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まちがっているのは、僕か他か?

 風量無風なれど天は曇天。林と畑に囲まれたわが校には住宅街の営みの光は届いてはこない。すぐ隣に立ち、決意に満ち溢れている筈の彼女の顔でさえはっきりとは見えないのだ。五月の終わり、梅雨の到来が近い事を感じさせる天気だった。

 僕の携帯端末のキャリア会社が運営する天気予報では降水確率七十パーセントと言っていたが、運が良いのか悪いのか。おそらく限りなく悪い方に傾いているのだろう。雨は降らなかった。


「本当に実行するの? 止めない? 下手したら死ぬよ?」


 屋上に行きたい。確かに行きたい。けれどもこれはちとシャレにならない。ロープを肩にまいた彼女に出来る事ならば改心してほしいと願いを込めて、幾度目になるかは忘れたけども問いかけてみる。

 万が一こんな所を見つかれば言い訳ができない。そもそも今は深夜だ。一時を回っている。明日が休日だから良いものを、平日だったら完全に寝不足だ。というか彼女はどうやって帰るつもりなのだろう。終電はもう行っている。



「成功すれば死なないよ」


 決意は固いみたいだった。やっぱり止めるのは無理かとため息を吐く。


「心配しないで。クライミング用の落ちる時に止めてくれる金具も用意したから。付けてあげるね」

「……なんでそんなの持ってるのさ?」


 普通の女子高生が持っている様な代物ではない。確かに彼女は普通とは言い難い脳ミソだし、さらに言えばお父さんも頭が大変逝ってしまわれているお方だ。ただ、命がけと言うか、山が有れば登るタイプの人間ではない筈だ。

 幼少期からロッククライミングをやっているクライマー一家であるとは聞いた覚えがないし、そういう家は勝手なイメージだけど、色々と賞とか写真とかが飾られていると思う。彼女の家に行ったとき、そんな物を見た覚えがない。


「UFOがよく出る場所の種類の一つにパワースポットがある。海外では岩山の上が多かったりするのよね。そこに行くための努力はしておくものよ。具体的にはショッピングモールの室内クライミングとかでね!」

「規模も種類も違うじゃないか!?」


 彼女に付き合っていたら命がいくつあっても足りない。猫と同じ個数あっても無理だろう。最低でもダース単位で必要な事だけは確かだ。


「っと、校門は弄らないでね。音が出るのはマズいから」


 彼女は身も軽やかに校門を登り越える。室内クライミングをやっているというのはあながち嘘ではないみたいだった。動きが手慣れてすぎている。不法侵入のプロフェッショナルだ。ここだけ任務遂行不可能の世界だ。違法行為すら辞さないとは脱帽だ。


「なに突っ立てるの? ほら、ちゃんとジャージ着てきたんでしょ? パンツ見える心配ないよ」

「え? 気にするのそこなの?」


 なんでいつもずれてるんだこいつ。文学少女みたいな見た目してやることなす事、言動全てがいイカれポンチだ。そのうち宇宙人に頭に受信機埋め込まれたとか言い出しかねない。いや、むしろ彼女の場合は感激して歓迎するだろう。


「うう……夜の学校怖くないの? ホラー苦手なんだよね……帰らない?」

「幽霊なんている筈ないじゃない。馬鹿らしい」


 彼女は世間じゃ、宇宙人も幽霊も同じオカルトのジャンルでひとまとめにされているのを知らないのだろう。

 内容だけなら鼻で嗤っている様に聞こえる。けれども実際の彼女はと言うと、今更ながら周囲の状況を自覚したのか、シチュエーションにビビっているのか、詳しいことは分からない。けれども、わずかに見える輪郭がぶるぶる震えているのだけは見える。


 なんて恐ろしい光景なんだ。人の輪郭が左右に細かく高速にかつ激しく震えているなんて。何も知らずに遭遇したら絶叫して失禁する事請け合いだ。大半の人はその場から全力で逃げるだろう。

 恐怖、バイブレーション女の怪異だ。出来の悪い都市伝説だ。小学生が噂する怪談の方が恐ろしい。もっとも斬新さではこちらの方が上だ。


「くそお。暗くて見えない。ライト使っちゃダメ?」

「駄目よ。警備員に見付かるかもしれないでしょ。代わりに……ほら」


 門を乗り越え敷地内へと入る。暗くて危なっかしいと言えば、彼女はなにやら馬鹿でかいリュックサックから変な機械を取り出してきた。

 VRゲーム用のゴーグルよりもごつくて無骨な機械。戦争ゲームでよく見る奴だ。


「これ……まさか」

「米軍制式装備の暗視ゴーグル。ちょっと旧式だけど性能良いわよ? ほら、簡易的なデータリンクもできる。衛星もないのに便利ね」


 一足先に装着し起動した彼女ははしゃいでいた。どうやって手に入れたのか本当に不思議だ。個人の持つような装備じゃない。少なくとも日本で一般人が持っている様な機材じゃない。アメリカ人が持っているのなら納得する。向こうはフリーダムな国だ。


 僕は彼女に対して、一体どこからツッコめばいいのだろう。存在からツッコミを入れた方が良いのだろうか。


 ゴーグルを装着する。見た目に反して意外と付け心地が良かった。フィットするけども、窮屈感はない。ゆとりがある様に感じられる絶妙のジャスト感。

 金掛かっているなあと思う。流石世界で一番裕福な軍隊だ。装備開発には余念がない。装備が一部個人の私物頼みな極東の島国の、名前を英語から再翻訳すると自衛軍になる陸上防衛組織とは大違いだ。


「じっとしてて。動かれるとスイッチじゃなくて自爆装置起動しかねないから」


 その一言に僕の動きが止まった。スイッチ探して動いていた指も止まる。自爆と言った。彼女は自爆スイッチと言った。これが自爆したら僕の頭は簡単に吹っ飛んでしまうだろう。僕は頭だけ飛ぶ妖怪の類ではないから当然死ぬ。


「自爆、あるの?」

「ロマンだからあるんじゃない? お、あったあった」

「あったってどっち!?」


 押されて顔が下を向けば視界が明るくなる。ハッキリと地面が見えていた。右上にはゲームのレーダー画面の様な物が。中心に青い光点と、そのすぐ横に青い光点。僕らを示している様だった。


「こういうの緑色が相場だと思ってた」


 前を向き直ればゴーグルを装着した彼女が居る。ハッキリと見える口元が緩んでいてとてもとても楽しそうだ。


「最近のはカラーなのよ」

「最近の凄いなあ」


 フルカラーな視界を得て、僕らは校舎へと進む。警備員に見つからないように、おっかなびっくりと進む。多分腰が引けていたと思う。




「夜だと雰囲気あるね」

「暗いからね」


 声を落として話す。

 馬鹿みたいに高い塀を背後に、真下から眺める深夜の校舎はまるで要塞だった。真っ黒で真っ暗。辛気臭いったらありゃしない。不気味の限りだ。


「これどうやってロープかけるの? 手で投げるの?」

「そんなまさか。野蛮な方法しか思い浮かばないなんて……。やっぱりあのクソラノベファンは低俗ね」

「て、ていぞ、ていぞ……」


 言葉にならない。ここまで無礼千万な事を言われるのは初めてだった。魂の根幹を否定された気分だ。実際そうなのだろう。


 ああ、この馬鹿の延髄を引きずり出して、白日の下に曝け出させてやりたい。今は見えない月光の白い薄光の下に出したらなんと気分が良いのだろうか。想像もつかない。

 少なくとも頬を一発はってやらにゃ気が済まない。


「高島あ……! 歯あ食いしばああああずーかーああああ!?」


 カノンじょではなく彼女が持っているのはバス―カ砲だった。緑色のぶっとい砲身。肩に担いでロープを装填している。何やら先端からは金具がちらほらと。


「うるさいわねえ。気が付かれるでしょ?」

「いや、それ!? それ!?」


 ああ、っと彼女は実にめんどくさそうに肩に担いだブツを見やる。


「空圧式だから問題ないよ。火薬式だったら逮捕だから」

「くうあつ!? 火薬ってそういう問題じゃないよね!?」


 そもそも空圧式ならばかなりの密閉性が必要になる。決してバズーカみたいな開口部が馬鹿でかいブツに使う方式じゃない。それにロープを装填してるから、密閉性の欠片もクソもない。がばがばだ。


「後方の安全確認よし! 安全装置解除良し! 目標照準中央よりやや上方へ修正よし! 凄いや。この暗視ゴーグル照準の修正までやってくれる!」

「ああもう訳わかんないよ。誰かこのいかれポンチを止めて! 僕じゃ無理だあ!?」


 立膝の彼女はにんまりと笑う。そして本来は対戦車火器である筈のバズーカに酷似した何かを、あろうことか屋上へと向ける。


「記念すべき瞬間よ。天地神仏照覧! 今呼ぶからね宇宙人! ファイアー!」

「撃てたあ!?」


 引き金を引いた瞬間、空気を圧縮する為のコンプレッサーなんぞ影も形もないバズーカのパチモンからお腹に響く音が。

 忍者が使いそうなカギ縄が飛び立つ。どうやって圧縮したか定かでもない圧縮空気の圧力に押され、屋上の縁へと向かって一直線に。


 僕はと言うと、校舎の窓の方へ走っていた。鍵の種類によっては振動させることで開錠できる物がある。速やかに彼女に気が付かれる事なく窓を高速振動させ、開け放ち腕を突っ込んで警報装置を作動させなければ命に関わる。僕は長生きがしたいんだ。


 窓の下に辿り着き、手を掛けようとした瞬間だった。校内から電子音が繰り返し響き渡る。イカレポンチの父親である、エレクトリッククレイジーマスターの出す音ではない。警報装置が作動した時の、あの繰り返しの警告音だ。


「馬鹿な!? 気取られたと言うのか!? どんな感度してんのよ、小鳥が止まっただけでも起動するんじゃないの!?」


 小鳥はあんな勢いで飛ばないし、縁にがっしりと引っかかることも無い。


「つべこべ言わずに逃げるよ! 警備会社の事くらい知ってるよね!」


 わが校の警備会社、オフィシャルパブリック警備保障。通称OPsgは敵に回すとやばい。何がやばいかと言うと警備員が自衛隊だけでなく、世界中の特殊部隊上がりの連中で構成されているという事だ。

 オフィシャル(公的)パブリック(公衆)の名は伊達ではない。実態は元米軍高官が指揮する、自衛隊を軍事組織とするならば日本国内第四の軍事組織だ。

 出所不明な資金源と、政府の強力なバックアップで強大な戦力を持っている。政治的事情により自衛隊が介入できない紛争地域に、民間軍事会社と言う形で潜り込んで活動していると言うのは公然の秘密。

 その会社の国内の主な需要は、公私問わずの教育施設公共施設の警備。


 この状況は、軍事組織が女子高生を全力で捕捉確保しに来ているという状況だ。警察以上の脅威だ。なんで出し抜けると思っちゃったのだろう。


「高島さん! 行くよ!」

「回収できた!」


 彼女が証拠の品を回収できたのを確認し、二人一緒に全力で駆けだす。鬼ごっこは嫌いじゃないけど、このシチュエーションは大っ嫌いだ。


 姿勢を低くし茂みと茂みの間を素早く移動する。校舎の照明が一気に点灯し、辺りが光に包まれる。一階警備室と三階警備員用の部屋からサーチライトが、主に僕らがさっきまで居たとは見当違いな場所に照射される。


 職員用玄関から警備員が二人飛び出してきたのを、校門へと向かう通路の茂みから望遠モードで確認する。紺色のオーソドックスな身なりをしていたけども、手には警棒でもサスマタでもなく黒い銃みたいな装置。


「あれは……テーザーガンね。撃てるスタンガンよ」

「詳しいね」


 声を潜め、音を立てないよう、けれども素早く的確に校門へと向かう。

 逃走用の装備はこちらの方が上だし出足もこちらが早い。距離は稼げている。

 けども向こうは見つかる事を恐れないで全速力で移動できる。校門の封鎖が早いか、それとも脱出が早いかのぎりぎりの勝負だった。


「行こう……」


 茂みが途切れる場所に出る。もう少しで校門だけどもここからは身を隠す場所がない。見付かって撃たれるか、門を登っている間に撃たれるかだろう。なんで一般人が撃たれる恐怖に襲われなきゃならないんだ。ここは日本だぞ。


「いっせのっせで行くよ。歩」

「はは……初めて歩って呼んでくれたね」


 緊張のせいだろうか。それとも恐怖のせいだろうか。たったそれだけの事が無性にうれしく感じられる。互いに顔を見合わせてにんまりと微笑む。


「それじゃあ、いっせーの……」


 彼女が合図を出そうとした時だった。警備員が手を耳元に当てたのは。


「何が起きたんだろう……?」


 そして彼は踵を返すとそのままプールの方に駆けていった。なにやら獣の絶叫の様な野太い声が響く。


「今のうちに!」


 警備員が居なくなった隙に校門から外へと脱出する。とんだ逃走劇だった。彼女は駅前のインターネット喫茶で一晩明かすと言い、僕はそれを引き留めた。家に泊まってかないかいと聞いたけども、彼女はそれをやれば言い訳不能だと断った。

 止める事は出来なくて少し心配だったけども、翌日の昼にどうだったと聞いてみれば、一晩中アニメにゲームとエクストリームしてとても楽しかったそうだ。

 むしろ家に帰って両親に見付かった時の方がきつかったらしい。

 どんな罰を受けたかは口を濁していたので聞くことが出来なかった。ただ『エレクトリックはもう嫌』と、なんとなく察せられる事を電話口で呟いていた。




「おい馬鹿姉。私の美しいパンティー知らない?」

「馬鹿姉とはなんだ馬鹿姉とは。失礼にも程があるよ愚まっ、いててててて」


 ベッドで寝ころび、漫画一巻に凝縮された高校入学をのんびりと呼んでいた時の事だ。時刻は十五時四十分。おやつはとうにお腹の中に納まった頃合いだった。脳が消化に集中せよとの指令を出しているらしく、睡魔がゆっくりと着実に襲ってきていた。

 そんな穏やかな空間を叩き潰す愚妹の侵攻。いきなり部屋の扉を開け放ち、事もあろうかど派手なだけの真っ赤なパンツを美しいとのたまった。

 当然僕はそんな物の在り処を知るはずもない。洗濯して干しているだけなのだろう。


「やめっ、いたいいたいいたい」


 姉として当然の抗議をしたら、俊敏な動きでマウントを取られた。そして腕を極められた。腕ひしぎ十字固め。裏十字固めとも呼ぶ。英語ではアームバーだ。

 身内かつ、罪もない一般人にかける技ではない。


「洗濯してさあ、干してたんだよね。そしたら無いの。どこにあるか知らない?」

「知るか! そのまええに腕離せええええ!?」

「その前にって、その前とはなんだその前にって。重大事じゃない」


 姉の腕の関節を極める程の重大事なのだろうか。僕にはそうは思えない。


「あ? なにこの典型的な萌え絵しか描けない人が書いた漫画。それも画力が低くて顔が常に斜めってるやつ。効果音が全部コピペって有名な漫画じゃないの。一巻で打ち切られた伝説の」

「なんて事を言うんだ!?」


 腕を離し、妹は暴言を吐くだけ吐いて部屋から出て行ってしまった。僕は力なく枕に顔をうずめる。シャツとパンツだけしか着ていない為に露出した肌が毛布に触れる感触が、どこか心地良く感じられた。きっと腕を極められて火照った身体が冷やされているからだろう。


 そのまま、意識が落ちるのをぼんやりと待った。

あと2話で完結です

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