「……ハァ……。リオネル、わたくし、いっそのこと出家してしまおうかしら……?

『ララティーナ嬢は神と結婚なさいました』、そう言えば皆さま納得して下さるのではなくて?」



 その日の面会希望者──それでもジーベルージュ家が厳選に厳選を重ねて吟味した貴公子のみであったが、今や国内のみならず他国の王族・貴族やその子息すら名前を連ねるそのリストの、午前の分をこなしたララティーナが幼い頃から自分に仕えてくれている従者──リオネル・コーラルトに向かい、愚痴めいた言葉を発したのはある日の午後のこと。

 学生たる彼女が面会希望者に対応出来る日時は限られており、就業後や休日はその対応に追われ、また学内でも色濃い秋波に気付かないフリをしながら日常生活を送っていたが、彼女の心労たるや、そろそろ限界を迎えているようであった。



「何を仰います、ララ様。出家など、旦那様やララ様の兄上様がお許しになる筈がないではありませんか。

 皆様は一番にララ様の幸せをお考え下さっているのですから。

 貴女に最高のお相手を、と躍起になって下さっている真心を無下になさってはバチが当たりますよ」



 苦笑めいた微笑みを浮かべ、疲れ切った主人の為に最高の紅茶を淹れながらそう言う黒髪の執事。

 リオネル・コーラルト、彼はまた、今やララティーナの一番の理解者であった。

 影のようにララティーナに寄り添い、そのサポートを完璧に行い、時にはこうしてララティーナの愚痴を受け止める役目を持った彼もまた、今回の被害者であると言える。

 文武両道に長けた彼は、通常の従者としての責務に加え、今や売れっ子の芸能人じみたスケジュールをこなさざるを得ないララティーナの予定を組み立て、時には身の程も弁えずに主人に突撃して来ようとする無礼者からの護衛という任務も課せられているのだ、その業務量は一従者のそれを遥かに越えている。

 だが、顔色一つ変えずにその業務をこなす彼はもはや超人と言っても良かった。

 その彼が主人の予定を完璧に把握し調整し、ララティーナに無理の無いようにスケジュールを組み立てサポートをしているからこそ、未だ学生の身であるララティーナは学業にも邁進出来ていると言っても過言ではない。

 彼のサポートがなければ、彼女は学生の本分である学業にも影響が及んでいただろう。

 それ程、彼女の予定は多忙を極めるものであった。


 ララティーナはだがしかし、公務とも言える来客対応では決して見せることのない脹れっ面をリオネルに晒し、愚痴を零す。


「……だって、どなたもわたくし本人というよりは、結婚後に得られる地位や名声に目が眩んでいるのが透けて見えるのですもの……。

 ねぇ、リオネル。貴族という立場に生まれてしまったら、真の愛情なんて夢物語と捨て置かなければならないのかしら?

 それが貴族の努めだと言われてしまえばそれまでだけれど……わたくしだって、市井に溢れる恋物語のように、情熱的な恋愛というものに対する憧れだってあるわ」


 先月、誕生日を迎えて18歳となったララティーナ。

 この国では成人と認められる歳であり、学院の最高学年となった彼女が卒業をすれば、いよいよ本格的に社会人としての務めを果たさなければならない。

 けれども、まだまだ少女らしい夢を語る主人に対し、リオネルが微笑んで提案する。


「少しお疲れのようですね、ララ様。

 ……明日の午後でしたら少し調整が可能ですから、久し振りにシエル先生の教室に伺ってみては如何ですか? ララ様がそのおつもりでしたら、私の方で先生にお話を通しておきますよ」


 シエル、というその名前に微かに喜色をその麗しの(かんばせ)に乗せるララティーナ。

 だが、次の瞬間には眉を顰め、心配そうな表情で立ったまま給仕をしているリオネルを若干上目遣いで見つめている。

 期待に頬を染めながらも不安に瞳を潤ませるこうした少女らしい表情は、リオネルをはじめとしたごく一部の身内しか知らない物だが、

 普段の完璧な貴族然とした彼女しか知らぬ者にとっては、そのギャップたるや煩悩が爆発し、何をしでかしても仕方がないと思える程の破壊力を持つものだった。

 実際、彼女が生まれた時からサポートに徹しているリオネルでさえ、うっ、と声を詰まらせて慌てて顔を背けている。

 だが、ララティーナには一切の自覚がないと見え、そのままの表情で言葉を続けた。


「……それは確かに、シエル先生の教室にお邪魔出来たら素敵だけれど……ご迷惑ではないかしら……?」


 白魚のような優美な手を花の(かんばせ)に軽く当て、ほぅ、と軽く溜息を付くララティーナ。

 だが、リオネルにはその溜息は半分以上が期待に満ちているものであるのが解り、コホン、と自分を戒めるように咳払いをする。


「大丈夫ですよ、ララ様。貴女を迷惑に思う輩などいるものですか。

 最近は特に面会が立て込んでいてご自由に過ごせる時間もなかった事ですし、先生もきっと喜んで下さると思いますよ」


 完璧な従者の態で微笑みながらそう言い切ったリオネルに対し、ララティーナは破顔、という爆発力を伴う笑顔を見せ、


「……そうかしら? それでは、先生にご無理のない予定で話を通してくれると嬉しいわ」


 再び慌てて顔を背ける自らの従者にそう告げると、翌日の楽しみに想いを馳せながら楽しげに紅茶を楽しむのであった。

 ……ララ様の爆弾にはいつまでも慣れそうにないな、とポツリと呟いた従者のその声は、彼女には全く届いていないようだった。



 ***



 翌日、時刻は昼時を少し回った頃。

 ララティーナはリオネルを伴い、学院のある一室を訪問していた。



「シエル先生! 本日はお時間を頂き恐縮です」



 心底から嬉しそうな表情のララティーナを迎えるのは、亜麻色の髪を黒いリボンで一つに纏めた、優しげな男だ。

 シエル・クーヴレール、彼はこのヴェールズ学院の音楽教師を務めている。

 今年で二十二歳になる彼は、王都からは離れた所にあるクーヴレール領──小さいながらも豊かで平和という評判の土地を治める男爵家の次男である。



「ようこそ、ジーベルージュ公爵令嬢。昨日、リオネルさんからお話を頂き、心待ちにしておりました」



 他人(ひと)の心を蕩けさせるような優しい微笑みで彼女を迎えるシエル。

 そんな彼の様子に、ララティーナは少し頬を染め、戸惑ったように差し出された手を握る。


「嫌ですわ、シエル先生。いつものようにララティーナ、とお呼び下さいませ。

 わたくしはここにいる間は、ただの一生徒として存在したいのですから……」


 そんな彼女の様子に、困ったように眉を下げ、けれども微笑みは忘れないシエル。


「……ごめんなさい、ララティーナ。久し振りですからね、少し緊張してしまって……。

 けど、そうですね。君の忙しさやストレスは理解していますし、少しでもそれを軽減させてあげるのも教師としての仕事ですね。

 ……さぁ、こちらへどうぞ?」


 少しだけ口調を崩し、それでも優しい微笑みは崩さないまま、エスコートをするようにララティーナの腰を抱くシエル。

 彼らの前には二台の立派なグランド・ピアノが歓迎するかのように向かい合って置かれていた。


「……リオネルさんからお話を頂いてから、ずっと楽しみにしていたんです。君との共演は、私のインスピレーションを最高に刺激してくれるものですからね。

 ……実はちょっとスランプだったので、ちょっと補給をさせて貰えますか?」


 そう言いながら、優しく彼女を片方のピアノの前にエスコートをし。



「……弾いて、ララティーナ。君の音色で僕を解放して下さい」



 そう言いながら自分も片方のピアノに座り、ポロン、と一小節を彼が奏で出す。

 そんな彼に美しい微笑みを称えた頷きで応えたララティーナが鳴らした一音は、シエルが紡いだそれと完璧に調和していた。

 対面に設置されたピアノに座り向かい合い、二人は微笑み合って、やがてその音が作り出す甘美な世界へと没頭していく。



 シエル・クーヴレール。彼は幼少の頃から神童と称えられた天才であった。

 既存の楽譜を弾きこなす才能はもとより、零から音楽を紡ぎ出す才能にも優れている。

 宮廷楽師として王宮から声がかかる程の腕を持ちながら、分不相応である、と断ってしまう程の変人ではあったけれど。

 彼の創る音楽は、国内でも王族貴族市民問わず、最高級の評価と絶大な人気を誇っている。

 舞踏会等での演奏を頼まれる事も多いのだが、彼自身はそう言った表舞台よりは自宅や、こうした学院内で、一人で作曲をしたり演奏をしたりするのを好む性分であり、その交友関係は非常に限られており、『シエル・クーヴレールは変わり者である』という評判が立ってしまっているのだが、本人に意に介した様子は全くない。

 それどころか、好都合とばかり引き篭もる傾向すらあるのだ。

 優しい微笑みを絶やさず、立ち居振る舞いも穏やかで、由緒ある男爵家の生まれという出自も申し分がない。

 音楽教師としても非常に優秀であり、生徒からも同僚からも評価は高かったが、それを気にすることなく己の道を邁進するという、まさしく変わり者である。



 ララティーナ・ド・ジーベルージュ。彼女もまた、音楽の女神に愛される存在である。

 幼少の頃よりピアノやヴァイオリンといった高尚な楽器に対する教育を施された彼女がこよなく愛したのはピアノだった。

 そしてその腕前も大変に評価が高く、茶会や晩餐会の折に演奏を頼まれる事も多く、その度に賞賛を受け取っている彼女。

 ソロでの演奏会すら声がかかる程の腕前であるが、未熟な自分には滅相もないこと、と断り続けているのである。

 その彼女の優美な指が鍵盤を滑って行く。

 高く、低く。そして強く、優しく。

 彼女が紡ぎ出す音の洪水は、まるで女神の祝福を受けているかのように空気に溶け、周囲を幸福で染めていくようだ。



 二人が奏でているのは、世間でも評判の愛を謳った既存の楽譜だったけれど……

 やがてそこから、楽譜にはない音源が空気に溶けてゆく。


 シエルの音に反応するようにララティーナが応え、それを呼応するようにシエルの音が高鳴り。

 やがてそれは、貴族の高尚な趣味である連弾を越え、楽譜にない、けれども誓い合った恋人達のようなハーモニーを奏でて行く。


 この時代、貴族のピアノといえば楽譜通りに、そこに想いを乗せて優雅に演奏することこそ至上であるとされていた。

 しかし、今の彼らの演奏は酷く情熱的に、時に物悲しさを秘め、楽譜にない音を次々と紡ぎだしているのだ。



『即興』



 それは誰にでも出来るものではない。また、演者二人による即興の連弾など、試そうとした者すらいない。

 だが、今、至上の音を奏でる楽器の前に座る二人は、それが当たり前であるかのように、相手の音を聴きそれに合わせ、鼓舞するかのように相手を煽り、この世界には未だ記録として存在しない音符を奏でている様は、一枚の宗教画のようですらあり、

 傍らでその様子を見つめる唯一の聴衆であるララティーナの従者・リオネル──慣れているであろう彼をしても尚、瞳を閉じ、その美しい調べに酔いしれたいという欲望に抗うことは難しい様子であった。



 ララティーナは、ここでこうしてシエルと即興の連弾を奏でる時間をとても愛していた。

 演じるでもなく、完璧な公爵令嬢という立場を全うしている彼女ではあるが、その内面には激しい情熱を秘めており、時折見せるそんな表情を知る者は少なかったけれど、こうしてピアノ、という白と黒の鍵盤を前にして、その情熱や思いの丈を音に乗せて思い切り開放することは、彼女の唯一とも言えるストレスの解消法なのである。

 リオネルもそれを知っているからこそ、疲れ果てた彼女へ、シエルの元を訪ねてはどうかと提案したのだ。

 シエルとの連弾中に見せるララティーナの表情は明るい音の時には無邪気な子どものように、暗い音源を発する時にはドキリとするような色気を称えた淑女の表情を見せるので、

 彼女を見慣れているだろうリオネルを以ってしても恋慕の情を抱いてしまいそうで、絶対に他人に見せることは出来ないと、ここに来る度に実感をせざるを得ない事態になるのだけれど。


 対するシエルもまた、いつもは温和な貴公子という様相なのだが、彼女との連弾中には目を瞑り、眉を顰め額に汗を浮かべ、時々涙すら見せることもあり、普段の彼を知っている人間から見れば、そのギャップに色気すら感じることだろう。

 細く長い彼の力強い手が鍵盤を滑る度、そこからは様々な色を乗せた音が飛び出して来るのだ。


 元々、演奏に対する評価が高い二人が奏でる未だ聞いたこともない音の嵐など、周囲が知ればこぞって演奏を頼まれることになるだろう。

 だが、二人共、それを決して由とはしなかったし……一度、断りきれずに国王の前で演奏しようとしたことがあったのだが、聴衆を前にすると、不思議なくらいに二人の音はすれ違い、また、この場ではこんなにも自然に、予め用意されているかのように飛び出してくる音の数々がまるで凍り付いてしまったかのようにその表情を失い、味気のないものになってしまったのだ。

 結局、その場は即興という演目を諦め、当時、世間で最も評判の高かった既存の楽譜にアレンジを加える形で演奏を終え、国王から絶賛を浴びせられる事で事なきを得たが、どうやら二人のこの素晴らしい即興演目は、互いのみを感じさせる空間でしか生まれ得ないということが解り、

 彼らもまた、この音楽を記録に止めようとは思ってもおらず、既存の楽譜に拘らぬ演奏という、世間の評価からはやや斜め上を行くこの小さな演奏会を世間に開放しようとは思っていない為、この素晴らしい演奏に対する聴衆はいつも必ずリオネルだけになってしまっているのだが……演者二人はむしろそれを喜んでおり、リオネルもまた、役得、と密かに優越感を抱いているのである。


 そして、リオネルには主人には告げていない、もう一つの思惑があった。

 人の心の機微にはとても敏感で、どんな時でも相手を気遣うことを忘れない彼の主人が、演奏をしている場での事のみとは言え、相手を煽り、鼓舞し、時には着いて来いと言わんばかりに挑発めいた表情を見せるのだ。

 それは、相手を心底から信頼している証であり、その奥に透けて見える感情にも、気付かざるを得なかった。

 本人は全く自覚していないが、長年、彼女に付き従い、その表情を人一倍見て来た彼のこと。

 ララティーナをこんな表情にさせる事が出来るのはシエルだけであると知っているのだ。



(──ララ様のお気持ちは意外と解り易く表に出ているのだけれど……。シエル先生の方が全く読めないんだよなぁ……)



 美しい演奏に耳を傾けながら、フゥ、と溜息を吐きシエルを見やる。

 相変わらず演奏に没頭しているだけで、その奥底に潜む感情はまるで読む事が出来ない。

 演奏のパートナーとしては、ララティーナを至上の相手と認めているのだろうとは想像できるものの、彼にそれ以上の感情があるのか否か、まるで解らないのだ。

 ララティーナに至上のお相手を、出来れば彼女には愛した相手から彼女の想い以上に深く愛される幸せを見つけて欲しいと願うリオネルにとり、主人の心がシエルに向いているのが解る以上、シエルの感情はララティーナのそれの次に重要な意味を持つものだった。

 それとなく探ったこともあるが、いつもヘラッと笑われ、風のようにかわされてしまう。

 シエル・クーヴレール、彼は本当に掴み所のない男であった。



 目を瞑り、美しい演奏に酔いしれながらも思考の渦の只中に身を置くという離れ業を人知れずやってのけていたリオネルの聴覚が、やがて余韻を残した最後の音を拾い出し、その瞳を開ける。

 そこには、同様にやや興奮した表情を見せている二人の演者がおり──とりわけ彼の主人であるララティーナから発せられる蠱惑的とも言えるその表情は、彼からすら理性を奪い取るようだ。

 一瞬、意識を持って行かれそうになる自分を鼓舞するように、敢えて大きな音を立てて拍手を送るリオネル。


「……いつ聴いても本当に素晴らしいですね、お二人の演奏は……! 時間を忘れてしまう程でした」


 心からの賛辞を言葉に乗せ、拍手を送り続けるリオネルの前で、演者二人がピアノ越しに見つめあい──そして互いに破顔した。


「シエル先生、感謝致しますわ! 何処で演奏するのも大好きですが、こんなに自分に正直に音を紡ぎ出せるのは先生とご一緒している時だけですわ」


 と、口説き文句と取られても可笑しくないような言葉を口にするララティーナ。

 満面の笑顔の彼女など、望んで拝めるようなものではないな、と、リオネルは有り難くその表情を堪能することにする。


「いえいえ、私の方こそ、君には感謝しなければ。自分が低迷期(スランプ)だったなんて信じられないくらい、楽しく自然に音を紡ぎ出す事が出来ました。

 ……本当に君は、女神のようですね」


 と、こちらも口説き文句めいた言葉を口にするシエル。

 おや、珍しいな、とリオネルが彼に視線を向けると、少しだけその表情に影を落としたシエルが言った。



「実はね、暫く実家に戻ることになりそうなんです。もしかしたら教師も辞める事になるかもしれなくて……。

 ですから最後に貴女と演奏することが出来て、本当に良かったです」



 ──ありがとう、ララティーナ。



 何故だかそれは、別れの言葉めいた雰囲気を伴っており。



 幸せな演奏を終えた直後の興奮に少しだけ高潮していたララティーナの顔色へ、紅から青へと急転直下の変化を与えるには充分な威力を持っていた。



お読み頂き、有り難うございました!


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