閑話・フェルト視点前編
入学式の朝からの話です。
挨拶があるからと、去ってしまった彼女の姿を見えなくなるまで目で追う。さっきまで手の中にあった温もりの残像をもう片方の手の指先でなぞる。手の温度が急速に失われているのを確認して、逃がさぬようにと拳を握った。
さて、寂しいのは事実だが、挨拶ならばしょうがない。彼女は自分の役目を放棄することを許さない人だし、この学園で学年首位を取ることはとても栄誉あることだ。彼女の晴れ舞台を邪魔することなどできない。
ホールで自分の席を見つけて座る。式の開始までの時間はまだあるので寝ることにした。目を瞑るとすぐに意識を手放せるのがいつもだが、今日は寝つきが妙に悪い。……さっき、不穏な心の声を聴いたからだろうか。
寮でメルと待ち合わせをして、メルが来たとき、まだ制御しきれていないテレパシーの魔法がメルの心の言葉を拾った。
”フェルトの側を離れるのだから”
一瞬わけがわからなくなって咄嗟に手を手加減なく掴んで、メルに痛い思いをさせてしまって、すぐに我に返った。メルは不思議そうにしていたから、幸いなことにテレパシーが発動したことはばれていないのだろう。
メルが、俺から離れる……?そんなの、気味の悪い冗談だ。
メルは生まれたときからずっと一緒だった。メルは知らない事実だが、俺とメルは生まれたときから口約束の婚約をしていた。だから、ずっとずっと、俺は好きな人と結ばれることができるのだと、どうせならメルにも俺を好きでいてほしいと、そう思って優しく接してきた。優しく甘やかして、自分の黒く穢れたところを見せないようにと。
だから、嫌われるなんて思ってなかった。離れたくなるほど嫌いになられることなんて、した覚えはない。しいていうなら、彼女に構ってほしくて実際より盛って怠惰でいたことだろうか。それで愛想を尽かすなら、もうとっくに尽かされている気がする。
なら、好きなやつが他にできたとか?今までメルをほとんど外に出さなかったから、その分周りのやつらが新鮮に感じるのかもしれない。なら、外で他の奴と出会った記憶を消して、もう1度屋敷に閉じ込めてしまえばいい。……メルの世界にいる男は、俺だけでいい。
なんにせよ、今までは優しくしていたけど、逃げるというなら話は別だ。たとえメルが嫌がっても、泣かれても、嫌われることになっても、絶対に離さない。
壇上で凛とした立ち姿を晒す彼女を、脳裏に焼き付けた。
入学式が終わり、掲示を見て各クラスに分かれる。
俺はメルを舞台袖まで迎えにいって、一緒にクラス発表を見に行った。
メルの表情は見えない。見えるのはつむじと艶やかな髪、それと伏せ目がちのせいで見える瞼だけだ。
それに一抹の不安を抱きつつ、思考を別のものにやった。
クラスは同じになれるだろうか。この学園の運営はどの身分だろうと絶対不可侵だ。寮の部屋の位置については、俺の生活能力を学園側も案じて融通してもらっただけで、普通はありえない事例だ。……それだけ怠惰さが知られているのも問題だが。
だからクラスについては一緒になれるよう手回しをすることはできなかった。一緒になれたときの幸福と、なれなかったときの絶望が頭の中を二分する。
人だかりができてるところに目をやると名前が並ぶ表があり、一番にメルを見つける。同じ枠に自分を探して、え、ない…?
何周も何周もメルのいる枠を探して、自分の名はやっぱり見つからなくて、ようやく隣へと目をやると、あっさり見つかった。
と、いうことは。メルと違うクラス。そういうことだ。
たかがクラス。されどクラス。
クラスが違うと大きい休み時間ならともかく、授業と授業の間の短い休み時間に傍に行くことは難しい。それに、授業中も姿が見れず、学校行事も一緒に行動できない。だれと仲良くして、話をして、笑いあってるのかをすべて確認することもできない。メルがメルの好きな人といるのを邪魔することも、やりきれない、かもしれない。メルを手放すことになるかも、しれない。
今までならそんな狭いこと考えなかった。メルがただ笑って、幸せでいてくれたらいいと、そう思っていた。でもそれはメルが俺だけのものでいると疑ってなかったからで、離れていこうとしてると知った今、優しいことを想う余裕などない。
くっ、と眉根を寄せ、深く縦じわがほられる。メルに話しかけようと肩を叩こうとしたとき、表を見つめるメルの表情が目に飛び込んできた。
……笑ってる?僅かだが口角を上げて、悪戯が成功した子供みたいに、予想通りとも言いたげに、なんで。
気づけば衝動で聞いていた。
「メルは……、…メルは、俺とクラス離れて嬉しいの?」
懇願するように、ただ一つの返事しか望まず、メルの手をとる。
お願い。お願いだから違うと言って。俺はクラス離れてこんなにも苦しい。ねぇ、メルも同じでしょ?そうだと、
「………嬉しい、ですよ」
一瞬、耳がおかしくなったのかと思った。だってメルは悲しいのを堪えるようなぎこちない微笑み方をしてるから。だからメルも離れ離れになったことを悲しく思ってて、でも俺に心配かけたくないから笑おうとしてるんだって。
でも、耳にこびり付いたざらりとした感触を反芻して、現実を知る。あぁ、俺はメルに、拒絶されたのだ。
信じたくない。じゃあメルはなんで泣きそうなの。
「…そんなの、説得力ないよ」
落とした言葉に彼女が反応を示してくれることはなく、俺の手を振り払って平坦な声で、表情で俺を見る。
「……教室に行きます。では、また」
あまりにも鋭利な現実に足が竦み、息を止めて、意識は暗転した。
結論・フェルトはメルが大好き。
フェルトが完璧なる純粋だと思ってた方ごめんなさい、フェルトはこういう子ですm(*_ _)m
ただフェルトは(この作品の中では)純粋な方なんです。と言っておく。




