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アウトドアでカレー


「由利香さん」

「イヤよ」

「うわ! 俺まだなーんも言ってないっすよ」

「夏樹の頼み事なんてろくなもんじゃないもん」

「えー?!、頼み事かどうかもわかんないのに。でも、残念でした。今日のはお誘いです」


 そんなやり取りから始まった、俺のお誘い。

 それは今年の社員慰安旅行の、あるプランだった。


「イヤよ」

「ええ?! なんでっすかー? キャンプ楽しいじゃないですかー」

 そ、俺は今年の慰安旅行にキャンプを提案したんだよね。けど、由利香さんの返事は、冒頭と同じく、「イヤ」の一言だった。

 訳をたずねると…

「私はね! たとえアマゾンの奥地であっても、寝るときはフカフカのベッド。そして綺麗なお風呂とトイレが必須なの! 何が楽しくて虫に刺され放題のテントに泊まらなくちゃならないのよ! 」

「うえ~、由利香さんわがまますぎっす。そんな便利な道具、ド○えもんの四次元ポケットでもなきゃ、無理っすよ」

「そ、だからキャンプはイヤ」


 頑として首を縦に振らない由利香さんが、そのあと少し不思議そうな顔をして聞いてきた。

「でも、夏樹こそ、なんでそんなにキャンプにこだわるのよ」

「え? えーっとそれはですね」

「うん」

「アウトドアでカレーが作ってみたかったんです! 」

「はあ? 」

「で、キャンプにカレーは定番ってほどでもないけど、よく作るじゃないっすか。だからキャンプすればカレーが作れるかなって」

 俺の説明を聞いた由利香さんは、もっと不思議そうに言う。

「なんでお外でカレー作らなきゃならないの? 」

「あー、それはですねー」

 と、ちらっとシュウさんを見て口ごもる俺を、冬里が見逃すはずがない。

「なーに? シュウに関係あること? 」

「? 」

 それを聞いたシュウさんも俺の方に目をやる。

 理由を言おうとした俺は、ハッと気づいてすかさず無難な答えを探す。

「あー、いや。前にシュウさんが、どっかでキャンプした時に、カレーを作ったって言ってたんで。俺もやりたいなー、なんて思って」

「へえー、さすがは鞍馬くん大好き夏樹。そんなことまで真似したいんだ」

「そうなんすよ! 」

 ふう、危ない危ない。俺ってば、シュウさんがリュシルさんっていう千年人と一緒にいた頃に、キャンプでカレー作ったって言う話を聞いて、すごく興味がわいてて。

 でも、リュシルって名前は由利香さんには言えないんだよな。うっかりその話をしてしまうところだった。

 胸をなで下ろす俺を見ていたシュウさんがふっと微笑んだあと、すごく魅力的な提案をしてくれた。

「それなら日帰りのキャンプ場もあるはずだよ。だから1泊で行かなくても、いいんじゃないのかな」

「あ、そうっすね」

 その手があったか。けど、冬里と由利香さんがなぜか黙っていなかった。

「ええー? せっかくの社員旅行が日帰りー? 」

「僕は社員慰安旅行って初めてなんだよね。それが日帰りってひどくない? 」

 むうっとふくれる女子と、ニッコリ微笑む男子に、「あ」とか、「う」とか、言葉をなくしてタジタジしてると、後光を抱いた男子が助けを出してくれた。

「由利香さんはテントに泊まるのが嫌なんですよね? 」

「そうよ」

「でしたら、キャンプ場でお昼を食べて、あとはホテルなりなんなり、フカフカのベッドと、綺麗なお風呂とトイレのある場所で泊まれば良いのでは」

 なーんて、とっても良いアイデアを提案してくれた。


「さっすがシュウさん! それで行きましょう。やったー、キャンプのカレーだ! 」

 俺は手を突き上げて喜んだんだけど。

「キャンプ場にだって、コテージとかあるわよ。よく調べもせずに提案するからよ」

「そ、夏樹はリサーチ不足なんだよね~」

「そんなあ~」

 いつもは意見の食い違う2人にそんなふうに言われて、ちょっとへこむ俺だった。



 と言うわけで紆余曲折はあったけど、俺たちは今、キャンプ場でランチのカレーを作っている。

 最近のキャンプ場って、なーんも道具を持って行かなくてもいいんだよ。全部レンタルで、申し込めば食材まで用意してくれるんだ。さすがに材料は仕込んできたけど。

「ダッチオーブンってところが今風? かな」

 冬里が面白そうに言うそばで、由利香さんもすごく興味深そうだ。

「へえ、これってすごいの? で、鞍馬くんは何してるの? 」

「ナンの仕込みをしています」

「わあ、本格的ね」

「どこでも作られてますよ」

 そうなんだ。こういう所に来る人の中には、アウトドア上級者も多くて、手の込んだ料理を作っているグループも見受けられる。

 ピザ・パエリヤ・グラタン・燻製なんかも。

 うー、ああいうのを見ると、俺の中の料理魂がムクムクとふくれあがってくるんだよな。

 いやいや! 

 カレーを作りたいって言ったのは俺なんだから、今日はカレーだ。


「あのぉ~すみませえーん」

 肉と野菜を大量にカットして放り込んで、火をつけて蓋をしたら…。あれ? ダッチーオーブンって無水料理ができるから、あとはほとんど放置状態なんだよな。うわー、全然やることないじゃん! なんか消化不良~、と頭を抱えていたときに聞こえたのが、その声だった。

 顔を上げると、由利香さんよりちょっと若めの女子二人が、キラキラした目でこちらを見ていた。

「はい? 」

「ええっとー、実は私たちのグループ、アウトドア超初心者ばっかりで」

「頑張ってパエリヤなんか作ろうって思ったんですけどー。なんかうまくいかなくてー」

「さっきから見てると、すごく手際が良いんでー、お手伝いなんか、していただけないかなー、なんて」

 と指さす先には、あと3人ほどの、しかも女子ばっかのグループが固唾をのんでこちらの様子を見守っている。料理したくて消化不良だった俺は、即! イエスを言いたかったんだけど、そこはそれ、シュウさんたちに了解をもらって、勇んでそのテーブルに飛んでいった。

「わあー、すごーい」

「こうすればよかったんですねぇ」

「ありがとうございますー」

「いえいえ、困ったときはお互い様」

 コロコロと笑う彼女たちに、うーん人助けはいいもんだなーなんてオーブンの蓋をしめて。

「これでしばらく置いといて下さい」

 と、自分のテーブルに帰ろうとしたんだけど…。

「あのお~」

 と、また横から声がした。

「私たちー、超初心者なんですけどー」

 見ると、同じような女子が今度は3名、俺の隣に立っている。

「こちらを見て、すごいなーって」

 その子たちも俺に手伝いを希望しているみたいだ。

 バチバチッ! 

 と、そこで、2つのグループから、火花が散ったような気がしたのは、俺だけ? 


「夏樹、モテモテだねー」

「今日は張り切ってたからねー。でも、カレーだけじゃなくて他の料理も作れるから、とっても楽しそうじゃない? 」

「うん。そーだねー。でもこのまま行くと、うちのカレー、もっと少なくても良いかも」

「なにそれ」


 そんなことを2人に言われてたのもつゆ知らず、何だかわかんないけど、そのあとも次々女子グループからお声がかかり。

 ようやく自分のテーブルに着いたときには、さすがの俺もちょっとヘロッとしちまってた。

「だあー、疲れた~」

 木のテーブルにぼてっと突っ伏してると、容赦ない由利香さんの声が聞こえる。

「ちょっと夏樹、テーブルセッティングするんだから、どきなさい」

「ええー? 俺大変だったんすから」

 横を向きながらそんなことを言うと、

「知らないわよ。ホイホイ引き受けたのは自分でしょ」

「ひでえー」

 また顔を伏せて鳴き真似なんかしてると、笑っているようなシュウさんの声がした。

「夏樹、お疲れ様。だけどそこにいると、出来上がった料理が並べられないから」

 顔を上げると、テーブルクロスやお皿や、色んなものを器用に持ったシュウさんが立っていた。

「何品くらい作ったんだい? 」

「えーと、そうっすねー。最初がパエリヤで、ピザとカレーとローストビーフとポトフと、初心者だけど燻製ってのも」

「頑張ったね」

「いえいえ、人助けは当然、…あ、それより俺も手伝いますよ」

 会話しながら手際よくテーブルをセッティングしていくシュウさんに、慌てて声をかけて、俺もカトラリーなんかを並べていく。

 綺麗に決まったテーブルにワクワクしながら座ったんだけど。

「え、これだけ? 俺、もっと大量に野菜カットした記憶があるんすけど…」

「食いしん坊のお姉様が、先に半分以上食べちゃったんだよねー」

「ちょっと冬里! いい加減なこと言わないで。違うのよ、なんだか冬里が他のテーブルにお裾分けって持って行っちゃったのよ」

「ええ? 」

 これには俺もビックリ。鍋に残っているのは、どう見繕っても二人分くらい。で、ナンも御飯も極端に少ない。

「どうするんすかー? 俺は良いとして、由利香さんお腹がすくと凶暴になりますよ、おっと! 」

 おお、かわしたか。危うくはたかれる所だった。

「だーいじょうぶ」

 ニッコリ笑う冬里が、俺の背後に目をやった。その視線を追って振り向くと。


「あの、これ、お裾分けです。助かりました、すごく美味しくてお礼が言いたくて」

 あ、さっき最後に手伝ったグループの子。手には、ドライカレーを持っている。

「あ、ありがとうー! なーんかさ、うちの料理すんごく少なくなってて心細かったんだよー」

 嬉しくて思わず手を取り、ブンブンすると、なんかその子の頬が赤くなってる。なんでだろ?

「あのー」

 で、また声がして。

「これ、食べて下さい」

 あ、パエリヤのグループ。

 そのあとも、ピザのグループ、燻製のグループ、と、列をなしてお裾分けしてくれたおかげで、俺たちのランチはたいそう豪華なものになったって訳。


 あれ? カレーの話が違う話になっちまった。

 まあ、アウトドアのカレー作りは拍子抜けするほど簡単だったって話。



 その日は、キャンプ場から少し離れた所にあるログハウスに泊まることになったんだよな。冬里の知り合いが別荘として所有しているそれを、快く貸してくれたんだって。

 ログハウスって言っても、色んな種類がある。

 その別荘は、丸太を機械でカットしたマシンカットと呼ばれるタイプで、ほとんど普通の家と変わりがない。

「うわあーひろーい。2階があるわよ! 夏樹、探検してみましょ! 」

「ええー? 俺は2階よりキッチンを見たいっす」

「なにを! 」

 お姉様の攻撃をかわしつつ見に行ったキッチンは、『はるぶすと』の2階にあるキッチンと遜色ないほど本格的だった。

「うお! すごい! 今日は俺が夕食作って良いっすかー? 」

「さっきあんなに疲れてたくせに。いいわよ、許可するから2階見に行きましょ! 」

「へいへーい」

 2階も広くて、部屋が4つもある。由利香さんが1番大きなベッドルームを選んだのは、言うまでもない。




「夏樹のおかげで、僕たちに料理の順番が回ってこない。腕が落ちそうだね」

「そうだね」

「ふふ、でもさ、さすがに腕の落ちたシュウは想像できないけど」

「恐れ入ります。それはそうと、少し相談なんだけど」

「うーん、日替わりランチにカレーのみっていうのは、却下」

「言うと思ったよ。それなら、私なりに充分アレンジして」

「期待してます」

 微笑みながらワイングラスを傾ける、シュウさんと冬里。

 いつも通り、由利香さんと俺はとっくに夢の中。

 ひろーいリビングの暖炉の前では、暖かな炎に照らされて、夜更けまで語り合う二人の姿があった。

 窓の外では、まあるい大きな月がそんな二人を眺めていた。



夏樹語り第二弾です。

時間的には、新生『はるぶすと』がオープンして間もない頃なので、椿は出てきてませんね。いつもながら料理命の夏樹です。カレーはどうなったー、っていう感じのカレー話でした。


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