6・この世界を知ってるみたいです
あまりにも多く濃い情報に意識が混濁するが、必死に踏みとどまる。そして、無秩序に散らばった記憶をかき集め、整理する。
前世の記憶であると同時に、この世界に関する記憶でもあった。
目の前の建物は言わずもがな王立学園の学生寮だが、私はこれよりさらに本校舎が豪華であることを前世の記憶によって今知り得た。
この世界は、乙女ゲーム『IF・one・end』、通称『イフエン』の中の世界だ。主人公が王立学園に入ったあと様々な身分のイケメンと恋愛する。ここまでならありがちだが、このゲームはそれでは終わらない。
アート・クルストの存在によって、イフエンは異色の乙女ゲームだと物議を醸すこととなる。
普通、あるキャラを攻略するなら、そのキャラのルートに入る。しかし、アート・クルストを攻略する時は違う。
この国の第二王子で第一王位継承者、柔らかい物腰だが基本一線を引いた関係しか築かない、ある意味王族らしい人だ。少なくとも今世で聞く情報では。
アートは共通ルートから直通で個別ルートに入ることはない。他の全てのキャラのルートから派生するのだ。もう1度言うが、他の全てのキャラだ。
詳しく言うと、たとえばAというキャラの個別ルートに入る。バッド、ノーマル、ハッピー、の三種のエンドがアートを除くキャラにはあるが、Aのバッドとノーマルの可能性が消えた瞬間、つまりほぼハッピーエンド確定を示すイベントが発生した直後、アートのルートに切り替わる。そしてアートルートは好感度MAXから始まり、ゼロにできたらAのハッピーエンド、MAXのままならアートのハッピーエンド、中途半端な好感度ならアートのバッドエンド、というように最終的に分かれていく。ちなみにキャラによってアートルートの内容は全て違い、好感度下げをする時無事本来のキャラのハッピーに行くためには、キャラによっても多少変わるが平均して2回しか間違えられない。選択肢は3つ、一つは明らかに好感度を維持するもの、残り2つのうち一つが好感度を下げるが、これの違いが微妙で難しい。おまけにどのキャラの派生も内容がまるっきり違う。
だから他のキャラのハッピーに行きたいのにアートのバッドに行くプレイヤーが続出し、そのせいでアート以外のキャラの難易度は乙女ゲーム界の歴史に残る最難関を誇った。
そして、今世のではなくイフエン内のアートのキャラというと。
一言で言えば、ヤンデレってやつだ。
確かに表では今世の性格だが、裏はヒロインを本人に悟られないようつけまわし、さも偶然のように話しかけに来るストーカーだ。他キャラ6人全員からヒロインをかっさらいにいく精神に如実に表れている。ちなみにヒロインの年齢プラス5歳だから王立学園では遭遇せず、王城での遭遇が主だ。
ちなみに前世の私はアート推しだった。いまとなってはもう良さが分からない。他人事じゃないからだ。
そう、ヒロインの容姿は、私の容姿と瓜二つなのだ。