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蕎麦屋のカレー


 椿と×市の食べ物屋を巡っていた頃の話。

「今日は蕎麦屋へ行ってみようかと思うんだけど、いいかな」

 と、提案された。

 蕎麦屋。

 この日本語って面白いと思わない?

 だってさ、蕎麦屋って言うのにメニューは蕎麦だけじゃなくて、うどんもあるし、丼物もあるし、けっこう何でもありなんだよなー。時にはラーメンなんかもあったりして。

 あ、人によってはうどん屋とも言うな。

 とにかく、うーんと、俺にとってはそこはなんでもありの和食の店なんだけど、やっぱり日本人の間では、蕎麦屋とか、うどん屋で通っている。


 でさ、でさ。

 ちょっと気になってるメニューがあって、今日こそはそれを頼んでやる、と意気込んでやって来た。

 そのメニューとは? 

 それは、カレーうどん。

 日本でカレーって言うとさ、カレーライスの事を指すんだよね。だからカレーうどんっていうメニューを見て、ライスの代わりにうどんが横についてるんだろうか、とか、どうやって食べるんだろ、箸? まさかフォークとスプーンだったりして。なーんて、およそ日本人なら考えもしないことをあれこれ想像してたって訳。


「じゃあ、俺はカレーうどん! 」

「お、カレーうどんかあ。美味そうだな。ちょっと心がぐらつくけど、やっぱり今日は、食べたかった鴨南蛮にしとく」

 椿がそんな風に言うんで、そうか、美味いんだ、とワクワクしながらカレーうどんがやって来るのを待った。


「おまちどおさまー」

「わ、ありがとうございまっす」

 俺の前に置かれたのは、カレー皿じゃなくて、蕎麦やうどん用の器。で、見た目はなんていうかさ、とろーりとしたカレーに、よく煮込んだ白ネギと玉ねぎと牛肉がどさっと浮いてる。いや、変な言い方だけどホントに浮いてるって感じ。

 横にレンゲの乗った器が置かれている。

「おー、やっぱ美味そうだ、けど、熱そうだな。気をつけて食べろよ」

 そうか、熱いのか! だから取り分けて食べるように、この器がついてるんだな。

 椿の頼んだのはまだ来てないんだけど、「先に食べていいよ」って言ってくれたから、そこは遠慮せずに箸をつけた。

「じゃあ、お先。いっただきまーす」


 俺は箸をカレーに突っ込んで、うどんをすくおうとしたんだけど…。

 「うおっ」って言うほど、スープのとろみが半端ない。そいつがうどんに絡みついて、なかなか持ち上がってくれないんだよな。失敗した、と思ったのは今日着てきた真っ白いシャツ。スープを飛ばしちまったら、シミになって取れそうにない。というわけで、俺はそろそろそろそろ、と、スローモーションのように慎重にうどんを持ち上げて、なんとかとりわけ椀にそいつを着地させた。

 そして、おもむろに口に運ぶ。

「あつ! けど、美味い!」

 ひとくち食べたそのうどんは、最初はそんなでもないんだけど、あとからぶわっとカレーのスパイシーさがこみ上げてきて、なんとも言えない良い感じ。ちょっといつものカレーと違うのは、水溶き片栗粉を使ってとろみを出しているからのようだ。で、片栗粉を使うもうひとつの効果は、冷めにくくて最後までかなり熱々を食べられるって事かな。

 でも、カレーと、日本の出汁ってこんなにあうんだ。これは和風ランチに応用できるかもしれない。

 うんうん、と頷いていると、椿が可笑しそうに言った。

「1人で百面相する夏樹を見てると、かなり面白い。そんなに美味いか? 」

「へ? 俺ってば、何かやってた? 」

「ああ。取り分けるときは、超スローで超真剣だし。食べては首をひねったり、納得したように頷いたり。まあ夏樹の場合、どっちかって言うと、どんなメニューも対ランチ用の研究対象なのな。そんな夏樹を見ていると、…急にそいつが食べたくなった。1本もーらい」

 椿は言いながら、俺が苦心して取り分けたうどんを、1本って言ったくせに何本もかっさらっていく。

「うわ」

「うん~、やっぱりここのカレーうどんは美味い。悪いな、あとで俺のも食べて良いから」

 と、言ったそばから椿の鴨南蛮が運ばれてきた。

 そのあと椿は約束を違えることなく、店の人にお椀をもらって蕎麦を入れてくれる。

「ほらよ」

「ありがと。…、あ…、うあーこいつはいいや」

 椿が取り分けてくれたお椀からスープをひとくち。

 カレーばっかりで口の中がちょっとピリピリしてたんで、鴨南蛮の優しい出汁が入ってくると、とっても良い感じになる。うーん、この感じも覚えとこうっと。きっとランチに役立つよな。

 またブツブツ言いながら、頷いたりなんかする俺を見て、椿はまたもや可笑しそうに微笑むのだった。


 満足して店を出た俺に、椿が一言。

「和風ランチも、また新たな一面を見せてくれそうだな? 期待してるぜ」

 そうなんだよー。今、すんごくカレー風味の総菜を作ってみたくて仕方がないんだよな。

「おう! それならさ、試作品ドンドン開発するから、味見頼むぜ」

「うわ~、期待してるなんて言わなきゃ良かった」

「へへー。後の祭り~」

 苦笑いしながら言う椿は、だけど誰かさんと違って、文句も言わずに試食に付き合ってくれるんだ。


 それからしばらくして、和風ランチには時折カレー風味のものが登場することになった。

 ある日の、夏樹と蕎麦屋のカレーのおはなし。



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