2話 同系統
病院から帰ったその夜から僕は行動を開始した。
薊を襲った犯人、恐らくもう一人の通り魔に、この街という舞台から退場していただく為に。
使いなれた二本のサバイバルナイフを、左右のポケットに忍ばせて街に出る。
今夜は月が出ていない。
月明かりなど無ければ無いほど、殺しはやり易いのだろう。
だが、どういうわけか、僕が殺しに誘われる日は常に満月だ。
満月でない日に、殺しの用意をするのは始めてだ。勿論、実行も。
家を飛び出して町を徘徊する。
人通りがなく、街灯の少ない方へ、あるいは、大通りを歩き、路地裏へ、獲物を探してさ迷った。
犯人も、僕と同じ通り魔であるなら、僕と同じような思考で同じような場所に行き犯行を行うと考えられる。
ならば、僕が殺しをすれば、そいつに邂逅するかも知れない。
絶好の殺人ポイントで、人を見つけた。
今日、標的に選んだのは、露出の多い服を着て、髪を金髪に染めた世の中全てを軽く見ていそうな女だ。
女を眺めていると、胸元に鈍痛が走り、頭が痺れるように痛くなる。
頭の中が過去の世界にタイムスリップを果たして現在に蘇る。
脳内を無数のなめくじがはい回るように、脳みその全細胞の全域の中身の全てを埋めつくし、中身の全てが塗り変わる。
そうだ。あの日も、あのときのあいつも、こいつだった。
そうだ。そうじゃないか。
違う、今は違う。俺の方が強いずっと傷つけられない傷つけるのは俺の方で強者、弱者はあいつ。だから大丈夫。絶対、大丈夫。
胃液が喉に競り上がってくるのを堪え、女を追跡する。
後ろから敢えて足音を聞こえるように響かせる。
女が振り向いた。
そうだ。その顔だった。
それが悪意だった。害意で、敵意でもあった。
切り裂く、削る、擂り潰し、抹消。
鏡を見ろ。そこに映った自分を見ろ。それは僕だ。だが、俺じゃない。変わっている違っている異なっている相違している。
俺に気づいた女が、足を早くする。
俺の頭の中を冷却し、機械がただ決められた数式を吐き出すように感情を廃棄する。
俺は歩くテンポを変え、ゆっくりと追跡し不安を煽る。
女の行き先を殺しやすいフィールドにコントロールする為だ。
少しずつ、辺りに住宅すらないような場所に追い込む。だんだんと網を狭くする。
だんだんと女を袋小路に追い詰めていく。
女は道を左に曲がった。
残念だ。そっちは行き止まり。
ゲームオーバー、デッドエンド。チェックメイトで、詰み。
つまり、もう終わりだ。
やがて、行き止まりまで追い込まれて、女はそこでようやく悲鳴を上げた。
しかし、なにもなく、誰もいない袋小路ではまったくの無意味だ。
接近し、悲鳴をあげる女の両方の太股にナイフを突き刺す。
悲鳴をあげながら、足を抑えて女はうつ伏せになり倒れ込んだ。
俺は馬乗りになりながら、今度は両方の肩にナイフを突き刺す。
俺のやり方では、ナイフの出番はここで終了。
女の後頭部に右の拳を叩き込む。拳頭で、何度も、何度も殴打。
その度に、鈍い音が小さく鳴り響く。
そして、女は何度も悲鳴をあげる。
アスファルトとサンドイッチにされた女は額から血を流す。
それを何十と繰り返すと、やがて女は悲鳴をあげることをしなくなり動かなくなる。
次に、立ち上がって頭を何度も踏みつける。
すでに女は動かないが、確実に息を止める為、念には念を。
だんだんと、踏みつける感触が、石のような固さから、ゼリーのような柔らかさに変わる。
ここまでやればもう確実、動きを止め、僕は殺しを終えた。
すぐにその場を離れて、予め整えていた手筈通りに、近くの公園の公衆トイレで着替えを済ませる。
後は家に帰るだけ。
帰るときも、なるべく誰にも見つからぬように静かに消えるのが望ましい。
家に帰るまでがヒトゴロシなのだよ。
はい。先生、バナナは凶器に入りますか。と僕の頭の中の美人数学教師、ひとみ先生(28才、独身。)に質問する。
氷らせて、喉にでも押し込んでやれば窒息させるぐらいできるんじゃないでしょうか。とひとみ先生。
わかりました。次のヒトゴロシではそうします。
いや、やらないです。
僕が公園を出て歩いていると、男の悲鳴が聞こえた。
できたてほやほや、三分korosingの死体が発見されたのだろうか?
そう思ったが、悲鳴の方角がまったく違う。
とりあえず、様子を窺いにいこう。
悲鳴の聞こえた場所につくと、そこは真っ赤な世界だった。
コンクリートの壁に、アスファルトの床に、そして、マントを被ったソイツに、大量の血がペイントを施している。
薊は確か、変なマントを被った通り魔って言ってたな。
こいつが?
「ゲルニカだな。」
周囲の光景をなんとなくそう言い表して、ソイツに声をかけた。
「…………。」
まったくの無言でナイフを取り出す。
僕もまけないぞぉー!とポケットから血のついたナイフを取り出し相手に向けた。
「…………。あなたも?」
相手、声から察すると女だろう。
女は主語だけで疑問系をつくるという高等技術を披露する。
英語にすると、You?だ。訳がわからない。
と、僕が本気で中学生英語を理解できないのだと、真に受けないでください。
普通にHow about you?です。知ってます。それぐらい。専門学校生(情報系)を嘗めるなよ!
見せてやろう!専門学校生(情報系)の英語力を!
「oh!yeah!I play ヒト・ゴロシー!」
とりあえず、英語で、僕もあなたと同じ、立派な社会の異常者のはしくれです。とアピールしてやる。
やっぱり、類は友を呼ぶからね。
同じ趣味の仲間といるときが、一番満たされるだろう?
逆に、異なる趣味趣向を持つ人間とは、親密な関係を構築するのはかなり難解を極める。
人間とは、度量の小さい生き物なのです。
「……そう。なら、仲良くできそうかな?」
無理だな。千歩譲歩して条件をつけるとするならば…。
「君が今から三日前、コンビニ帰りの女の子に刃を振るっていなければ。」
「……そう。」
僕に刃を振るってきた。
頭を狙い、横から振るってきたので、下にくぐって刃をかわす。
「……なら仲良くできるね。」
女はナイフを振り回しながら、己の無罪を主張しつつ、友好を求めるという、野球界も驚愕のトリプルプレーを行ってのけた。
…こいつじゃないのか?しかし、薊は犯人が多分、女だと言っていたし、身長の条件も満たしている。
とりあえず、話を聞いて探るべきか。
「仲良くするつもりならナイフを捨てようか。」
僕はそう言って、自分が右手に持っていたナイフを放り捨てる。
そして、代わりに左手をポケットにいれる。
仕込んだもう一本のナイフに手をかけながら、表面的な友好を醸し出してみた。
「…………。わかった。いいよ。」
そう言って、女はナイフを捨てる。
女は丸腰で近寄ってきた。
僕は、相手が僕と同じ発想で、何らかの準備をしている可能性を踏まえ警戒はとかない。
「………。………前から殺しの気持ちよさを知ってる他の人と友達になりたかったの………。」
気持ちよさ…、か。どうも、僕とは相容れない人種のようだ。
僕が着替えをした公衆トイレがある公園に向かって二人で歩く。
とりあえず、名前を聞いた。
「名前は?」
「桜井 美里。」
とりあえず年齢を聞いた。
「おいくつ?」
「18。」
とりあえず、趣味を聞いた。
「ご趣味は?」
「殺人。」
知ってます。
美里は、公園に向かう途中、ずっと無防備にも背中を許していた。
同じ趣味を知って安心したのか?
いや、なおのこと安心なんかできないだろう。
それとも、そんな基準自体が、やはり異常なのか。同じ殺人者と友達になりたかった。などと言うぐらいだし、そうかも知れない。
あるいは、僕が嘗められてる?
お前みたいなヘタレ野郎、後ろ向いて目ー瞑ってても余裕なんですけどー!って。
もし、そうなら腹立つな。
後ろから突き刺してやろうか。
…それをしたら、こいつが薊を襲った犯人なのかどうか、真実はは永遠に闇の中か。
そうこうしてる間に、いつの間にか舞台は公園へと移り変わっていた。
深夜公園のベンチに座り、夜空を眺めながら二人きりで語り明かす。
できる限り、現状をロマンチックな香り漂うラブロマンス風に描写して見ました。
「…あなたは、どんな気持ちで人を殺すの…?」
美里は僕にそんなことを訪ねた。
「…快楽?興奮?愉悦?…私はその全て。」
つまり、君は愉快犯なのか。
「僕は、楽しみの為に人を殺めてる訳じゃないよ。」
「…そう。じゃあなぜ?」
「そうだね。快楽を得る為ではなくて、不快楽を得ない為ってところかな。」
「…そう。あまりわからない。」
一度頷いて語りを始める。
「例えば、サメの話をしようか。サメは泳いでいるときにしか呼吸ができない。あるいは植物なんかも、日光が当たらなければ光合成を行うことはできない。どちらもAをしなければBをできないっていう状態にある。僕にとっての殺しは、Bを行う為に必須の手段なんだ。」
致命的に世界がずれたその日から、人であっても獣道を歩まざるを得なくなった。
「…そう。楽しくはないの?私はおもしろい。追い詰めて、悲鳴を聞いて、息絶えるのを見るのが、楽しい。すごく楽しい。」
「楽しみを感じたことは一度もないかな。」
サディストではないので、人の苦しむ姿で興奮を覚えて鼻息と口息と皮膚呼吸を荒くしたりはすることがない。
「…私とは違うのね。」
そう言って、美里は視線を空に移した。
「十人十色、あくまで、世間一般的な論だけど、この世は沢山の人がいるから楽しいんだよ。」
えっ?僕?
僕は色々な人がところ狭しとひしめき合うこの世界を、楽しいと感じたことはないかな。
むしろ、多ければ多いほど、その悪意も増えていくものだと思っている。
人が1000人いたとしたら、その内の1000人は敵だろう。
仮に僕が今日、ここで死んだとして、涙を流すのは親、兄弟、叔父叔母なんかの親類と、あるいは恋人ぐらいのものだろう。
死ぬという、人がこの世界からいなくなる最後の瞬間すらなにも感じないような奴らを、きっと味方とは呼ばない。
「…まあ、私も、そんな自分と違う殺人者さんとずっと仲良くしたかったんだから、確かにそうだね。」
僕の心の内側とは正反対に属する意見に同意されてしまった。
とりあえず、無言で頷いて、この話は終わりにする。
「あ、そうだ。僕からも聞きたいんだけど。」
美里は僕の目を真っ直ぐ見てきた。
「君が起こした殺人の被害者は、全員男性?」
通り魔事件は、僕の起こしたものと、薊の事件を覗けば、他の被害者は全員、男だった。
なので、違うよ。と答えれば、消去法で美里のクロがほぼ確定する。
「うん。そうだね。」
この質問にも引っ掛からなかった。美里は、薊の事件に関しては白だと考えるべきなのだろうか。
そうなら、薊を襲った犯人は別にいることになる。
通り魔事件に便乗して、通り魔の仕業に見せかけようとした怨恨か?その可能性が一番高いか。
それか、通り魔は今、この街に三人いる!とか。だとしたら、治安悪すぎだろ…。
けど、薊は人から恨みを買うような人柄してないよな。
実際、色眼鏡を外した状態でも、そうだと思う。
「なんで男ばかりを狙っている?」
この質問は正直どうでもいいのだが、なんとなく聞いてみる。
「だって、やっぱり敵が強い方が、倒したときに達成感があるでしょう。」
なんとなく聞いた質問だが、美里の白を裏付ける。
薊は見るからにひ弱そうだからな。強そうな奴を狙うなら、ターゲットからは除外されたはずだ。
「ゲームなんかでも、ボス戦が一番盛り上がるもんな。」
「そういうこと。」
話し込んでいたら、いつの間にか、空が明るくなりはじめていた。
「悪いけど、僕はそろそろ帰るよ。日の光を浴びると灰になるんだ。」
「吸血鬼?」
いいえ、あなたと同じ殺人鬼です。
「血は吸わないよ。不味いから。」
血を飲み込むとき、鉄の味はともかく、生あたたかさが好きになれない。
それだけ言って、僕は公園を後にした。