5・出発、です
いつも通りフェルトを叩き起し、食堂に行き、いつものくせで部屋の端に立とうとしたら。
「だめ、一緒に食べるって、昨日いった」
「あ、ごめんなさい」
フェルトに腕を引かれて隣に座るよう促された。
パンと冷製カボチャスープを朝食にとり、自分の終わり次第フェルトが食べるのを見守り、のろのろしていたら急かし、着替えと荷物の確認と、と必要なことをやり終わったら一息つく間もないまま出発時間になった。
玄関での見送りには使用人代表としての執事長と、当主と奥様がいらしていた。
「楽しんでこいよ」
「頑張ってきてね〜」
「はい、頑張って参ります」
お二人の励ましに答え、窺うように隣を仰ぎ見る。フェルトは何か言わなくていいのだろうか。
じっと見つめていると、私の意向が伝わってくれたのか、そっぽを向きながら面倒くさそうに一言落とす。
「適当にやってくる。父さん、母さん、もう行くから。メル行こ」
私の腕を掴みさっさと歩いて行ってしまう。引っ張られる私は足が絡んで転ばないよう必死についていく。
「あらあら、冷たいわね〜。反抗期かしら」
背後でフェルトの態度に物ともせずころころと穏やかに奥様笑い声をあげるのを聞いた。気に障っていないようでなによりだ。
使用人に荷物を積んでもらって、私達は馬車に乗り込む。
まもなくして出発し、そして二人分の寝息が馬車の中に響いたのだった。
「メル、起きてー……、メルー……」
「ん、んぅ……」
ふわぁ、と欠伸をして横を向くと、私がフェルトの肩に頭を乗せていたせいか、頭同士がぶつかりそうなほど近距離で。
羞恥で熱が溜まる頬を両手で隠しながら、精一杯頭を下げた。
「ご、ごめんなさい…!」
「ううん、気にしないで。昨日眠れなかったの?」
フェルトはゆるゆると首を横に振って、小首を傾げる。どうでもいいけど、一挙一動が優雅で美しいと思うのは私の贔屓目だろうか。
「えぇ、まぁ……」
寝れなかったわけではないのだ。ただ少し、夢見が悪かっただけで。誰かに追いかけられて、逃げることが不可能なような、ただそれだけの夢。
「無理しないでね」
眉尻を下げて言う彼に、嘘混じりのことを言ってしまった後悔が滲む。
「…うん、ありがとう」
でもホントのことを言う方が不安にさせる気がして、言いかけた言葉を飲み込んだ。
無表情な顔の口元に少しだけ笑みを浮かべて馬車を先に降り、彼はまだ馬車の中にいる私に手を差し伸べた。
これは、掴まっていいんだよね…?
おずおずと手を重ね、私も馬車から降りると、自然な動作で体を引き寄せられる。
何かと思って表情を窺うようと、合点。
他所向きの顔をしていたからだ。
穏やかで優雅な微笑みを口元に浮かべ、それでいてどこか逆らい難い絶対的なカリスマ性を放つ。
この人も貴族なのだと実感すると同時に、少し、ほんの少しだけ、寂しいと、感じてしまった。
この体勢もその他所向きの行動の一環なのだろうと思うと、なんだか。……いや、ううん、なんでもない。なにもない。
思考を振り払って、これからのことを確認。
荷物は使用人が寮の中まで運んでくれて、それから馬車の運転手と同行してくれた使用人は家に戻るみたいだ。入学式は明日からだから、今日は学園内を見て回ったり、部屋でゆっくりしたり、自由に時間を使える。
二人にお礼を言って馬車に背を向け、そして目に、脳に入ってきたのは。
「………いっ、た…」
豪奢で壮大な宮殿調の建物、王立学園学生寮と。
そして、あまりにも不可解で、それなのに鮮明で現実めいた、前世の記憶だった。