丸くおさまれば全てよし
ごめんよ……力尽きたんだ……
人質八人を連れて廊下へ出てみれば死屍累々だった。皆が皆顔に青たんを作って倒れていた。ライトもヘルメットも散乱し、転げたライトで顔が見事にライトアップされている様は、ある種の幽霊の様にも見えた。
これには一同ドン引きだった。
正確に言えば皆倒れている訳ではない。一匹立っている奴がいる。仁王立ちである。後姿であるが、筋骨隆々の小山のごとき体躯。シャツがびりびりに破られ、上半身を露出しているものの間違えるはずがない。見忘れる筈が無い。
「ゴリ……」
その正体、我が校が誇る最終決戦用生物兵器ゴリだった。ゴリが仁王立ちだった。足元に転げたライトで照らされている。その姿は阿吽像を思わせた。ある種の人の到達点。完成系だった。
「剛力先生! 大丈夫ですか!?」
「変態先輩! 静かにお願いします……。変態テロリストがまだいるかもしれないじゃないですか」
「ヘ、ヘンタ……」
僕が注意すると女装野郎は口ごもる。後輩の僕に注意されたのがそれほど嫌と見えた。女装して通学出来る程の図太い神経があっても、後輩の進言一つに耐えられないとは以外だった。
「あ……弁慶だ……」
ゴリの正式名称は剛力であって、決して弁慶ではない。大量の武器で武装もしていないし全身を矢で射られたりぶっ刺されたり斬られた訳でもない。むしろ外傷は痣と多少の擦り傷だけであったし、武器も拳だけだ。徒手空拳だ。ステゴロだ。筋肉こそ最強にして最後の武器であり鎧だ。
しかしゴリの威容は僕に弁慶を連想させた。次点でやはりゴリラを連想させた。
彼は白目を剥いて立っていた。気絶していたのだ。おそらく最後の勝利者なのだろう。並みいる敵を全て薙ぎ払い、叩き潰し、そうして最後に残った森の賢人ならぬ森の武人。
死して永い弁慶も草葉の陰で喜んでいるだろう。喜び過ぎて舞でも披露しているのだろう。舞は武士の嗜みなのだから。
僕も同じく武道を極めようとした者。その生き様死に様に敬意を抱く。その敬意に報いるべく、人質を全て無事に家に帰す事を誓う。そう、僕の薄っぺらい胸に誓う。
「屋上に行きましょう。高島さんが待ってる」
「屋上って……何か勝算があって?」
この問いに対して僕は胸を張った。サムズアップを返す。多分良い笑顔なのだと思う。にんまりと笑って一言。
「知らないっす」
皆の表情が能面のようになる。ちょっとしたホラー現象だと感じる。全ての表情が抜け落ちた虚無そのものだ。これには焦った。補足説明という名の言い訳の必要性を強く感じた。
「でも上を目指しましょうよ。マスタードガスという毒ガスを流しているみたいなんです」
必死に皆を動かし、屋上へと誘導する。廊下の端から端への移動だった。足早に進みつつ説明をする。
「毒ガスって……」
絶句したみたいだった。軽く悲鳴も上がっている。
「下から順に爆発させていっているみたいで……まだ一階部分しか――」
破裂音と共に動きが一瞬だけ止まった。皆も止まった。驚いたみたいだった。ライトで照らして確認してみれば、恐怖に彩られたご尊顔の数々と対面できる。
「昔本で読んだことあるんですけど、比重が重いらしくて下に溜まるみたいなんですよ。だから――」
「屋上なら多分ガスも来ないだろうと?」
「その通りです。女装先輩」
女装野郎は黙りこんだ。理由は定かではない。ただひとつ言えることは、彼はよほどのど変態だってことだ。なぜなら今、彼はノーパン。下着履いていないらしい。
先程からスカートを気にしながら歩いている。幼馴染みと思われる女子の先輩に延々スカートだの、パンツどこ行っただの、スースーするだの愚痴り続けては周囲をげんなりさせている。
「遅かったじゃない」
突然顔を出した彼女に驚く。当然だろう。いきなり暗視ゴーグルをつけた顔が、階段の陰からにゅっと出てきたのだ。驚かない方がおかしいと言うもの。
皆の警戒を解きつつ、彼女に近寄る。なぜか彼女は手でカメラの部分を覆っていた。それではなにも見えなかろう。奇行である。
「光、眩しい。、まぶたを閉じても焼かれるから! 失明させる気!?」
「あー。ごめんごめん。大丈夫だった?」
ライトを顔に当てるのを止め、彼女の足元に向ける。彼女はそんな僕を見つつ苛立たし気にぶつくさ言いながらゴーグルを外す。しかしその腕は途中で止まる。ゴーグルを額のところまで持ち上げた状態。実に中途半端な位置だった。
「どうしたの?」
「髪挟まったから取って」
時間がない現状、彼女の求めに応じることは難しかった。だから僕はとても単純にして簡単な方法でそれを解決することにした。
「ぎゃあ!? 私の濡羽色の麗しき髪が!?」
すれ違いざまにゴーグルをひったくる。ぶちぶちっと音を立てて髪の毛が抜ける。気持ちいいいような、悪いような。変な感触だった。
「なに言ってるのこの子……」
委員長みたいな見た目の先輩が呟く。正直僕もドン引きした。自意識過剰に過ぎる。雰囲気が弛緩するのを感じる。彼女だけ緊張感が無かった。隠れていて、あのごたごたに直接巻き込まれていないのが原因なのかもしれない。
されど僕は人の命を預かる者。この弛緩しきった空気に流されるわけにはいかないのだ。それは死を意味する。
皆に上に向かう様に目配せする。それと同時に拾っておいた女装野郎の純白パンツを、ぎゃーぎゃわめいている彼女に投げつけ黙らせる。どこかで撒き餌に使えると思って拾った汚物だったけども、まさかこんなことに役に立つとは思わなんだ。小バベルに触れてしまい、穢れてしまったパンツも女子の顔面に触れたことで浄化され、さぞ喜んだことだろう。
「私のおパンツが!」
「うっさい! 黙ってろ変態野郎!」
気が強そうな体育会系女子。おそらくソフトボール部所属だろうと思われる女子に怒鳴りつけられ、しゅんとなる女装野郎。悲しそうな顔で静々と、スカートを抑えながら階段を登って行っていた。
この変態男、スカート丈をかなり短くしていたのだ。普通に歩けば階段下から中身を除くことも可能なレベルの長さだ。どこまでも変態を追及していると、ある意味感心する。逆に清々しさも覚える。
混乱する彼女に畳みかける様に状況を説明する。状況を理解すると同時に、自分の顔面に直撃したパンツが誰の物なのかを知り、顔を真っ青にした。汚らしい声でえずいてすらいる。僕も拾い上げた時は吐き気が止まらなかった。同情に値する。
「毒ガス――」
「やっぱりノーパンには耐えられない!」
そう絶叫し、踊り場から踊り出る変態女装野郎。階段を飛び降り転がったパンツの下へと向かう。スカートが翻り、その汚らしい尻が晒される。暗いのが有り難かった。きっと直視したら目が腐っていただろう。危ないところだった。
「Fuck……」
「ぎゃあああああああ!?」
その声にギョッとした。WWbpのボスは小バベルを見てしまったのだろう。ふらふらと会談の下に現れた彼は、飛び降りた女装野郎に裏拳をかまし吹き飛ばす。壁に叩きつけられた女装野郎は動かない。
「皆急いで!」
屋上に立てこもれば救助も来るだろう。ガスからも逃れられるはずだ。我先に皆階段を駆け上がる。後ろからは変態のボスが嘔吐する音が聞こえていた。
「一枚目の扉開錠! 二枚目は!?」
「今停電中だからただの扉と同じ! やっちゃて!」
「ほいさああああああ!」
焦っているには訳があった。また破裂音が聞こえたのだ。それもかつてない程の大きさで。起爆したのだ。三階の爆弾が。
それは致死性の毒ガスがこの階層に充満する事を意味していた。急がなくては皆死んでしまう。
震える手で開錠作業を進める。多分人が見たらゆっくりとやっている様に見えるのだろう。けれどもこれには訳があった。焦っている時ほどゆっくりとやる。急いでやっても手間取るだけで失敗のもとになる。なら丁寧に進めるのが一番早く済む。
汗が目に入る。手がぬるつく。後ろからは女装野郎の幼馴染がしくしく泣く声が聞こえる。幼馴染を助けようと狂乱状態だったのを皆で取り押さえたのだ。
隣では彼女が大きなカバンの中身を弄っていた。例の空圧式バズーカだ。最後の手段と言っていたのを思い出す。
「ああ! 黄色いガスが!」
ガスは踊り場まで来たと体育会系女子が伝える。ソフトボール部特有の大きな声だ。手の震えはより激しくなる。それを必死に抑えこんでヘアピンで鍵穴を弄りまわす。
カチリ。
この音は、夢にまで見た音。開錠を意味する音だ。かつて僕を阻んだガンッという音ではない。屋上への扉が開かれたのだ。
ああ、夢にまで見た屋上。それはエデン。理想郷だ。僕らの夢をかなえてくれる場所にして、命をつなぐ安息地。ロマン満ち溢れる場所だ。この日をどんなに夢見たことだろう。
「やったぞおおおおお! 私達はやったんだ! 待っててね宇宙うううはjgろじゃいjひghろいへいhごげhgへほhh!!」
「高島さんが狂ったあ……!」
急げ急げと皆が屋上へと逃げ出す。ガスはすぐそこまで迫っていた。高島さんと顔を見合わせ、共に一歩を踏み出す。彼女は泣いていた。僕も頬に熱い物を感じていた。風で冷えて冷たくなるのを感じる。
視界の先には着陸するつもりなのかとも思える程に床すれすれに浮くヘリが一機いた。警察のヘリだった。
踏み出した一歩は、随分とぬるりとしていた。強風に煽られて転びそうにもなった。ガスを防ぐべく扉を閉める。彼女は黙って足元を見つめていた。
僕はそんな彼女をヘリの方へ引っ張りながら足元を見る。
「きったね!?」
ライトで周囲を照らせば散乱する鳥の糞。コケが一面に生していた。とても昼寝には耐えられない環境だ。時折虫が這いずり回っている。
彼女も泣いている。僕も泣いている。その涙は先ほどとは意味合いが異なっているのを、僕たちは知っている。
別の角度からの強風を感じる。それと強烈な光も。
空を仰げば見えるは白いヘリ。有名な夕日テレビのマークが入った機体が、超低空飛行でこちらを撮影していた。アナウンサーがなにやらがなり立てているのが見える。警察のヘリがその風に煽られて揺れている。危険な飛行だった。
銃声と悲鳴。振り向けば銃を構えた変態のボスが居た。危険だと思ったのだろう。警察の機体は離陸する。そのすぐ傍を旋回するテレビ局のヘリ。人質仲間の救出に成功した。ただし僕らはとり残された。
「一緒に……苦しい思いしましょうネ……」
銃を投げ捨て仰向けに倒れる変態のボス。眼は真っ赤に充血しており、尚且つ涙が流れている状態だった。
扉の方を見る。黄色い煙がゆっくりと屋上へ流れ込んでいた。風で幾分か散らされてはいるけども、毒ガスは毒ガス。吸って良い事はないだろう。
屋上の縁の方へと走る。そもそも人が来る事を想定していない筈のこの屋上。柵が存在しないのだ。ガスは急速に範囲を広めていた。警察も低空飛行で僕らを救出しようと試みるも、すぐ傍を飛んでいる夕日テレビの風で機体が安定しない。
人質仲間がしきりに僕たちの名前を呼んでいるのが聞こえる。万事休すだった。
いっそ飛び降りてしまおうかと眼下を眺める。肩を叩かれるのに気が付く。見れば彼女がバズーカを構えていた。狙いの先は、夕日テレビの機体。側面に描かれた夕日モチーフのエンブレムど真ん中を射抜くつもりなのだろう。
「これ……役に立ちそうね」
「うん。とってもね」
互いに微笑みあって引き金を引く。真っすぐ飛んでいたアンカーは、避けようとしたヘリのエンブレムマークど真ん中を射抜いていた。見越し射撃。基本中の基本だ。
ぴんっと張ったロープを二人でつかみ、いっせーのっせと縁を蹴る。風を感じる。腕にかかったテンションも感じる。
その日、僕らは空を飛んだ。
「二人ともー、機材持ってきたよー」
「あ女装先輩、ありがとうございます」
「その呼び方……きつい……」
それじゃあ帰るねと言い残した先輩を見送り、真新しい望遠鏡のセッティングを進める。夕日に照らされた屋上の床は、綺麗とは言い難いものの、人が立つにたえる清潔さだった。
「ぱりゃりりりりりり……ぷうううううううう!」
これまた新しい柵の前で大の字で屈伸運動を行う佐那ちゃん。明らかに奇人だった。彼女の望み通りUFOと会いまみえる機会は遠そうだった。
「セッティング終わったよ!」
「それじゃあ、待ち時間ね。今日は星が綺麗に見えるみたいよ……寝て待ったら?」
「まさか。もう少し綺麗にしたらね」
綺麗と言えば、『マスタード』ガスに汚染された校舎からは、いまだにマスタードの匂いが抜けないと、生徒教師一同辟易としていた。大のマスタード好きで知られる生徒なんて、二度とマスタードは食べないと宣言すらしていた。
あのガスは毒ガスではなかったようだった。喉と肌と粘膜に甚大な被害を与えるのは確かだけども、毒性はゼロ。それと言うのも、文字通りマスタードガスだからだ。
マスタードを水に溶かし、それを噴出させる装置。
彼らが爆弾と物の正体だった。
要するにあの場に残ってしまった馬鹿どもは、目と喉をマスタードに焼かれて悶絶するだけですんだのだ。女装先輩はあの時の事を思い出すと挙動不審になる。
WWbpの構成員はお縄についたらしい。ボスと因縁がある隊長は留置所でひと騒動起こしたみたいだと風の噂で聞いた。
そして僕らはあの事件で皆を逃がした事に関して、危ない橋を渡るなとこっぴどく叱られつつも褒められた。なんと警視庁から表彰までされたんだ。その時の賞状と写真は大切に飾ってある。
救助を邪魔しくさった夕日テレビは、報道しない自由を行使して言い逃れをしようとしていたけども、他局からのバッシングが集中すると謝罪会見を行い、そこで見苦しく言い訳をしていた。
きっとスポンサーは次々に居なくなっていくのだろうと確信する場面だった。
そうして僕達は、いま天文部なる部活を設立した。事件の中心人物だった僕等からの、全力のお願いだ。校長も無下には出来なかったのだろう。予算が大変だなどと呟いて、つるつるの頭皮に玉のような汗を浮かべていた。
だけど僕等はそんな事知ったこっちゃない。遠慮なく高い機材をそろえさせることに成功したという訳だ。
「あ! UFO!」
夜のとばりが降りてきた空を、直角に飛ぶ光源。まさか本当に。
「うっそお……」
きゃっきゃとはしゃぐ佐那ちゃんとそれを呆然と見る僕。流れ星がきらりと一筋流れ落ち、それに夢がもう少しで叶う事を、僕は感じていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
それでは最後に各話のタイトル最初一文字を縦読みしてください。




