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7.襲撃、衝突、そして――

“……(前略)我がエンドラクト新王国は帝国主義の権化と国境を接しており、そして新王国軍は現在も、100万を超越する冷酷なる殺人集団と正対している。

 この現実に目を背け、「軍縮」「平和」を唱える人々に問いたい。


 言論で彼らの侵略行為を止めることは可能だろうか?


 論じるまでもない。


 先の大戦において残虐極まる大侵略を試み、現在も長距離砲の照準を我々の街に定めている彼らに、再びの侵略を躊躇させるには「物質」と「精神」が――つまり、最新兵器と国土防衛の意志に燃える兵士・国民こそが必要なのだ。

 そのため新王国軍は現在、国土防衛のために早急な軍再編と、軍団単位での部隊新設を統一議会に提案している。また反応弾による戦力化も検討中である。国防力の向上に新王国軍は、日々努めている。


 にもかかわらず、某氏による反戦平和運動は、国防力拡充に奮闘する人々を誹謗中傷することに終始しており、早急な防衛体制の整備を妨害している。


 これは端的に言って、「利敵行為」である。


 この反戦平和運動、まさに反王売国運動と呼んでも差し支えないであろう。……(後略)”


 新王国暦109期・雨の月の14日付。

 『日刊・興進新聞』寄稿欄。

 新王国軍上級大将ヘイトル・タイジウ・スリニ「反戦平和運動は、反王売国運動である」より一部引用。




◇◆◇




 “人間の屑”による妨害が目に見えて始まったのは、雨の月の14、15日頃であった。

 時期的には総選挙立候補者公表日の1ヶ月半前、総選挙投票日の2ヶ月半前にあたる。


「新王国軍上級大将ヘイトルは、反応弾武装論を撤回せよ!」

「撤回! 撤回! 撤回!」


 雨の月の15日。

 小雨が降りしきる中で決行された反戦平和団体カヴェリアの「雨の月の反・反応弾行進」は、新首都エイシーハ中央区に存在する新王国統一議会議事堂前より始まった。

 まず新王国統一議会議事堂の門前にて、国内にて起こり始めた反応弾武装論の放棄を訴える。

 その後は街路を練り歩き、駐新王国・ヴィルヴァニア帝国大使館前まで移動。

 そこで反応弾廃絶を訴えた後、帝国語と新王国語で併記されたデモクラシアの意見書を大使館へ手渡す――というのが当初の予定であった。


「国土を汚す反応弾は、いらない!」

「いらない! いらない! いらない!」


 拡声の魔術を駆使しながら、人々を先導するデモクラシア。

 その彼女の後に続くのは、召使のセルン。元下士官のファゼル。そして学生、主婦、肉体労働者、傷痍軍人、会社員、記者、路上生活者、農業従事者、聖職者といった――“正義と平和を愛する真の市民”約4000名。

 この4000という数字は、エンドラクト新王国の総人口全体(約400万)からみれば、実にちっぽけな数である。

 が、デモクラシアは満足だった。

 たった10日前に結団したばかりの組織が動員した人数としてみれば、4000名というこの数字は上出来だろう。


「戦災孤児に食事を!」

「戦傷兵の社会復帰を応援しよう!」

「軍拡の費用を復興に!」


 様々な主張が書かれた板を持ちながら、人々は統一議会議事堂の周囲を練り歩く。

 鋭角的な装甲板を何枚も気重ねした機械化警官や、連発銃を保持する武装警官が見守る中、彼らは整然と集結・行進を繰り返し、何事もなく統一議会議事堂を離れた。

 なんら問題はない。

 当然ながらこの行進は、国家警察に許可を得てやっている。

 エンドラクト新王国は最高法により、言論・集会の自由が保障されている。また100、1000名規模による抗議活動は交通を妨害するため、「往来交通法」に照らし合わせると本来は違法だが、国家警察地域部治安維持課の許可をとり、および交通整理の警官が帯同することに納得すれば、大規模な示威的行進も許されるのである。


 その後、デモクラシアと平和を愛する人々は、予定通り中央街路を行進して、駐新王国・ヴィルヴァニア帝国大使館へ向かった。


「反応弾を棄てろ!」

「棄てろ! 棄てろ! 棄てろ!」


 何倍にも拡大されたデモクラシアの美声に、人々が応える。

 彼らには奇妙な一体感があった。絶対正義の側に自分は立っている、という過剰な自負や、国に対して行動を起こしている、という快感が彼らを支配している。

 その最中、熱に浮かされることなく周囲に気を配るファゼルは、あることに気がついた。


(……交通整理・警備の警官が消えている)


 抗議列の側面を固める警官が、いつの間にか消えている。

 前述したとおり抗議に伴う行進は、国家警察警備部関係各課の監視や、地域部治安維持課の警備・交通整理の下で行われる。当然、抗議列の側方や後方には、紺色の制服と片刃の長剣や自動拳銃等で武装した警官が付き纏う――のだが、ここに来て彼らが少なくともファゼルの視界から消えていた。


(ここから見えないだけか?)


 彼は最先頭を歩むデモクラシアの、すぐ後方を歩いている。

 当然、後方の様子が見えるはずもない。


「ベイリオ、ベイリオ! ちょっと後方に警官がいるか見て――」


 ファゼルが自身の部下に後方の様子を見て来てもらおう、と声を張り上げた時にはもう遅かった。


「売国奴を潰せぇえええええ!」

「潰せ! 潰せ! 潰せ――!」


 ファゼルの遥か前方で、野獣が如き蛮声・喊声が起こった。

 反戦平和運動の首謀者デモクラシアが「なんだ?」とつぶやいている内に、彼らは急激に彼我の距離を詰めた。散弾銃、棍棒、戦鎚、長刀、拳銃、短剣、戦斧、小銃、長槍――めいめい武器を手にした男達の集団、約50名が明確な殺意を立ち上らせながら、抗議列に向かって吶喊してくる。

 ファゼルは、絶叫した。


「まずいッ、伏せろ! 伏せろォ――!」


 彼がその凄まじい膂力でデモクラシアの頭と肩を押さえつけ、地面に捻じ伏せるのと、野蛮な反知性主義者達が発砲したのはほとんど同時だった。

 タン、タン、タン、と軽やかな銃声とともに発射された1/5指間(=6mm)級小銃弾は、デモクラシアとファゼルの頭上を過ぎ去り、その背後に続く群集の最中へ突き刺さった。


「あ゛あっ――痛ッ、い、いだぁああぁああああ!」

「えッ、なんだ!? 血!?」

「タニイ? タニイ!? しっかりしてっ! 返事して!」


 銃弾が腹から背へと貫徹した男が、膝から崩れ落ちる。その後方では、男の背中から噴出した血飛沫を浴びた学生がわめいていた。不幸にも小銃弾の一発は、行進に参加していた子供の頭部を一撃で吹き飛ばし、傍にいた無力な親を動転させる。


(国民防衛戦線か?)


 ファゼルは低姿勢をとったまま、伏せるデモクラシアの前面へ移動して自ら肉の盾となった。

 と同時に、大型拳銃を腰の吊り帯から外し、敵小銃手への狙撃を試みる――が、彼我の距離は約200歩間(=約100m)はある。拳銃弾の命中は期待出来ない。

 この間も小銃弾が幾発もファゼルとデモクラシアの頭上を通過し、後背の行進参加者達を撃ち倒している。


「デモクラシア様は!?」


 ファゼルと同様に、セルンもデモクラシアの前面に移動していた。

 彼女は銃弾を恐れないかのように直立姿勢でそこに立ち、押し寄せる荒くれ者達を睥睨する。

 ファゼルは、彼女へ叫んだ。


「無事だ、小銃手を潰してくれ!」


 途端、セルンが纏う制服が、青白い稲光をほとばしらせた。

 正確には彼女の制服が、ではない。セルンの周囲――大気中に存在する魔力が発光し、雷撃めいて荒れ狂った。魔力の鞭は石畳の街路を叩き、街灯を粉砕し、火花を散らしながら光速で伸長すると、200歩間離れた小銃手や散弾銃を持った男達の意識を刈り取る。

 だが連中は挫けない。

 青白い稲光が止むと同時に彼らは全力疾走し、一気に彼我の距離を詰めにかかる。


「躊躇するな、撃て撃て撃て撃て!」


 それを迎え撃つのは、ファゼルと彼の部下達が構える大型拳銃や自動拳銃の銃口である。


「ファゼル先任下士殿ッ、これは正当防衛ですよね!?」

「当たり前だ! 連中が先に小銃をぶっ放してきたんだ! こっちは連発銃・対装甲砲で反撃しない限り、“過剰防衛”にはならない!」


 乾いた銃声。人々の悲鳴。襲撃者達の怒声。泣き叫ぶ子供。脚に銃弾を受けて転倒する荒くれ者。

 その最中。伏せたままでいたデモクラシアが突如として立ち上がり、そして腕を振り上げて怒鳴った。


「セルン゛ーッ! こいつらを殺せえぇえ゛っ! 皆殺しにしろ!」

「はい、デモクラシア様」


 前方に翳したセルンの両掌へ、周囲の魔力が集中する。

 と、次の瞬間には、彼女の掌から猛烈な制圧射撃が始まった。

 魔弾速射。その発射間隔は1詠間(=1分間)に3000発――これは連発銃に比肩し得る速射性能である。

 白光を曳きながら翔る魔弾へ向かっていく形となった襲撃者達は、すぐにその場で動けなくなる。思いもよらない反撃。まさか連発銃と同等の火力を有する魔導兵が、相手方にいるとは――。


「退け退け退け退け!」


 この魔力の奔流に逆行し、攻撃を仕掛けることは不可能。

 撤退の意思を固めた彼らは気絶者や負傷者を引き摺りながら、後退を開始する。

 それを見たファゼルと部下達は、銃口を下ろして弾倉に弾を装填し直し始めた。セルンもまた、厳しい表情で撤退する襲撃者達の背を見つめている。彼女の魔弾速射は、既に周囲に存在する魔力を全て撃ち尽くしたため、もう発動することが出来ない。

 だが突如襲撃を受けて、行進を潰されたデモクラシアの感情は収まらない。


「ファゼル下士ッ、追撃しろ! みな撃ち殺せえ!」


 だがファゼルの視線は、自身の背後に注がれている。


「デモクラシア様、状況の確認と負傷者の救護が先ですッ! ベイリオ、フィルサ! どっからでもいい、警官を連れて来い! このくそったれな状況を――いやッ、医者が先だ! 中央病院に怒鳴り込んで、医者を引っ張って来い!」


 銃撃戦の最中に参加者達の大半は、すでに逃げ出していた。

 残っているのは死体と重傷者。その家族、友人、知人。責任感ある一部の参加者。記者。聖職者。銃声と死体、血に驚いて現れた近隣住民。

 よく見るといつの間に駆けつけたのか、駐新王国・ヴィルヴァニア帝国大使館職員や、駐新王国・イェルガ立法国大使館職員といった特殊な人種もみえる。この周辺には各国大使館がある。おそらく彼らも近隣住民と同様、様子を見に現れたのであろう。


「卑劣な屑どもめッ!」


 デモクラシアは、高級令嬢らしさの片鱗もない悪態をついた。

 と、同時に彼女は自身の楽観的観測を呪った。連中の襲撃はもう少し後、そして国家警察の監視下にある抗議行進中に仕掛けてくることはまずない、と踏んでいたのである。


「国家警察が襲撃者、おそらくは国民防衛戦線に便を図った、としか考えられません」


 国民防衛戦線の襲撃直前に、警備・交通整理要員の警官が消える。

 ……そんな偶然あるはずがない、とファゼルは考えていた。

 “○○時より貴官らは抗議列を離れ、○○にて待機せよ。騒乱があっても指示があるまでは抗議列へ復帰することなく、静観すること”。

 そういった秘密命令が、彼ら警官達に出されていたとしか思えない。


「忌々しい限りだな。市民の生命と安全を守る国家警察が、ここまで腐敗しているとは!」


 デモクラシアもファゼル同様、国家警察が何者かの圧力に屈して、過激派の襲撃の手助けをしたのではないか、と考えている。

 彼女の父の忠告はなにも間違ってはいなかった、というわけだ。


 警官隊が到着したのは、襲撃者達が姿を消した数詠後(=数分後)だった。

 彼らはエイシーハ中央病院から到着した医療隊と協力し、素早く死者・負傷者を収容し、同時に集まっていた近隣住民を解散させた。新首都における騒乱ということもあってか、一般的な地域部治安維持課の警官のみならず、特殊大盾と自動拳銃で武装した警備部機動課までが出動してきている。


「抗議集会責任者、デモクラシア・オルテル・ライオ!

 責任者のデモクラシア・オルテル・ライオは名乗り出よ!」


 負傷者達がみな病院へ搬送された後、恰幅のいい中年の警官が拡声の魔術を使いながら叫び始めた。金糸と由来不明の勲章で制服を飾り立てているあたり、どうやら彼は国家警察内で高い地位の人間らしい。


「私だ」


 激発しそうな感情を抑えながら、デモクラシアが名乗り出る。

 すると無言のままに数名の警官達が、彼女を取り囲んだ。ファゼルやセルンが反応する間もない。警官が腰に佩く白銀の長刀と、拳銃の銃把がギラギラと光り、ふたりを威圧する。

 そして中年の警官は、信じられない言葉を口にした。


「デモクラシア・オルテル・ライオ。貴女を騒乱罪・騒擾罪の容疑で逮捕する」

「は?」

「貴女は事前に申請された抗議活動を逸脱し、示威的な破壊活動を実施。制止せんとした善良な参加者を死傷せしめた疑いがある。おい、押さえろ」


 デモクラシアが聞き返す暇さえ与えない。

 ふたりの警官が、彼女の両腕を左右から抑えた。

 と同時に傍で待機する警官は、拳銃を引き抜いて構える。逃走するそぶりや魔術行使の動きがあれば、容赦なく脚か腕を撃ち抜くつもりらしい。


「馬鹿なっ! 我々は襲撃された被害者だぞ! 不当逮捕だ!」

「抵抗するなッ! 抵抗すれば、警察力執行妨害で再逮捕する!」


 抗議の声を上げるデモクラシアを一喝した中年警官は、「連れて行け!」と警官達を促して彼女を連行させた。

 それをファゼルは、傍観していた。

 セルンの肩を掴み、小声で自制を呼びかけながら。


「ここで俺達まで逮捕されたら終わりだ、わかってるな」


 セルンは、無言でうなずいた。

 彼女はデモクラシアに対し、狂信的な忠誠心を持っている。だがしかし同時に状況を判断する能力と、自制心も持ち合わせていた。いま警官を襲撃しても、主人ともども射殺されることは目に見えている。いまは行動を起こすべき時ではない。


 このときふたりは、決意していた。

 如何なる手段を使ってでも、デモクラシアを釈放させてみせる、と。

 召使セルンは国家警察1万3000名を皆殺しにしてでもデモクラシアを取り戻すつもりでいたし、国家権力に対して従順で、違法行為を敬遠するファゼルも、不当な警察力行使を目の当たりにして黙っているほど柔な性格はしていなかった。

次回、「反戦平和団体カヴェリア 対 新王国国家警察」に続きます。

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