日曜日のカレー
喫茶店の共同経営をはじめてからしばらく過ぎた、ある日曜日のこと。
共同経営されている由利香さんが、何やら買い物袋を下げて部屋の方にお見えになりました。
「お邪魔するわねー」
「由利香さん、どうされました? 」
「いつもいつも食事を作ってもらってばかりだから、ホント申し訳ないって思ってるのよ。だから今日は私が昼食にカレーを作らせて頂きます! 」
と、ジャガイモやにんじんや玉ねぎがどっさり入った袋を重そうに持ち上げて、ニッコリされています。私は思わず彼女の後ろへ目をやりました。
「どうしたの? 」
「いえ…。お友達を連れてこられているのかと」
「え? まさかー。私1人よ、なんで? 」
「その材料。2人分にしてはどうかと」
すると、あっと言うお顔をしたあと、ヘヘッと照れ笑いをされています。
「そーいえばそうねー。まあ、良いじゃない。カレーは大量に作る方が美味しいのよ! 」
そのあと、キッチンをお貸しすることにして、私は手伝わなくてもいいから、と、ほぼ強制的にリビングへ追いやられてしまいました。
「鞍馬くん家の台所って、なんて綺麗なのー。ホントにお料理してるー? 」
好きなことを言われますね。いつもうちで遠慮のかけらもなく食って…、いや、食べて行かれるのに。
しばらくガタン、ガタン、と、あちこち開ける音がしていましたが、それがやむと、ひょい、と由利香さんはリビングに顔を出されました。
「ねえ、鞍馬くんってピーラー持ってないの? 」
説明いたしますと、ピーラーとは、ジャガイモなどの皮をむく道具です。
「ええ、ありません」
すると、かなり驚かれた様子で言われます。
「ええっ? じゃあどうやってジャガイモの皮むくのよ! 」
どうやってもこうやっても。
「包丁で、ですね」
それで、「まあ、仕方ないか」などとのたまわったあと、またキッチンへと戻られて。
「よし、頑張るしかない」
「えー、ジャガイモの皮ってー、うーん、よいしょ…、こんなに固かったかしら」
「わっ、すべった! 」
「あ、芽がでてるー、やだ古かったのかしら」
「いた! よかったー血は出てない。何でこんなに切れるの、この包丁」
「おおっとー! 」
「うーん、ジャガイモはあとにしよう…」
「次はにんじん、ニンジン」
「ニンジンも皮ってむくのよ、ね」
「あーもう、なんでピーラーないのよ! 」
「おお、でもやるじゃない、わたし」
「にんじんさん、さくらんぼさん、しいたけさん、ゴボウさん、あなーのあいたれんこんさん♪」
こんなにハラハラドキドキしたのは何年ぶりでしょう。何度ソファから立ち上がったことか。ですが、出来上がるまでは来ないでと言われているので、お約束を違えるとかなり怖いお方なので、うっかり様子を見にも行けず。
「…」
ようやく静かになったと思ったら、なぜか、そおーっ、と言う感じでリビングへ入ってこられました。
「鞍馬くん」
「はい」
「ごめん。もう一回買い物、行ってくるわ」
「? 」
嫌な予感がして、台所へ行ってみると。
なぜか、まな板の端の方に少量のジャガイモとにんじん。そしてその横には、山のように大量にむかれた皮、皮、…皮?
「由利香さん…」
海よりも深いため息をつくと、
「えー、だってー、ピーラーないのがいけないのよお。あれがあればー、こーんなことにはならなかったんだからー」
などと、この期に及んでも、まだご自分を顧みていないご様子。
「わかりました。ですが、由利香さんのカレーはまた後日と言うことで、今日はやはり私が作らせて頂きます」
「そう、ね。わかったわ」
しょぼん、と肩をおとしてリビングへ行かれたその方が、数年後、リベンジと称して、それはそれは美味しいカレーをごちそうして下さいました。
もちろん、私の地獄の特訓を受けて頂いた後でしたが。
「うーん、やっぱり鞍馬くんに作ってもらったお昼は最高! 」
お出ししたのは、無事だった玉ねぎを使ったキーマカレー。
あ、もちろん、ゴミと化すはずだったジャガイモやニンジンも、私が技術を駆使しまして、夕食のスープなどに利用させていただきました。
ある日曜日の、カレーのお話しでした。