42・散歩でもしましょう
パスタを作ってエレナに託したあと、シャワーを浴びて着替えて髪を乾かして歯磨きして、と寝る準備を整えてから二段ベッドの上に登った。最初にエレナと上か下かは決めていて、エレナが「落ちるかもしれないから怖い」と言ったので私が上を買って出たのだった。
届けに行ってくれている彼女を無視して寝るのはよくないことは重々承知はしているが、もしエレナがフェルトの伝言を預かってきたらと考えると、どうしようもなく逃げたくなってしまう。律儀なエレナのことだし今日言えなくても明日言うだろうから先送りされるだけではあるが、今思考がぐちゃぐちゃなまま言われてしまったらエレナの前で動揺してしまうかもしれない。それではいけないのだ。
エレナには本当に申し訳ないが、その謝罪の趣旨を綴ったメモをエレナの机の上に置いておいてある。
目を閉じて、考える。フェルトをこれから傷つけ、裏切るのだから、いっそ嫌われてしまったほうがよいのではないか。最低な理由で傲慢に婚約破棄を要求すれば、シナリオを待たなくても好感度は下がってバッドエンドになるのではないか。……いや、精神的に今すぐ言えたものじゃないな…。とりあえず避けるところから始めよう。三日間。三日間避けるだけでも好感度は下がるだろうし、婚約破棄の話をするかはやってみて決めよう。エレナになんて言えばいいかに困るが、三日間ならはぐらかすこともできなくもないだろう。
なんて。どんなにゲームとして考えようとしても、どうしてもこの世界を、フェルトをシステムだとかシナリオだとかで考えたくないって思ってしまう。フェルトが私に恋愛感情を持ってようが持ってまいがずっと一緒にいた人間に裏切られる事実は変わらないわけで、それで傷付くのなんて分かりきってることで。
嫌だ。嫌だよ。本当はフェルトを傷付けたくない。怖い。大事な人を傷付けて裏切ってなくすのは怖い。
だけど、じゃあ世界が滅亡したり誰かが目の前で殺されたりするのを耐えられるわけでもないし、シナリオに勝つ保証なんてない。
足が竦む現実から目を逸らしたくなって、明日九井さんに相談しよう、と思考を無理やり終わらせて意識を闇に落とした。
基本的に朝は早い方だ。それは使用人をやってた時は朝から仕事があるため5時起きだったからというのもあるし、前世でも朝教室に一番に入るのが好きで早起きだったのだ。
今日も5時に起きて、音を立てない様に下に降りる。エレナはやはりまだ寝ているようだ。
エレナの好きなアイスコーヒーを作って置き手紙と共に前世で言う冷蔵庫の役割の魔道具に入れておく。
次に自分の紅茶を作る。前世から紅茶が好きでよく飲んでいたが、この世界のこの国の人は紅茶が好きな人が前世より多く、出回ってる物も前世より多いので紅茶好きに拍車がかかったのだ。
朝の一息を終えて、さすがに早く起きすぎて暇だし散歩にでも出ようと思い、制服に着替えて外に出た。
さて、どこに行こう。朝食は食堂で7時から配り始め、始業は8時半だ。フェルトは誰かが起こしに行くまで起きてくることはないだろうし、食堂で鉢合わせる心配はほぼない。問題はエレナで、鉢合わせることになったらおそらく「フェルトは?」と聞かれてしまう。エレナが早起きかどうかは分からないから、賭けではあるが7時ぴったりに食事を貰って早食いしてさっさと学校に行くのが無難だろう。あ、荷物置いてきた…。まぁいいか。明日からはちゃんと荷物も持って散歩に出よう。
そうだ、あのアートに出くわした温室に行こうかな。いや、またアートに会いたいわけじゃないし恐ろしすぎて会いたくないけど、温室自体はとても綺麗だったから、時間を潰すには丁度いい場所だし、それにこんな朝早くじゃ誰かに会うこともないだろう。
そうして、温室へとのんびり足を進めた。




