4・対等な関係ですね
「こん、やく、しゃ……?」
一体何を聞いたんだろう、私は。こんやく、なんて、だって私は使用人で、それで。
「お言葉ですが、私にはその資格などないはずです」
当主とシーグルト様、あ、私もシーグルトになるのだから、アレク様かな、その2人は顔を見合わせて苦笑する。
「君は公爵家になるんだ。申し分ない身分なはずだよ」
「ですが正統な血を引いてるわけではないですし、」
「今までの歴史でも魔力持ちの平民が貴族と結婚したケースはある。勉学に励んできたお前が、忘れてるはずないよな?」
2人に説得され、なんとか状況を呑み込む。そうだけど、そう、なんだけど……。
「メルは、俺と婚約するの、いや?」
「いや、じゃ、ないで、す……」
「ならいいんじゃない?」
そうじゃなくて、と横を向くと、いつも通りの気だるげな顔に少しだけ笑みを浮かべていた。
まぁ、貴方がそれでいいなら、いいのかな。
あの人のことを気にしてしまった私が考えすぎだったのか。…え、あの人って誰?
「ともあれ、その様子だと了承してくれるみたいだね。じゃあ、俺のことは父様、とかお父様とかで呼んでね。あと、無理にとは言わないけど、身内だけのときは敬語は外してほしいな」
「は、はい、お父様」
「まぁ養子になる手続きは済んでるし安心して仲を深めろ」
手続き済んでるって、私に拒否権なかったってことですよね知ってますけど。……別にいいですけど…。
なんとなく釈然としない気持ちを抱えつつ、隣に座る主人、…じゃなくて、婚約者を盗み見ると。
「なんで見つめてくるんですか…!」
「顔芸面白いなぁって」
「っ、表情出てました?」
「いや?全然。もっと出していいと思うよ」
「じゃあなんで顔芸って言うんですか…」
わけがわからない。フェルト様的にはいつものことか。
「フェルト様、とりあえず早く食事を済ませて頂けますか」
「んー。敬語も様付けもやめてよ」
「質問に答えてくださ、くれる?」
敬語を発そうとした瞬間、この人とは思えない鋭い視線が飛んできた。こんな目が出来るなんて知らなかった。
「んー、メルは朝食べたの?」
「は、うん、フェルトさ、フェルトが起きる前に」
「……そっか。じゃあ、明日からは一緒にね。じゃないと食べないから」
「何にも勝る脅しだね」
さすが、私の痛いところを分かってる。本人に知られてるなんて不運も不運だけど。
フェルトが食べ終わるのを確認してから席をたち、当主と…お父様に一礼をして、食堂を去るフェルトについていく。
「明日は寮に入る日だから、お願いだからちゃんと起きてね」
「…………起こしにくるの、メルだよね?」
まぁ、そうじゃないと起きないでしょうしね、貴方。
「起こしにいってあげる」
すこしばかりふんぞり返ってみた。対等な関係になったというのなら、これくらいは許されるだろう。
「ふっ、はは、うん、ありがとう」
「えっ、なんで笑うんですか!?」
「敬語」
「あ、すみませ、ごめん」
「うん、よろしい」
フェルトはひとしきり笑ったあと、微笑を浮かべて私の髪を撫ぜた。
「可愛いな、って」
な、にを言ってるんだこの人は。まだ寝ぼけてるんだろうか。きっとそう。
だってそんな言葉、私に似合うわけない。
「馬鹿なこと言ってないで、明日の準備してね」
ばっ、と撫ぜる手から逃れて、早口でそんなことをいってその場を足早に去った。
部屋に戻ろうとしたら同僚、だった子が「新しい部屋にご案内します」と私を連行していき、着いた部屋は豪華な部屋。、ここはたしか客間だったはずだ。
荷物は全て移動されれて、色々と唖然。
元同僚にお礼を言おうと口を開いたとき、彼女が先に言葉を放った。
「頑張ってね、学園も、婚約者も、公爵令嬢も」
それは心からの励ましの言葉だった。ただ同僚だったんじゃなくて、友人であったと感じられる言葉と笑顔で。
「あ、申し訳ありません、敬語、忘れてました」
「ううん、いい、いいの、ありがとう!」
すこし怖かったのだ。身分が急に上がることで、それもたまたま受けた魔力測定のおかげで、なんて、不公平だと言われても、嫌われても仕方ないと思ってた。
だけど、そんなことじゃ嫌われなかった。それが嬉しくて、笑みが溢れる。
「じゃあ、私はこれで」
去っていく友人に手を振って見送った。
「さて、準備しなきゃ」
明日からのことに想いを馳せながら、自分の荷物に手をかけた。
そして次の日。
「フェルト!!!!起きて!!!!」
関係が変わってもこの朝は変わらないのだと、屋敷中の者が悟った。