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アップルキラー  作者: 尾黒 時男
6/8

5話 裸体

美里の手を引いて強引に公園に向かって歩き出した。

大見手神社には、他にも沢山の思い出がある。

僕にとって誰かと大見手神社に訪れるっていうことは、自分の心を裏返しにして人前に曝すような行為だ。

大見手神社は、不可侵の、まさに聖域なのだ。

近くの公園にはすぐたどり着いた。寂れた公園で、遊具も所々鉄が錆びている。

二人で並んでブランコに腰かける。

袋からアンパンを取りだし、食べながら訊く。

「美里が話したいことってなんだ?」

単刀直入に、ストレートにゆく。

いつもカーブばっか放り過ぎてストライクゾーンに入らない、フォアボールがメインの僕にしては珍しい真っ直ぐさだ。

「うん。…それじゃ話すね。相談、愚痴?何だろう。まあ、うん。聞いて。」

「あのね。私、どこにも居場所が無いんだ。」

悲しそうな顔をして、薊はそう言った。

しばらく沈黙。続きを待つ。

「家にも、学校にも、私は何処にも居たらいけないの。」

悲痛な顔で、目には涙を浮かべている。

「なにか、あったのか?」

真剣に訊いてみる。

「うん。私、何処に行っても無視されるんだ。何処に行っても、いない扱いを受けるんだよ。私の居場所は何処にもなくて、世界の全てが、私を弾き出す為に動くの。お父さんも、お母さんも、皆そうなの。」

ネグレクト…か?

「学校でだってそう。いや、もっと酷いね。」

「……………、………………………………………………………。」美里は長く沈黙した。

「私の世界には、傍観者か、敵対者の二つしかいない。」

ようやく繋いだ言葉で、端的に、自分を取り巻く状況を説明する。

「ねえ、どうしたらいいのかな?」

最後に美里はそう聞いてきた。

つまり、僕に救いを求めている訳か。

でも、救いを求められたところで、僕にはなにもわからない。手段もなければ、言葉もない。

「………。」

僕がなにも語らず、語れずにいると、薊は自分で言葉を繋いだ。

「でもね。あのときは、私はいない人じゃなくなるんだよ?」

そう言って美里は、微かに笑う。

「例えば、学校帰りの人に刃物を突き刺すとき、例えば、会社帰りの人に刃物を降り下ろすとき、私はそこに確かに存在しているの。そして、いない人は、私の標的に移り渡される。」

自分が何処にも存在できない辛さが、つまり、それが美里の影なのか。

「そうか。だから美里は、あんなことをしていたんだな。」

「そうだね。けど、やっぱり、純粋な気持ちよさもあるけど。いや、最近はそっちの方が強いかな。私にも、生っていう友達ができたからね。」

目を閉じて、美里は体を震わせた。

成る程、初対面のときから、随分と早く気を許すなー。とか思っていたけど、そういうことなのか。

つまり、孤独で独りで、孤立していて独立していて、それが辛かったから、警戒する心の余裕すら失われていたんだな。

僕に救いを求めている訳か。

なら、まるっきり和やかに飄々、そしてぬけぬけでいけしゃあしゃあと言ってやろう。

「そうだね。少しでも寂しさが癒えたなら良かったよ。」

「…うん。ありがとう。」

美里は涙を拭って、笑顔を見せた。

いつのまにか、空が白くなっていた。

「そろそろ帰ろうか。」

そう言って、僕たちは公園を後にした。

家に帰ると、時刻は既に、朝の7時になっていた。

学校は9時から始まりで、8時には家を出ないといけない。

今日も自主的に休校にするしかないかな。

そんなことを考えながら眠りについた。

結局、その日も目を覚ましたのは12時過ぎだった。


数日が過ぎる。

薊が退院する日の夕方、学校の帰りに僕も病院を訪れた。

病室に入ると薊が一人で荷物をまとめているところだった。

「紅葉さんは?」

開口一番に、薊母の所在について訊ねる。

「受付で手続きしてるよ。」

「そうか。」

もう、ほとんど全ての荷物が片付けてある。手伝うつもりで来たのだが、手持ち無沙汰だ。

まあ最初から、大して大荷物でも無かったらな。

登山家が雪山に登山に赴くような、西洋の騎士が甲冑に身を包んで戦場に赴くような、そんな重装備をして病院にきていたならもっと時間もかかったのだろうが。

「でも、本当、早く退院になって良かったな。」

入院生活が長引いて、いいことなんか一つもないだろうし。学校の勉強は遅れ、体力は落ち、体に薬の臭いが染み付いたりする。

「うん。おとなしくしてたからね。たまに、病院の中、探険させてもらったりしたけど。」

彼女は、それはそれはロビンソンな趣味をお持ちのようで。

「真夜中のオープンワールドソロプレイ?」

「そうだね。昼間は抜け出せないよ。」

なるほど、なかなかの猛者だな。真夜中の病院なんておっかないのにな。

しばらくして、手続きを終えたらしい紅葉さんが戻って来た。

「じゃあ、家に帰りましょう。生ちゃんも来るわよね。二人とも車に来て。」

…ナチュラルに招待されてしまった。

病院を後にして、紅葉さんが運転席に、僕と薊が後部座席に座る。

なのでナチュラルに平坦に、トウゼンダー!という顔で、家までついて行く。

ついて行くというか、車に乗ってるのだから、自然、薊の家に向かう形になる。

車を走らせ、社内にようやく冷房が効いてきた頃、薊の家に到着した。

そんなに多くはない病院の荷物を家に運びいれる。

運搬は2往復で終了し、その後、薊の部屋にお邪魔した。

「ただいまー!久しぶりの自分のお部屋だよ。やっぱいいね。我が家は!」

薊は、使っていなかった病院での着替えを部屋のタンスにしまう。

そして、薊は部屋をぐるりと見舞わし、僕に向かって宣言した。

「久しぶりにゲームしよう。生も一緒にやるの。」

僕もゲームすることが、すでに運命付けられていた。

まあ、僕もゲームは好きだし、拒否する理由はパンの耳のかけらほども存在していない。

タンスから、二人プレイの可能なゲームを出す。

「これにしよう。」

ゲーム機にカセットを挿入して、コントローラーを一つ僕に手渡す。

薊が用意したのは、今、流行りの対戦格闘ゲームだ。

このゲームで薊と勝負すると、6.5割で僕が負ける。

「じゃあ、負けた方がアイスおごりとかにする?」

無邪気に、薊がそんなことを言ってきた。

「250円以内で、なおかつ一本だけ。及び、抹茶味のみ。という条件なら受け付けるよ。」

「OK!わかった。じゃあ、やろうか!」

僕も薊も、キャラクターの選択を終えた。

薊はコンボ系のキャラクターが得意で、決まれば一撃でお仕舞いになるようなコンボをかなりの確率で決めてくる。

対して僕は、飛び道具系のキャラクターが得意だ。

正確には、薊を相手にしているうちに、まともに真っ向勝負しても勝てないので、そんなキャラクターばかりを使うようになったのだ。

対戦開始の画面になり、アイスをかけた運命の戦いが幕を開ける。

薊のキャラが、積極的に近付いてくるので、飛び道具で遠巻きに攻撃をする。

掻い潜られて、接近。

ガードを固めて、隙を見て、吹き飛ばす技を撃つ。

そして、また飛び道具飛び道具飛び道具。

しかし、全て上手にかわされる。

タイミングやリズムそして角度を変え、上に斜めに横に、飛び道具を連発する。

また掻い潜られて接近。

薊のキャラが鮮やかな連続コンボを仕掛けてくるが、ガード。

こんな戦いを続け、結局、薊のキャラの体力ゲージを半分削った地点で、コンボを頂戴し、僕は負けた。

「やった!抹茶アイスおごりね!」

薊は無邪気にピースしながら、130点オーバーのいい笑顔を見せてはしゃぐ。

「わかったよ。じゃあ、コンビニでも行こうか。」

薊を連れ立って近くのコンビニまで出かけた。

アイスのコーナーの前に立ち、どれにするか吟味している薊に問いかける。

「どの抹茶にする?」

抹茶の味があるアイスは思うよりたくさんある。

「じゃあ、これ!」

薊は普通にオーソドックスで平凡なカップの抹茶アイスを選んだ。

コンビニの帰り道、薊に事件について詳しく詳細に細かく訊ねた。

「それで、そいつが立ってたのは、あの電柱か。」

その電柱は、薊の家を見ることのできる位置にあった。


「うん…。そうだね…。…怖かった…。」

薊は腕を抱きながら、体を震わせる。その時の恐怖が甦ってきたのだろう。

薊の腕を掴み、抱き寄せる。

だが、薊の恐怖の甲斐あって、事件の時、登場人物が何処にいたか、どう動いたか、などが、より鮮明に見えてきた。

とはいっても、直接、犯人の特定などに至るだけの材料などにはなり得ないだろうけど。

家の前についた。

「ここから、犯人がどっちに逃げたか…、って分かる?」

「ううん。分からない。」

まあ、逃げたのは薊が家に入ったあとだろうしな。

逃げた方向が分かれば、実はかなりヒントになったりするのだが、同業者のカンで、どう動いたのかある程度、推察できる。

「まあ、仕方ないよ。とりあえず、部屋に行こう。」

薊の背中を軽く叩く。

暗い話題は、今日はもうお仕舞いにしよう。

部屋に戻ると、薊は早速、買ったアイスを美味しそうに食べ始めた。

「おいしいよ。これ。最高に良くていい味だね。」

スプーンをなめながら、笑顔で僕を見る。

僕も思わず顔がほころんだ。

ほのぼのだな〜。のんのんだな〜。極楽だな〜。

暢気な気分になった。

半分ぐらいアイスを食べ終えた後で、薊が僕にアイスを手渡した。

「残りの半分、あげる。生も食べたいよね。どうぞ。」

「おう。そうか。あんがとよ。」

遠慮もなくカップとスプーンを受けとり、遠慮もなくアイスをいただいた。

「ああ、本当、うまいなこれ!」

パクパクパクパク。

「うんうん。最高によろしいよね。」

すぐにアイスがなくなった。

「ごちそうさん。」

カップをゴミ箱に捨てる。

「スプーンは後で洗い場持ってくから、とりあえず、テーブルにでも置いといてくれればいいよ。」

指示通り、テーブルに置く。

やることがなくなったので、二人でテレビを見ることにした。

しかし、時間が中途半端な為、ろくな番組がやっていない。

色々チャンネルを回して、結局、有名な刑事ドラマの再放送に落ち着いた。

再放送されていたのは、主人公の刑事の十年来の親友が、巷で起こっていた連続殺人事件の犯人であったことが明らかになった、高視聴率の回である。

ドラマの中で、主人公は何度も何度も、その犯人を泣きながら殴り付ける。

倒れた犯人をまた掴んで立ち上がらせ、殴る。

また、犯人が倒れ、起こし、殴る。

やがて、主人公は、同僚の刑事に止められて、犯人は、別の刑事に連れていかれる。

画面から目を離し、薊に聞いてみた。

「なあ。」

「ん?」

「もし、薊の友だちが人殺しだったとしたら、どう思う?やっぱり、嫌いになったりするかな?それとも、それでも友達だと思うか?」

薊は足を伸ばして、天井を見上ながら悩んだ。

「ん〜。どうだろうねぇ。付き合いの長さによると思うけど。生みたいに、子供の時から一緒の人なら、多分、きっと、その人はその人なんだろうけど、関わりを持って半年、とかなら、やっぱり嫌だと思うのかな。どうだろう。」

そう言って、結局、首を横に何度か振り「わからない。」と言って言葉を結んだ。

多分、きっと、か。確実にはわからないと。でも、多分、きっと、僕が罪を犯してると知っても、受け入れてくれるのか。

今度は薊が僕に質問してきた。

質問というよりは、ジョークか。

「でも、なんで…。あ、なるほど。もしかして、経験者?」

経験者というのは、人殺しのことだろう。

「そうなんだよ。12のときにある国で起きた内乱で、反乱軍側に協力していてね。十といくつ…、殺したか…。」

適当言って、お茶を濁しながら神速で回避行動をする。

薊はにやけ顔で、「怖い。」とか言いながら、枕を盾のようにしている。

「顔がまったく恐怖に歪んでないぞ。」

枕シールドを素早く疾風の迅雷の閃光のぬすむで、強制武装解除させてもらう。

「あ、とられた。」

薊が、にこにこした顔で楽しそうに僕を見て、枕を盗み返そうとする。

「枕、返して!枕!」

修学旅行の新たな遊戯として、枕盗み合戦なんてどうだろう。なんてことを思った。

かれこれ一時間以上、枕盗み合戦を楽しんだら、部屋の中だというのに汗だくになった。

薊がシャツをパタパタさせながら、真っ赤な顔で僕を見る。

「あっついね。焼けそう。」

「そうだね。オーブントースターとレンジとサウナに同時に閉じ込められた気分だよ。」

身体中が燃えているようだ。

二人して、カーペットをはがし、フローリングにねっころがった。

「「つめてぇ〜〜〜〜〜。」」

ハモった。

「床のシベリアンセルシウスブリザード〜〜〜!」

ハモらなかった。

だらだらと寝くさっていると、いつの間にやら時刻は夜、七時になっていた。

「じゃ、そろそろおいとまさせてもらおうかな。」

屈伸の伸ばすときのような姿勢になりながら宣誓する。

しかし、すぐに優秀なディフェンダーの妨害工作に合う。

「夕御飯、食べてったら。」

お誘いである。

しかし、人様のお宅のお食事にお邪魔させていただく行為の、気まずいこと気まずいこと。

心理的負荷のあまりの強さと、精神的負担のあまりの大きさに、目眩と息切れが起こり倒れそうに…、までいったら行き過ぎで大げさになってしまうけど気まずいことに変わりはない。

「お母さんも喜ぶと思うし。」

「いや、しかし、一般的な学説として、主婦というのは基本的に人数分の料理しか作らず、ゆえに突然の参加は迷惑となるため、極力、当日の飛び入り参加は遠慮すべきである。という説が強いのだが…。」

しかし、僕の反論になど薊は耳を貸さず、そして大きな声をあげながら、「おかーさん!生が夕食、食べてく感じだからよろしくー!」などとほざいてしまった。

すぐに紅葉さんの声が返ってくる。

「わかったー。」

どうやら退路は全て封殺されてしまったらしい。

「じゃあ、行こう!」

僕はすぐに、薊に食卓へと連行される運びとなった。

食卓に到着すると、机には3人分の料理が用意されており、食欲を駆り立てるように湯気を立ち上らせていた。

「ははさま。ご命令通り、生をお連れしました!」

「うむ。我が娘よ。ご苦労。」

紅葉さんが、スマイルで娘を労う。

つまり、僕が始めから、夕食を共にする予定で事は運んでいたのか。

「では、お席にお着きになってください生様。」

薊が頭を下げながら椅子を引く。

「お客さま。どうぞそちらへ。今宵はシチューにございます。」

紅葉さんも頭を下げながら、手で椅子を指す。

「お二方とも、悪ふざけは大概にいい加減にすべきだと思うのですが…。」

そんなことを言っても、薊も紅葉さんも、椅子を指差した姿勢から時が止まったかのように微動だにしない。

仕方がないので、「…恐縮です…。」と言って、こちらも頭を深々下げながら椅子についた。

僕が椅子についた途端、薊が頭を上げて、「よし!じゃ、箸とか持ってくるね。」と言って、この場を離れてしまった。

僕の目を、紅葉さんが笑顔でまっすぐにきらきらとした純粋かつ無垢な目で、覗き込んでくる。

僕はそこに、これからイタズラを仕掛ける五秒前の子供の姿を連想した。

「じゃあ、生ちゃん。薊ちゃんとどの辺りまでいったのか、じっくり聞かせてちょうだいね。」

とてもすごくたくさん最高に楽しそうな顔をして、僕と薊のラブラブライフについて、単刀直入に介入を試みてくる。

「どの辺りというと、今まで一緒にお出掛けした場所の中で一番遠いところはどことか、そういった距離にまつわるご質問なのでしょうか。」

いつもの調子でお茶濁しの誤魔化しを執り行う。

「違うに決まってるでしょう。」

手をヒラヒラと振りながら、否定をする。そして、直後、ツァーリボンバな爆弾が投下された。

「英語で聞くわね。AかBかCか、どれまでいったの?」

そんなこと聞かれても困る。

少なくとも、ご両親が楽しそうにしていい質問ではないと、僕の中のコモンセンス的常識が警笛を鳴らしている。

しばらく時間をかけて悩む素振りをする。

うーん。うーん。うーん。

頭を右に左に傾けて、動作を連続で何度も続ける。

「…どれと言われましても、僕は英語の成績が芳しくなくて、基本的なアルファベットすら危ういのですよ。」

回避90で振ります。

出目はクリティカル。薊が戻ってきた。

時間稼ぎが功を奏したようだ。

さすがに娘の前でそんな話はできまい。仮にしたとしてもだ!娘の妨害にあって、断念するのは確実。心の中で、にやりと顔を歪ませる。

「箸とか持ってきたよ。」

ごはん茶碗と箸を、薊が僕の前に置いた。

紅葉さんは、ターゲットを薊に変更したようだ。

「ねえ、薊ちゃん。生ちゃんとは、ABCのどこまでいったの。」

さっきと同じ質問が、僕の恋人に投げ掛けられる。

だが、薊が答えるはずもな「まだAだよ。」…なにぃ…。

…!?薊は僕が答えられなかった正解率0.000000000……な質問にあっさり答えて正解して見せた。どうやら、実は、出目はファンブルだったようだ。

すかさずフォローして、なんとか薊の返答をなかったことにしようと努力する。

「そうそう。A。Aがかん。映画館最高だったよな。どこまでいったって質問でしたよね。Aっていうのは、今までいったデートの中で一番楽しかったのは映画館って意味なんです。」

あまりにも苦しく窒息寸前どころか、すでに死刑執行され首がしまって息の根が止まってるような言い訳だ。

「違う違う。キスまではしたよ。」

僕のすでに引導が渡し終えられているような言い逃れに、止めが刺された瞬間であった。

そして、ああ、生まれ変わったら、どこかの国の国家のトップの大金持ちの権力者の家に生まれてきたいな。など、来世に思いを巡らせた瞬間でもあった。

「そうなの。ねえ。生ちゃん。別にCしても良いのよ。」

紅葉さんがにやけ顔で、とんでもない許可を僕に与える。

「私は公認します。」

公認されてしまった。

いったいこの世に、相手方の親の公認でCができる学生カップルは、果たして何人いるのだろう。

世界人口がもし100人だったら、0人な気がする。

「私も、別に生にされるのだったら嫌じゃないんだよ。と、いうかね、寧ろ、嬉しかったり…。」

薊も、恥ずかしがりながらもGOサインを出す。

僕だって勿論、興味はある。してみたいとも思う。欲求は当然、勿論、あるわけだしな。

…でも、な。

なかなか、厳しいものがあるよな。

今まで、したくてもしなかったにはしなかっただけの理由があったりする。

餅自体は大好きなのに、昔、喉に詰まらせて食べれなくなった。みたいな、ね。

「そうだ。明日休みでしょ。生ちゃん今日は泊まっていきなよ。」

紅葉さんが、今の流れでお泊まりを提案してきた。

「そうだよ。明日、暇だよね。お泊まりしよう。しなよ!お泊まり!」

薊も一緒になって僕を誘う。二重の意味で。あながち冗談でもないだろう。

「そうしてくれると嬉しい。まだ、夜、怖いんだ。」

ナイフの傷跡をなぞりながら、神妙な顔で上目遣いに僕を見る。

そんなことを言われたら、拒否する選択肢など選べるわけがない。

…そろそろ、食べれなくなった餅を、食す努力をしなきゃいけないのかな…。

いや、努力自体はしてきたか。

今、僕が感じている不安は、ナイフとの戦いを想定してゴムナイフで訓練をしていた警官が、始めて本物のナイフを相手取ることになったときの不安に近いのだろう。

「わかりました。そうさせてもらいます。」

結局了承して、急遽お泊まり会の開催が決定された。

夕食のシチューを召し上がり、薊のお部屋でのんびりする。

夕食を食べ終えて、片付けを手伝おうと思ったのだが、それは断られた。

「片付けとかは気にしないでいいから、薊ちゃんのことお願いね。」

紅葉さんはそう言って、僕は娘さんを任されることになってしまい、半強制で部屋に上げられた。

僕が部屋に入ると、薊が、「とりあえず、お風呂入ってくるから。」といいながら部屋から居なくなった。

取り残され、手持ち無沙汰になってしまったので、持ち主の許可も取らず適当なアクションゲームを取り出す。

独断で勝手に薊のゲームをすることにした。

ゲームを始めて十数分、薊がタオルで髪を拭きながら、薄い紫色のパジャマに変身して戻ってきた。

「ただいま。生も入ってきなよ。」

おすすめされたので、言われた通り指示に従い、命令を全うする。

「あ、そうだ。とりあえず、家から着替え取ってくるよ。」

当然だが、パジャマなどというものは、今は持ち合わせがない。

「ん。了解。」

ドライヤーで髪を乾かしながら、薊が返答する。

1階に降りて裸足のまま靴を履き、真向かいにあり、徒歩13歩ぐらいの距離にある我が家に向けて、帰路についた。

外に出ると、もう辺りは真っ暗闇だった。

夏場だというのに、なぜかかなり肌寒い。

長袖でコート着用が必須な気温だ。

自分の家に帰ろうと、足を進めると、薊の家から数えて三つ目の電柱の側に、黒いフードの人物が佇んでいることに気がついた。

光が背になっていて、シルエットしかわからないが…。

薊を襲った相手が私怨なら、また薊の家の近くに現れる可能性はあると思っていたが、もしかして…?

僕は今、ナイフを持っていない。

確認に行くのはそれなりにリスキーだ。

一瞬悩んだが、結局、近くによっていくことにした。

歩きながらだんだんと黒いフードのそいつに接近する。

そいつは一瞬だけこちらを振り返り、僕から離れるように歩き出した。

一瞬だけ見えた顔は、髪で顔が覆い隠されていた。

長髪にフード。こいつか?

そいつのあとに続く。

しばらく追跡をしていると、突然そいつは走り始めた。

こちらも駆け足で追跡する。

相手はかなり足が速く、徐々に距離を離されてゆく。

追跡を続け、薊の家の近くのコンビニの前にある十字路で、僕はそいつを見失った。

そいつが十字路を曲がり、少し間が空いて、続いて僕も十字路を曲がる。

僕は、十字路の角で横から現れた人に衝突し、大地に倒れ伏すことになった。

受け身をとり、すぐに立ち上がる。

「すみません。大丈夫ですか。」

ぶつかってしまったうつ伏せで倒れているノースリーブ姿の長髪の女性に声をかける。

「まったく、気をつけてくれよ。」

文句をいいながら、立ち上がったその人は、僕の知ってる人だった。

「って、お前、生か。最近、この辺でよく合うよな。」

その人は浅井だった。…素で女性と間違えてしまった…。

浅井は両手で膝を払いながら立ち上がる。

視線を浅井から外し、辺りを見回すが、すでにフードの人物は居なくなった後だった。

「浅井はこんなとこでなにしてたんだ?」

視線を浅井の方に戻し聞いてみる。

「これ買いにきてたんだよ。」

そう言って、手にもったしわしわのレジ袋からデザートを出して見せてくる。

「コンビニのお菓子とかデザートとか、そんなのが好きなのか?」

「まあ、そんなとこだな。うまいんだよ。コレ。」

そう言って、浅井はデザートを食べ始めた。

「僕は用事あるからもういくよ。」

僕は話をそれだけで切り上げて、家にまでの道を引き返した。

家で着替えをとり、そしてすぐに向かいの小鳥遊家へとお邪魔する。

扉を開け、まずは薊の部屋に向かった。

「ただいま。」

扉を開いて声をかけた瞬間、薊に抱き付かれた。

「遅いよ。なにしてたの?」

締め上げるように、とても強い力で抱かれる。

「ちょっと、道に迷ってしまったんだ。」

人生という道にね。過去形にするのはまだ早いか。

「心配したよ。通り魔になにかされたんじゃないかって…。」

薊の体が震えた。顔が若干、色彩を失っている。

少しの間、そのまま抱きつかれていた。

「とりあえず、お風呂に入りたいんだけど。」

走り回って汗をかいたし、外出の本来の目的を忘れてはいけない。

薊は「ん。」と返事すると、しぶしぶといった様子で僕から離れた。

「ありがとう。じゃあいってくるけど、通り魔については心配無用だよ。」

家の中だし当たり前か。

それだけ言って、お風呂に入った。

風呂の温度は48度と、高めに設定されていた。

身体中が真っ赤なゆでダコのようになる。

風呂の中で、色々なことに頭を働かせた。

事件のこと、今日のこと、今までのこと、走馬灯のように、脈絡もなく考えを巡らせていく。

色々頭を働かせてから、目下、一番の問題である今日のことに頭を働かせた。

Cにお泊まりって、そういうことだよな。

大丈夫か…、できるのか…。

興奮でなく、まったく別の要因で心拍が早くなる。カタカタと、手がせわしなく震え始めた。

胸の中に強い不快感が現れる。

現れるではなく、蘇っただ。

悩みに悩んで、結局、考えても無駄だ。そう結論付け、風呂を後にした。

「ただいま。戻ったよ。帰ったよ。アイルビーバック。ビーバップ。」

淡々と棒読みでそんなことを口にしながら部屋に戻った。

薊は部屋で、ベッドに寝転んで本を読んでいた。

「ん。お帰り。」

視線を本から僕に写して微笑む。

本を畳んで手招きした。

「じゃあ、一緒に映画、見よう?」

そう言って、タブレットを手にとって、映画の吟味を始める。

近くにより、ベッドの近くに佇んだ。

「布団、入りなよ。」

薊が布団を持ち上げてここに入れと指示を出す。

「かたじけない。では失敬、失礼する。」

言われるがまま、僕は布団の中に入った。

「これにしようか。」

薊が選んだのは、西洋の映画で、脳筋系の俳優が悪党をバッタバッタと凪ぎ払い成敗していく、勧善懲悪のアクション映画だ。

身を寄せ合い、頭が触れ合う状態で、二人して画面に食い入る。

日本の映画は小難しい物が多い気がするが、西洋のこういう映画はなにも考えず盛り上れるからいい。

最後、主人公がマッスルを最大限に活用したマッスルパンチで、悪党を制裁した。

そして、画面が暗くなり、スタッフの名前などが書かれたエンドロールが流れる。

エンドロールが流れながら、同時にまとめの後日談も流される。

最後に、別の映画の告知が入った辺りで、薊は映画を切った。

「おもしろかったね。」

薊が感想を述べる。

「そうだな。最後のマッスルパンチなんか真似したくなったよ。」

「じゃあ、そろそろ寝ようか。」

薊にそう言われ、時計を見ると針は両方とも頂点を指していた。

薊がリモコンを手に取り、電気を落とす。

辺りが静寂に包まれて、真っ暗になった。

僕たちは、どちらも豆電球はつけない派なので、完全な闇だ。

薄暗い部屋に、人や物がシルエットのように映る。

闇の中で、なにも言わず薊が、己の四肢を僕の体に絡み付けてきた。

僕の片足に薊の両足が巻き付き、首と胸元にも、腕が巻き付けられる。

そして、頭を僕の耳元に寄せて囁いた。

「ねえ。お母さんの言ってたこと、しようよ。」

口の中に酸の臭いが広がる。

右腕が痙攣し始めた。

それでも、するべきなのだろう。

自分の一番愛しい人が、自分の腕の中でしたいと言うのだから。

僕は薊のパジャマのボタンに手をかけ、丁寧にひとつひとつ外していく。

やがて、パジャマの前側が完全に開き、日に当たっていない薊の白い肌が露になった。

腰にはまだ包帯が巻かれている。それを指差して薊に問う。

「大丈夫なのか?こんなことして。」

無言で、コクりと頷いた。

「分かった。」

それだけ言って、今度はズボンを下に下ろした。

すぐに薊は上下下着の、プールスタイルになった。

次に、下着の上着を脱がせる。

ホックの外し方が分からず、薊にレクチャーしてもらいなんとか排除成功だ。

次に下着の下着だ。

下着の下着はただ下に下ろすだけで、簡単に着脱が出来た。

生まれたままの姿、ベイビーバージョンの薊を見る。

「どうぞ。お好きなようになさってください。私は、全てを受け入れさせて頂きます。」

そう言う薊を、まじまじとスーパーでいい野菜を選ぶ主婦のような、鬼気迫る眼差しで見る。

或いは、大好きな先輩が他の女と歩いているのを見た嫉妬深い後輩のようなジト目かもしれない。

どちらにせよ、とにかく真剣にじっくり見たということか。

僕が見ていると、にこりと笑って薊が両手を大きく広げた。

「ぎゅーしてよ。」

わざとだろうか。幼女のような言い回しで抱擁を欲する。

僕は薊の欲するがまま、薊に手を…、手を…、手を?

急に身体中が震え始めた。

ガタガタと全身が痙攣して、呼吸が荒くなっていく。

頭の中にまるで熱せられた火掻き棒を刺されたような、熱く鈍くそれでいて鋭い痛みが走る。

じっと、薊を眺めていると、その隣に、真っ黒な人形のシルエットが浮かび上がった。

シルエットは、目玉と歯だけが、真っ白に明るく輝いている。

シルエットは、僕に手を伸ばし、胸元を撫で回す。

全身に鳥肌がたった。

頬を生ぬるい何かが伝う。

手で拭う。

指についたのは、液体。透明な液体だ。涙?涙なのか?泣いている?誰が?僕が?

ハアハアハアハアハアハアハアハアハアハアハア ハア

知らぬ間に、息が荒くなっていた。

体の震えはどんどんと大きくなる。

黒いシルエットは、今度は両手を僕の首に巻き付けて、頭を僕の耳元に刷り寄せた。

シルエットの息が耳にかかる。

僕はシルエットが、シルエットが、耳元で何か言葉を囁いている。

頭が、それを異国の言語のように、言葉の内容を理解しない。

ふと辺りを見回すと、真っ黒なシルエットが、僕を取り囲うように、何人?何匹?いくつ?たくさんのそれがたたずむ。

暗い部屋の中で、そいつらの真っ白な目と歯だけが、怪しく光っている。

シルエットたちはだんだんと僕に近づき体を撫で回す。

毛虫が、ゲジゲジが、ムカデゴキブリダンゴムシ、ゾオリムシが、フナムシが、這う、たくさん。

体の表面、中を、フナムシフナムシフナムシフナムシ。中に。

左の胸が痒い。心臓を掻きたい。フナムシが、頭の中にも上がってきた。

カサカサ音が聞こえる。

脳みそが膿んで行く。

脳みそにカビが生えて行く。

シルエットから僕は必死に逃れた。

頭と、胸を引っ掻きながら、扉を開き、外へ走った。

必死で自分の部屋まで走り、机からナイフを取り出す。

必死で夜の町に飛び出した。


どれぐらい走っただろう。

シルエットはどこまでも、後ろに、付かず離れずで存在している。

頭の痛みも、だんだんと悪化していった。

やがて僕は、町はずれとも言うべき過疎地域に立っていた。

目の前を二人の女性が歩いている。

見た目からして、大学生ぐらいだろうか。

真っ黒で、真っ直ぐな髪をした女の子が二人歩いている。

後ろ姿の類似性から、僕は姉妹なのかと思った。

そんなことはどうでもいい。

あれは無意味なただの彫像だ。

少し造形が写実的なだけだ。

どうということもなく、どうでもいいし、なんでも構わない。

俺は後ろから、そいつらの足を切り裂いた。

血足から吐き出して、女どもが崩れ落ちた。

頭の中を無にして、脳内から常識倫理、論理、原理定理摂理、思考思想思案思索、一切と合切の混ぜ合わせと、その他諸々をデリートする。

見ると、女どもに重なるようにして、黒いシルエットたちが地面に横たわっていた。

なんでもいい。

俺は、ナイフを女どもではなく、黒いシルエットに降り下ろした。

空振りのナイフは、先端を強くアスファルトに強打する。

もしかしたら、曲がったかもしれない。

別にいい。

見てろ、見ろ、目視しておけ。

シルエットども、お前らは不要物であり、廃棄されるべきゴミだ。

失せるといい。失せるといい。失せるといい。失せるといい。失せるといいよ。

消えて、消えてください。

消えてよ。お願いだから。

俺は女たちの両腕の付け根をナイフで抉り出した。

真っ赤な血流の噴水を撒き散らしながら声を高らかに上げる。

俺は女どもの喉をナイフで潰した。

動けなくなった女どもの頭部を、何度も踏みつけてやる。

ときおり、踏みにじる動きも混ぜ混んで、頭部を執拗に潰し続けた。

すぐに女どもは、人間から肉の塊へと、その価値を落とした。

女どもが絶命すると、その隣に映り込んだシルエットも、苦しそうな動きを見せて、静かに消失した。

僕は全身から力が抜けてその場に座り込んだ。

ナイフが手から滑り落ち、からりと金属の音を立てる。

僕は、シルエットが消えた安堵に、瞳から涙を流していた。

留まるところを知らず、無限のように、涙は延々と零れ落ち続ける。

手のひらで涙を拭うと、手のひらは、涙と返り血で、ずぶ濡れになっていた。


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