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天使殺し計画

 花はどうすれば咲くのかしら。


 お母様がそう言ったので、自信満々に答えた。

 咲かせたい花の種を土に植えれば育ちます。

 するとお母様はくすくすと笑った。


 残念、それだけでは育たないのよ。

 花には水が必要でしょう? そしてもう一つ、太陽の光がなければいけないのよ。土、水、光。三つが揃って初めて、花は芽吹いて咲き誇ることができる。

 この国も同じよ。土は民。水は文明。そして光は陽都そのもの。

 どれか一つでも欠けてしまえば成り立たないの。民だけがいても彼らは路頭に迷うだけ。国という容器があっても中身が空っぽだったら意味がない。文明が存在しても、それを支える人々や国家がなければ。

 民、文明、陽都。『陽都』の永遠の存続のために、これを守り抜きなさい。


 貴方の使命は文明の水を絶やさず潤し続けることよ。

 文明の水には二種類あるの。科学の水と、魔法の水。貴方は魔法の水を守護する人間の一人。


 何があっても忘れないで、貴方が何のために生きているのかを。




 ――ああ、久しぶりに嫌な夢を見てしまったよ。ねえ、お母様。




 ***




 僕とスピラエの関係の始まりを知らない者の中には、訝しむ者がいる。二人は全然違う人間なのに、何故友人なのか、と。

 僕らの違いというのは、単に常識人と変態という違いの話ではない。無論、極めて大きな違いだが、それについての言及はまた別の機会にするとしよう。話題の趣旨から逸れてしまう。

 僕とスピラエの違い。それは、科学に従事する者か魔法に従事する者かの違いだ。

 スピラエは魔法使いだ。魔法という文明の発展に貢献することが役目。スピラエの一族は何代も前からそうしてきた。

 スピラエにそのような役目があるのと同じように、僕にも役目がある。


「本気であの森に行くつもりなら、くれぐれも準備は怠らないことだね、アルストロメリア」


 スピラエと別れた後、僕は行きつけの工房に立ち寄った。

 あちこちに工具や使い道の分からない素材が散らばっているが、彼女には何処に何があるのか全て把握できているのだろう。店番をしながらも火花を散らせて何やら作っている彼女の手には、一切の迷いがない。


「弾丸の準備は抜かりない? あんたの銃は特別仕様だからね。そこらの弾丸じゃ代用は利かないよ」

「分かってるよ。いつも通り七発詰めて、替えの七発もちゃんと持った」

「うむ、よろしい」


 彼女は会話しながらも目線は手元の作業から離さない。彼女が意識を傾ける比重の割合は、人間との会話よりも機械弄りの方が大きく占める。

 自分にとって最も大切な最優先事項を決めておくことは、人生において大切なことだとは思う。が、流石に彼女のこれは、度が過ぎてると言いざるをえない。いつか、僕が依頼の仕事で負傷して骨折した足を引き摺っていたときですら、彼女は僕に目もくれず機械修理をしていた。


「なあ、シラン」

「なあに、アルストロメリア」

「一応訊くけど、今は何を作ってるんだ?」


 リーゼ街に工房を構える天才発明家少女、シラン。『陽都』では知らぬ者はいないだろう。

 彼女は『陽都』の科学技術、特に機械系の道の最先端を日夜問わず爆走している“機械の虫”である。街中を闊歩するオートマタを最初に考案したのが、この小さな工房に住み着く少女だという事実は、信じ難いが本当の話だ。

 また、僕が常に片時も離さず背負っている、背丈の半分程もあるこのケースの中に収められている“これ”も、シランが数人の開発グループを先導して作り上げたものだ。過去に何度“これ”これのお陰で死線を乗り越えてきたか分からない。


「知りたい?」


 不意に忙しなく動き回っていたシランの手が止まった。今日初めて彼女と目が合う。悪巧みする子供のような無邪気さで、シランの瞳が煌めいた。


「どうしても知りたいって言うなら教えてあげるよ。いつもご贔屓にしてくれるアルストロメリアには特別にね」


 勿体ぶった口調とは裏腹に、話したくて仕方がないとうずうずしている表情だった。

 スピラエと同じだ。さっきのスピラエが嬉々として研究成果を語っていたのと同じように、彼女も自分の努力の結晶を誰かに見てもらいたいのだろう。

 魔法も科学も関係ない。結局は同じなのだ。進む道は違えど、行き着く先は同じところ。

 文明とは、探求だ。


「ああ、知りたい。教えてくれ」

「ふっふっふ、なら教えてあげよう!」


 シランは科学の天才だが、実は僕より二つも歳下だ。僕の返答に待ってましたと言わんばかりに嬉しげな彼女に、一抹の微笑ましさを感じながら耳を傾けた。


「世紀の天才シランちゃんがこの度制作に取り組んでいるこの作品。対天使感知人工知能搭載アンドロイド、まさに天使の天敵! 名付けてエンジェル・キラー!」

「エンジェル……キラー?」


 対天使人工知能アンドロ……なんだって?

 つらつらと並べられた専門的な言葉に追いつけずぽかんとしていると、シランは更に得意げに笑みを深めた。


「魔法と科学、双方の文明の発展があってこそ実現した世紀の大発明だよ。二つの文明の融合……まさに『陽都』の象徴と称するべき作品だろうね」

「えっと、とりあえず性能について詳しく解説を」

「任された、これを見てご覧よ」


 シランが指し示したのは、手元にあった製作中の作品。エンジェル・キラーだのアンドロイドだのと、大層なことを言ってはいるが、それは僕の目には、ただの小さな鉄の箱のように見えた。箱の中は様々な管や線が張り巡らされているが、世紀の大発明だと言われてもいまいちピンと来ない。


「アンドロイドってことは、人型なんだよな?お前が考案したあのオートマタみたいに」

「勿論。でも、あんなオートマタなんて量産型の玩具だ。エンジェル・キラーは違う、人間と見紛うような完璧な人型ロボットなんだよ」

「でも僕には、手のひらサイズの鉄の箱に見えるぞ」

「ふっふっふ、これだから素人は困るね」


 シランは大袈裟に首を横に振って溜息を吐いた。微笑ましいことは微笑ましいのだが、神経を逆撫でされないとは言い切れない顔である。


「これはその核。人間でいう脳に当たる中枢部分だよ。外の皮はこれから作るんだ。とびっきりの美少年か美少女を作るから楽しみにしなよ?」

「アンドロイドの容姿に何で拘るんだよ」

「当然のことを聞かないでよ。作品は美しいに限る、そうでしょう?」


 尤も、私の作品に美しくないものなんてないけどね、とシランは付け足した。


「優れているのは外見だけじゃないよ。このエンジェル・キラーはさっき言った通り、天使の天敵になりうるアンドロイドなんだ」


 ――今から数年前。突如として『陽都』の上空から、神々しい鐘の音と共に舞い降りた人ならざる者たち。それが天使だ。

 天使たちは慈愛の笑みを浮かべて語った。何処かに潜む魔女を殺せ、さもなくば『陽都』は滅びるぞ、と。これが罪なき女たちが濡れ衣を着せられ魔女狩りの標的となった、最初のきっかけだ。あの日以来、何人死んだかはもうわからないし、魔法使いにとっても随分と生き辛い時代が始まったことだろう。

 ちなみに、天使たちが現れたのはあの日だけで、それ以来たったの一度も姿を見せたことはない。


「私は死に急いだりしないから、こんなこと外では口が裂けても言えないけど。私も魔女狩りに反対してるよ。あんたと同じようにね」


 シランは目を伏せ、指先で小さな鉄の箱をするりと撫でた。箱の中に詰められた何かに縋るような、横顔。


「誰も疑問すら抱かない。どうして魔女を殺したくらいで、『陽都』が存続が左右されるのか? 誰も考えようとしないんだよ。ただ頭ごなしに魔女を殺せ、殺せ、殺せ!ってそればっかり」

「シラン、お前は……」


 常日頃から、誰もが思いもしなかった発想をぽんと挙げる人間だとは思っていた。それこそが天才たる所以なのだと。

 それは分かっていた筈なのに、それでも僕は驚愕してしまった。


「天使たちの言葉を、疑っているってことか?」


『陽都』の滅亡は何としてでも避けなければならない。だから国中の人間が、貴族が、大臣が、国王が、魔女探しに躍起になっている。


「ふっふっふ。……当然」


 だけどシランは言ったのだ。そもそも魔女を殺す必要はないのではないか、自分たちは神々の戯言に付き合わされているだけなのではないか、と。


「どうして私たち人間様が、鳥人間如きの言うことに踊らされなきゃいけない訳? 考えただけで胸糞が悪いよ、全く。私たちは神様の手なんて借りなくても歩いていけるくらいに進歩したんだよ。今更しゃしゃり出てきて神のお言葉だの天使のお告げだのやられても困るっていうの」

「でも、『陽都』の人々はそうは思ってない。皆一様に天使を信じ、怯えている。魔女を殺さなければならないと思っている」

「そう。みんな何かに取り憑かれたみたいにね」

「……不思議な話だな。信仰心の薄かった筈の『陽都』が、いきなり天使の言葉を信じ始めるなんて」


 天使は魔女を殺せと言った。でも、理由は語らなかった。どうして魔女を殺すと『陽都』が滅びないんだ? むしろ、二大文明の魔法と科学のうちの片方が潰える方が余程問題のように思える。そして、疑いを持たない人々も、明らかに不自然だ。

 指摘されてみれば、確かに可笑しな話だった。どうして今まで、“魔女を殺せば救われる”と、天使たちを妄信していたのだろう。


「や〜っと理解したね。それで、この対天使感知人工知能搭載アンドロイドは、天使を見つけ出すのが仕事っていうことだよ。生け捕りにして、何でこんな無責任なお告げを残していったのか問い質してやるんだから」


 しかし、まだ完成までは時間が掛かるのだと、独りごちた。


「私は私で、こうやって出来ることをして真実に近づくからさ。アルストロメリアも、あんたに出来ることをやってきてよ。例えば、魔女に会って話を聞いてくる、とかね」


 その言葉を最後に、シランは僕に背を向け、機械弄りを再開した。これはもうそろそろ出て行けよ、の合図だろう。

 これ以上の対話では、工具片手に生返事が返ってくるだけだ。もうここにいても仕方がない。

 ケースを背負い直し、散乱するあれこれを踏まないように気をつけながら工房を出た。

 最後にシランが「帰ってきてよ」と小さく呟いた。




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