39・合っていたみたいです
東庭園に着くと約束の五時まであと十分程度だった。
東庭園の入り口は小さな灯りが一つだけ上に吊るされているだけで、夕方の東の方角なのもありとても暗く、不気味な雰囲気を纏っている。もしかしたら私の予想から外れていて、罠なのかもしれないと思い、入ることを躊躇ったが、そうはいってもこの時間に外にいるのもまた目立つのだ。
「ふぅ、よし」
深呼吸を一度して目の前の青銅色の扉を開いた。
中にはまだ誰もおらず、暇を潰すためにもあまり広くはない庭園内を見渡す。
確かに外から見たら暗いし不気味だったが、中は返って幻想的であった。
白がかった黄色の灯りがぽつりぽつりと小さく花々を照らし、まだ出上がったばかりの鮮明な月明かりが庭園全体に広がる。
なるほど、ヴィクは、この庭園が外から見る限り人を寄せ付けない雰囲気だが中はこんなきれいなものであると知ってここを選んだのだ。二人きりになるために、そして入ったときにその意図を理解させて自分が敵ではないことを暗に伝えるために。
しばらくその眺望に見惚れていると、待っていた声を聞いた。
「すまん、待たせたな」
声の主と視線を交わし、少し口角を上げて首を振る。
「いえ、大丈夫です。それより」
お互い、まるで示し合わせたように同タイミングで音を発した。
「「イフエンって知ってますか」」
そして、二人でほっとしたように微笑む。
「やっぱり転生者だったか!夏と冬の話ってコミケのことだろ!?」
「そうです!伝わってよかったです!あの紙見て確信しました!ねぎま先生ですよね?」
イフエンは乙女ゲームだ。乙女ゲームの二次創作は圧倒的に攻略対象同士のBLカップリングかヒロインと攻略対象のNLカップリングが多い。ましてイフエンはNLカップリングで忙しくて、ただでさえこのジャンルに少ない百合カップリングはイフエンでは皆無だった。
そんなとき、あるSNSユーザーがヒロイン・メルとエレナによる百合カップリングのマンガを投稿した。そう、今目の前にいるヴィクの中の人、ねぎま先生だ。それは反響を呼びそのあとイベントに出されたエレメル本はかなり刷ってあったのに一時間で完売したという。私?もちろん買いましたよ!
なぜそこまで支持されたのか。それは本編を崩さず、それでいて悪役であるはずのエレナとヒロインのメルという対極的な2人をくっつけたからだろう。さらにイフエンに欠けていた'切なさ'をエレメルというカップリングから引き出したことだ。攻略対象の男子たちは公式から過激だったから…。
ねぎま先生は元々有名だったのだが、その件でさらに人気を伸ばした大手同人作家様なのだ。
食堂で拾ったあの紙にかかれていたのはエレメルのイラストだったのだ。ノートとペンを持ってきた理由?もちろんイラストを頂くためです!あ、いや、情報の整理とかもあるけどね。
「よくわかったな!ねぎまです、それが分かるってことは前世のとき見ててくれてたってことだろ?ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ先生に会えて感激です!あの、私メルのコスしてた時期あるんですけど、ミーサって名前で」
「ミーサ!?え、俺ファンだったんです!サイン貰ってもいいですか?俺の本買ってってくれたことありますよね!ありがとうございます!」
私は前世での名前は三名木美彩という名前だった。そして、本名を文字ってミーサと名乗り、コスプレイヤーをやってた時期がある。大学1年から死ぬ時、大学3年までだ。その間に何回かメルのコスプレをして、それがわりと好評だったのだ。
「はい、何回かコスしてる時にも買いに行きました!覚えててくださってありがとうございます」
「そう言われてみればたしかに声似てるような…。ゲームだとヒロインのボイスなかったから、中の人の声になってるんでしょうね」
「あ、なるほど、気づかなかったです」
ゲームではヒロインのボイスはなかったから、前世の自分のが影響、と。よし、メモ完了。
しばらく前世でのオタ話に花を咲かせ、1通り話してから我に返って軌道修正。オタ話って尽きないよね。
「よし、こう、お互い前世で尊敬する相手だってのは分かったけど、今世でそんな調子だと周りに怪しまれる。俺は今まで通りやってきたヴィクの口調で話すから、あー、どう呼び合おうか?」
どうするべきなんだろう。メル、はさすがに親しすぎる?シーグルトが妥当なのかな。でもシーグルトってなんとなく呼びにくいし、2人じゃないとこで気をつければメルでもいいのかも。
「メルでもシーグルトでも大丈夫ですよ。表ではシーグルトにしていただけると有難いですが。……あ、あとは、2人の時に限りますが、前世の名前とか」
「前世での名前か…。イベントとかで本名聞くのってマナー違反だったりするが、もう時効か?そっちがいいなら、俺はそれのほうが有難い。ヴィクでなくてもいい時ができるような気がして、落ち着けると思うんだ。どうしても名前が同じだとキャラと重ねてしまってな。俺はあのヴィクと完全に同じなわけではないのに、段々と感覚が麻痺してきて。少し、辛かった」
その気持ちは、完全にではないけど理解できなくもなかった。私はあの天真爛漫なメルにはなれない。前世からずっと、笑うことが苦手で、コスプレはそんな私が真逆のキャラになれる非日常が楽しかったからやっていて、今の状況とは違う。今の、自分はどうしようもなくあのメル・シーグルトで、本来の自分である三名木美彩がかき消されていくような気がして。その感覚をお互いで止められるというのなら、これはいい提案だったのだろう。
「私も、前世の本名でお願いします。私、三名木美彩です。ちなみに大学3年の夏、コミケ後に死にました」
「コミケ後…!?それ、戦利品楽しめたか?」
「楽しめてないですよ、帰り道だったんですよ……!!ちなみにねぎま先生のも読めてません!」
「それは……ご愁傷様…。あ、俺は九井智草、社会人2年目の春、新入社員の指導真っ只中の時期のある日の帰宅時、ふらふらになって帰ってたらバイクに轢かれました…」
「疲れてたんですね…。お疲れ様です…。ていうか、名前、ラノベの主人公並に恰好いいですね!?」
「それよく言われた。なんていうか名前負けしてんだよな。それに名前に加えて姫男子の乙女ゲーマーだったわけだから、相当痛い」
「痛かろうがなんですか!九井さんはイフエンの過激さに疲れたユーザーに安らぎを与えてくれたんです!誇れることですよ」
「ありがとう、そういえば名前、ミーサって本名だったんだな。よければ美彩って呼んでいいか?あ、いや、いきなり距離感近いとか思わないでくれ、ミーサを呼ぶ感覚で馴染み深くてな。あと、敬語外して構わないぞ」
「いえいえ、美彩で大丈夫ですよ。そこら辺気にしてません。あと、敬語は今世の前半で身についた癖なので、お気になさらないでください。それに、万が一誰かに見つかったとき先輩に敬語使ってなかったら変でしょう?」
「それもそうだな。前世での年齢前世のネットのプロフィールを見させてもらった限り俺と2歳差だったな。てことは死ぬのは俺の方が遅かった。なのに今世は俺の方が早く生まれている。不思議だな」
「そこは、異世界転生とかでよくある話の、輪廻転生がなんたらってやつじゃないですか?時間軸が同じとは限らないと思いますよ。あっちで死んだあとこっちのいつの時代にくるかによって変わるのではないでしょうか」
「あぁ…、そういう難しいのは苦手だ。イフエンだって攻略手順に戸惑ったくらいだ」
「あれは誰だって戸惑いますよ。あんなの初見で来たら普通対処しきれないですよ。………て、こんな話してる場合じゃないですよ!外!外みてください!真っ暗です!今何時ですか!?」
わたわたと騒がしく自らの懐中時計を取り出し、青ざめた。
「7時半です…!夕食、急がないと貰えなくなっちゃいます!」
「7時半…!?喋りすぎたな俺ら…。急ごう」
夕食を寮内の食堂で作ってもらえるのは8時までとなっている。食べ終わるのは9時までだ。20分で間に合う、か?ギリギリ間に合っても並んでたら貰えるかわからない。
庭園を出て早歩きで寮へ向かう。どんなときも淑女たるもの走るなどはしたない真似はできない。
「そうだ、これから会う時の連絡手段どうする?色々相談しなきゃいけないこともあるだろう」
「そうですね…。普通に教室に呼びに行くと思います。詳しくはまた時間のあるときにお話しますが、'ヴィク'とガードンの好感度をある程度上げる必要があるので」
「え?てっきりフェルトを攻略してるのかと思っていたが…、詳しいことは今度にしよう。では、ここら辺から別々に歩いて寮に入った方がいいだろうし、またな」
「そうして下さると助かります。今の時点で交友があると誰かに思われるのは不都合になるかもしれないですし。配慮ありがとうございます、それでは、また」
ヴィクの中の人は、尊敬するねぎま先生で、とてもいい人で、頭の回転もよく、配慮もすばらしい、やっぱり尊敬する人だった。
私との距離を開けるべく、また貴族令嬢であるが故に走れない私を知って自分が先にと寮へ駆けてゆく人を見て、感謝の言葉を心の中で捧げた。
「さて、私も行こう」
昼よりも清々しい気持ちで星夜の中を歩いた。
会話文が多い…。
でも会話してなんぼのシーンだからしょうがない…。うん。




