日曜カレーリベンジ
今日は店が定休の日曜日。
ですが私は、特に変わりなく、いつも通り起きて、いつものとおり庭の手入れをして。裏階段から2階へ上がると、ちょうど冬里が起きてきたようです。
そして。
RRRRRR…
ちょうどリビングの電話が鳴り出して、ちょうど前を通っていた冬里が受話器を取ったところでした。
「もしもし。…あれ、由利香。ずいぶん早いね」
どうやら電話のお相手は由利香さんのようです。
珍しいこともあるものですね。会社勤めのお二人は、休みともなると惰眠をむさぼる、…いえ、朝はいつももっとゆっくりのはずですが。
「うん、わかったよー。じゃあ夏樹によーく言い含めておくね」
「な、なんなんすか? 」
ニッコリ笑って電話を切ったところで、夏樹が起きてきました。冬里の言い方に、夏樹は少し身構えて顔が引きつり気味ですね。
「あ、夏樹、おはよ。あのね」
「はい」
「今日は由利香が晩ご飯作ってくれるから、夏樹には絶対に作らせないでねー、だって」
「はあ? 」
そのあとよく話しを聞いてみると、どうやら椿くんと由利香さんが今日の夕飯の献立をカレーにしたようで。それで、たくさん作った方が美味しいから、と、なにやら以前聞いたようなセリフを言われて、うちに作りに来られるとの事です。
「へえー、カレーっすか。じゃあ俺も手伝おうっと」
と言って夏樹は張り切っていたのですが。
「だめよ」
「へ? なんでっすかー? 」
いきなり拒否されて、夏樹はブウッとふくれ顔になっています。
「今宵のカレーはね、リベンジカレーなの! 」
「リベンジカレー? 」
そのセリフを聞いて、訳がわかったのはたぶん私だけでしょう。あ、頷いているところをみると、椿くんにはきちんと説明されたようですね。
「そ、椿には話したんだけど、ずーっと前にね、いつものお礼にって鞍馬くんにカレーを作ってあげようとしたんだけど…」
「たぶんその頃の由利香じゃあ、野菜を無駄遣いしただけだったんだろうねー」
冬里が笑いながら言うと、グッと詰まられた由利香さんが、少しして開き直られました。
「そうよ! あ、でも無駄にはしてないわよ。そのときのお野菜は、あとできちんと鞍馬くんが料理してくれたもーん」
「ふふ、やっぱり無駄になるところだったんじゃない」
「うー、まあそれは置いといて。あのときの敵討ちよ! 今日はうーんと美味しいカレーを作ってあげるから」
「敵討ちって…、使い方間違ってますよ」
夏樹が不用意に発した言葉で、ギロッと由利香さんに睨まれ、あわててそっぽをむいたあとに、椿くんに耳うちするのが聞こえてきました。
「なあ椿、いったいどのくらい試食させられたんだ? 」
すると、椿くんは控えめに吹き出しながら、
「お前と同じくらいだよ。あ、でも夏樹を責めてるんじゃないよ」
と言って、夏樹をアワアワさせていました。
そのあとなのですが。
なぜか住人である私たちは追い出されて、椿くんが運転する車でドライブに行くことになりました。
「だって、冬里がいるとややこしいし。夏樹はきっと手伝うってうるさいし。鞍馬くんはハラハラして寿命が縮まるだろうし」
と、もっともな理由を述べられていました。
「ええー、僕なんにも言わないけどなー」
「ふん! 手伝うなんて言いませんよ、…たぶん。…きっと。…でも」
二人は最初反論していましたが、由利香さんに勝てるはずがありませんね。
「はいはい! わかったら野郎はとっとと支度して、出かける、でかける! 」
と、すみやかに家の外へ押しやられ。
「じゃあ仕方ないねー。で、どこへ連れて行ってくれるの? 椿」
「はい。えっと、決めてないんですけど。まあ、とりあえず出発しましょうか」
「ええー? 」
困ったように微笑む椿くんに、助手席で驚く夏樹。ですが、そのあと妙に納得したように言っています。
「野郎四人で行くとこなんて、なかなか思い浮かばないよな。さて、どこ行こうかー」
私を除く三人で、ああでもない、こうでもない、とワイワイ議論していましたが、
「そうだ! 」
と夏樹が指を鳴らしました。
「ここ? 」
着いたところは、★市山手郊外の、スポーツやハイキング、そのほかキャンプやバーベキューも出来るエリアをもつ施設。
「はい。由利香さん、キャンプっていうかアウトドアあんまり好きじゃなかったみたいなんで、だったら鬼の居ぬ間に」
「鬼ってなんだよ」
コツンと軽く肘うちする椿くんに、「あ、悪い」と、頭をかく夏樹。そのあと二人で笑い出しました。
「あ、あそこに受付って書いてありますよ。行ってみましょうよ」
と、夏樹のあとについて、とりあえず受付所で相談した結果が。
「うおお、けっこう高い! 」
「だな、次は丸太1本だぜ」
大人が楽しむフィールドアスレチックというのがあり、挑戦してみたいと二人が言い出して、やって来ました。夏樹と椿くんは大はしゃぎですね。
「完全に子どもにかえってるよ、二人とも」
本当なら命綱なしでスイスイ行けるはずの冬里も、そこはやはり控えめに、二人の後ろからのんびり渡っています。
「そうだね」
私も他の方の様子を見ながら、同じようなペースを保っていきました。
長めのコースを終えたあとは、軽い昼食をとってあたりをハイキングして。実はここの施設は温泉も備えているので、のんびり汗を流して。
「由利香からお許しが出ました」
と、照れたようにメールを確認して言う椿くんの言葉を聞いて、そこをあとにしたのでした。
「お帰りー」
満面の笑みでお出迎えしてくれたリビングには、カレーの良い匂いが漂っています。
「どこ行って来たの? ええ? 温泉入ってきたのー、うわ、ずるい」
「ごめんごめん、皆、はしゃぎすぎて汗臭かったからさ。今度絶対連れてってあげる」
「約束よ。じゃあ、私もシャワー浴びてきちゃうね」
「わかった」
由利香さんが元ご自分の部屋へと行かれたあと、夏樹がそおーっとキッチンへ入っていきました。寸胴鍋の蓋を持ち上げて、中身を確認しています。
「おおー、ちゃんと出来てる」
「失礼だぞ、夏樹」
「ハハ、ごめんごめん。で、あれ? これって前菜? わ、サラダまである。もしかして、スイーツも? ある! 」
次に冷蔵庫を開けた夏樹が驚いていますが、これには私も少し驚きました。
「えっと、リベンジと言うからには、徹底的に、とかなんとか言ってね」
そんなふうに言う椿くんに、由利香さんの意気込みを感じました。
「じゃあ、お姉様には怒られるかもしれないけど、テーブルセッティングまで手が回らなかったようなので、僕たちでって言うのは? 」
冬里がダイニングを見ながら言うと、夏樹が急に張り切り出しました。
「おっし! カレーを最高に美味しく食べられるセッティング、いっちょやったるかー」
「付き合うぜ」
長風呂ならぬ、長シャワーの由利香さんが出てこられた頃には、ダイニングテーブルはさながら『はるぶすと』のディナーセッティング、いえ、それ以上のセッティングがなされていて。
「え? どうしたのこれ。ちょっと、素敵すぎよ。…あなたたちって、ホントに」
いつも私が言うようなセリフで驚かれ、そのあと満面の笑みを浮かべられる由利香さんがいたのでした。
「どうだった? 夏樹」
「え? 俺に振りますか、シュウさん」
今日のカレーディナーの感想を聞くと、夏樹はそんな風に苦笑しています。
「ええっと。やっぱ、カレーも前菜も、スイーツも、教科書通りの味でした。…あ、けど」
「なにかな? 」
「なんて言うのかな、前には感じられなかった、ええーと、あーと」
言いよどむ夏樹の言葉を冬里が引き受けてくれました。
「深い愛情が感じられた、だよね? 」
「あ、はい」
少し恥ずかしそうに言う夏樹。
「椿は幸せ者だね。あの純粋な愛を独り占め、だもんね。本人は自分がそんなだって全然気づいてないけど」
「そうっすねー、けど、椿が幸せになってくれるなら、俺はそれでいいです」
私はふっと微笑んで頷きました。
「由利香さんは、不思議な雰囲気を持つ人ですね」
「あれ、今頃気づいたの? だから僕たちといられるんだよ」
「それは恐れ入りました」
お二人が帰られたあとで、静かに更けていく夜、細い月が今にも雲に隠れようとしていました。
また明日から『はるぶすと』は通常通り、営業いたします。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
カレー話は、一応これで終わりです。
暑い夏でも、寒い冬でも、日本人は本当にカレーが好きですよねー。あ、それって夏樹が言う家庭のカレーライスですけど。
皆さまのお宅ではどんなカレーを食べているんでしょう。
また、これからも続きますので、遊びにいらして下さいませ。
それでは。