1/27
プロローグ
2015年――夏
地下への階段を、ぼくはゆっくり降りていった。
「蓮、滑りやすいから気をつけて」
父の言葉に、ぼくはいつも以上に慎重になる。後ろは父のみ、そして前はだれもいない。
最後の一番を降りると、すぐに水道に向かう。たっぷりのバケツに水をくんで、父のそばへ運んだ。
周りを丁寧に掃除していると、父が袋から花を出した。
「ちょっと……長かったかな」
包みを剥がした父が、眉を寄せる。顔を見合わせて、先に口を開いたのは、ぼくのほうだった。
「ちょっと上行って、ハサミ借りてくる」
「ん、頼んだ」
ぼくは急いで階段をのぼる。滑りやすい――その言葉も忘れて。
「―――あっ」
気がついた時には、遅かった。
早くも3段目で踏み外し、ひっくり返る。
「―――蓮っ」
遠くで、父の声がした。
ぼくの世界は、真っ暗になった。