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8.反戦平和団体「カヴェリア」 対 新王国国家警察(前)

 国民防衛戦線の襲撃より一夜が明けた新王国暦109期・雨の月の16日。


 大手新聞社各紙の一面には、デモクラシアが騒乱罪の容疑で逮捕された旨の記事が大なり小なり掲載されていた。

 内容は概ね「反戦平和団体カヴェリアは、事前の申請とは異なる示威的破壊行動を取り、制止に回った参加者を暴行。4名を死亡せしめ、複数名が負傷」、というものである。

 勿論これが一部資本家や保守派議員、軍拡路線を支持する一部将官の陰謀だということは明らかであった。


 国民防衛戦線による襲撃と不当逮捕。真実を知るエイシーハ市民も、少なくはない。

 だが彼らは個々に行動を起こすには至らなかった。市民の多くは国家警察が発表し、大手新聞社がそう書いているならばそれが事実なのだろう、と自分を納得させてしまっていた。それに自分ひとりが動いたところで結局は逮捕されるだけ、という諦観もあった。真実はこうだ、と隣人と噂話の種にするのが精々であった。


 一方の国家警察地域部治安維持課・法律省検察庁関係部署は、デモクラシアを徹底的に取り調べ、騒乱罪や殺人罪を犯した重罪人に仕立て上げるつもりでいた。

 デモクラシアが騒乱罪・殺人罪を犯したという物的証拠はない。

 が、新王国においては、物的証拠よりも「自白」が重視される。治安維持課と検察庁の関係者達は、デモクラシアを締め上げて自供を引き出すつもりでいた。彼らはデモクラシア逮捕後、彼女を留置所に拘留。さらに国内法を駆使して、拘留期間をほぼ無期限へ延長する準備を始めていた。



「このたびはライオ様のご息女が……本当に残念なことですなあ」


 新王国統一議会議事堂の廊下を歩いていたリチャルド・レオハルト・ライオ――デモクラシアの父は、偶然出くわした恰幅の良い議員に声をかけられた。

 その議員の名は、トルンパ・アーミン・トラディッス。

 彼は厭らしい微笑と、由来不明の勲章でゴテゴテと飾り立てた黒の上着を常に纏う保守派議員である。周囲からは軍部の一角に巣食う軍拡路線を支持する将官や、軍需産業関係者の口利き役とも見做されている。

 ……そしてリチャルドにとって彼は、愛娘を嵌めた人間の屑でもあった。


(くそったれ! 俺の顔を見るために、わざわざこの辺をぶらついていやがったな)


 と思いつつも、リチャルドは「いやあ参りました」と笑みを浮かべながら頭を掻いた。


「ご心配いただき、ありがとうございます。ですがもう彼女も自分自身で責任を負う歳です。。私がデモクラシアを気遣う、またトルンパ・アーミン・トラディッス殿が彼女をご心配される必要はありません」

「たしかに仰られるとおりですな」


 ふむふむ、とトルンパはなにやら小さく笑うと、別れの挨拶もなくリチャルドから離れていった。

 その無駄に広い背中を見つめながら、リチャルドは復讐を誓った。

 だが目下、彼に出来ることはなかった。


 彼もまた、国家警察や検察庁、新聞社が結託した以上、デモクラシアを救う手立てはないのでは、と諦めてしまっていたのである。




◇◇◇




 反撃の狼煙は、静かに上がった。


 事件から3日後の、新王国暦109期・雨の月の18日。

 新王国軍第1師団の退役者向けに印刷・配布がなされている「新王国軍第1師団戦友会会報」に、元・第1師団司令部付最先任下士官の投書が載った。



「私は現在、傷痍軍人の社会復帰支援を援助する団体に属している。


 だが去る雨の月の15日、拳銃や小銃で武装した小集団の襲撃を受け、活動に参加していた傷痍軍人ベイリオ・ハオン・チーナ君(元・第1師団122中隊勤務、108期のエンドラクト東部戦線にて負傷)も、拳銃弾を受けて新たな銃創をつくった。


 しかしながら国家警察は襲撃者を捜索するどころか、活動を主催するデモクラシア・オルテル・ライオを騒乱・騒擾罪の容疑で不当に逮捕した。

 私は“自由民主主義・新王国民・戦友のために”闘う新王国軍第1師団の元将兵として、この非自由的な不正を看過出来ない。これより戦友を傷つけた真犯人の捜査と、不当逮捕の撤回・早期釈放を国家警察に求め、新都エイシーハにて抗議活動を開始する。


 取り急ぎ報告したが、また何かあれば追って報せる。



――元・新王国軍第1師団司令部付最先任下士官 ファゼル・ボルゴ・ハイキュリイエス


追伸:元・第1師団司令部付警備・伝令勤務のウダーチ・ミリ・メルトス君は、新王国最高紙幣9枚を早急に返済されたし」




 この投書を読んだ元・新王国軍第1師団所属将兵の反応は、迅速かつ激烈だった。


「先任がひとりで国家警察とやり合おうってしてんのに、暢気に廃兵院に引き篭もってられるかよ! お前ら荷物まとめろ、航空便を予約して明後日にはエイシーハだ!」


「こりゃ同窓会みたいなもんになるかもなあ……あいつら元気かな」


「これは退役軍人に対する国家警察の弾圧だ! 新王国軍第1師団退役将兵のみならず、新王国軍第1師団現役将兵は市街戦演習の名目でエイシーハへ出動すべし!」


 19日の朝には、帰農した元将兵や廃兵院に入院する傷痍軍人達の大移動が始まった。

 彼ら第1師団将兵に叩き込まれている師団標語は、“自由・国民・戦友のために”、である。

 凶弾に斃れた傷痍軍人と、孤立無援のまま国家警察に挑む元・最先任下士官ファゼルを放っておくことなど、彼ら第1師団将兵には出来なかった。

 また同時にお祭り騒ぎの雰囲気を感じ取り、軽い気持ちで起った者もいた。


 ……はっきり言うならば、みな暇であった。


 廃兵院で退屈な毎日を送る傷痍軍人も、故郷が無事であることに安堵した退役軍人も、退役後いまだ仕事にありつけていない無職も、みな暇を持て余していた。そこに義憤を煽る会報が回ってきたのだから、決起しない理由がなかった。




「それで、編集会議はどうだった」


 19日、早朝。

 デモクラシアを失った反戦平和団体「カヴェリア」の会議が、ファゼル家にて始まっていた。魔導灯の下、狭い食卓に集った会議参加者は、召使セルンと元下士官ファゼル、そして行進にも参加していた聖職者・記者・退役軍人ら数名。ファゼルの家族――ファゼルの妻・三男・三女は、万が一を考えて既に長男の家へ身を移しており、ここにはもういなかった。


「その……申し訳ありません、ファゼルさん。編集会議じゃ一蹴されちゃいました。やっぱり圧力が掛かってるみたいです」


 卓上の一角には、緻密に文字が書き込まれた手帳と複数枚の写真。

 その前に座るのは、気弱そうな青年。彼の身分は、よれた紳士服と首から提げた魔導式転写機、“新王国・取材班”の腕章が物語っている。


「いやシタラウ君、新聞社にも立場ってものがある。気にしなくていい」


 平謝りする若い記者に対して、ファゼルは鷹揚に頷いて彼を慰めた。

 彼――シタラウ・バクツ・ニタカは、襲撃に偶然居合わせた新王国新聞社の社員である。

 シタラウは15日に襲撃を受けた後、帰社すると同時に事の顛末を記事にすべく動いたが、結局その働きは全て無駄になった。襲撃犯を捉えた写真や、現場の詳細な記録を彼が所持していたにも関わらず、新王国新聞社の『日刊・新王国』編集部は、事を荒立てない方針を堅持したらしい。

 ファゼルは特別、新聞社に勤めたことはないが、その立場は理解できた。

 全国区のまっとうな新聞社としては、事件・事故に関する情報源・国家警察と対立することだけは、絶対に回避しなければならないのだろう。仮に国家警察を激怒させることがあれば、事件事故に関する情報をいっさい回して貰えなくなる可能性がある。


「『日刊・新王国』も堕ちたもんです」


 自虐的につぶやいたシタラウは、卓上の写真に目を落とした。

 そこには小銃をはじめとする凶器で武装した、襲撃者達が写っている。

 言論の力は、かくも不正に対して無力だったのか――生真面目な彼は、そう思わざるをえない。


「では、主教様。この新王国国家警察の非道に対して、新王国魔導主神会は動いて下さるのでしょうか」


 次にファゼルが話題を振ったのは、聖職者――新王国魔導主神会エイシーハ教会のリイル主教であった。

 質素な長衣に身を包んだリイルは、見た目こそ銀縁眼鏡を掛けた痩せぎすの中年女性にすぎない。

 が、その実は全国規模の宗教団体「魔導主神会」において、信徒達から尊敬を集める人物だった。彼女は教義研究の第一人者であり、“宇宙・大陸・大気・魔力・動物・人間は、すべて主神が創造した”という、非科学的教義の延命に心血を注ぐ理論派として知られる。

 そして同時に、被創造物間の相互暴力や相互不正を憎む正統的な信者でもあった。


「すでに新王国魔導主神会中央教会に一通。

 そして全国の教会に一通ずつ。事の真相と、運動に参加していた信徒に銃が向けられた旨を記した手紙を送りました」


 若い頃から徹夜と過剰思考の日々を送ってきたリイルの横顔は、どこまでも荘厳だ。その一対の瞳には、怒りの灯火が点されている。

 “主神の被創造物であることを自覚出来る人間は、主神の存在を慮り、互いに殺傷する愚を犯してはならない(被創造物間の相互暴力禁止)”――教義的に好ましい反戦平和運動に賛同し、自ら参加していた彼女にとって、国家警察の暴挙は到底許されるものではない。


「では魔導主神会の援けを期待させて頂いても――」


 大規模かつ高度に組織化されている宗教組織の手助けがあれば、たいへん心強い。

 幾許かの期待とともに聞いたファゼルであったが、リイルの返事は実に宗教的であった。


「残念ながら、私の口から見込みをお話することは出来ません。

 主神が望むならば、我々は言辞神の助けにより、国家警察に対して迅速かつ痛烈な抗議行動を採ることが出来るでしょう。一方で主神がこの一連の事件に関心を示さないのであれば、我々はご期待に沿えるような抗議運動を展開することは出来ないでしょう」

「……なるほど」

「勿論、我々は人間個人の努力を否定しているわけではありません。が、明日・明後日といった、極めて近い未来に対する主神の影響力は極めて大きいのです。不用意に未来に関する観測を述べるべきではありません」

「そうでしたか。失礼しました」


 ファゼルはいちおう、うなずいた。

 俗世の人間には理解し難い世界である。


(……国家警察に「降参だ」と言わせることが出来るか)


 会議でも発言することの少ない召使セルンは、ただただデモクラシアの身を案じ、最悪の事態を想定している。

 あらゆる伝手を頼っての抗議は、はたして成功するか。

 彼女にも確信はない。

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