4.反戦平和団体「カヴェリア」結成
デモクラシアが代表を務める反戦団体の結団式は、ライオ家が所有する別荘で行われた。
と言っても常駐の管理者も居ない、半ば忘れ去られた小さな別荘である。
参加者も僅か3名――代表のデモクラシア。召使のセルン。そして上級大将に紹介された新たな協力者、元新王国軍下士官ファゼル・ボルゴ・ハイキュリイエスのみであった。
あまりにもささやかな結団式であったし、華々しい政界で活躍する人間が見れば「惨め」と評しただろう。
だがしかし参加者3人が3人とも、これでいい、と思っていた。
代表のデモクラシアは、「大事を為す組織は、最初は小さいものだ」という奇妙な哲学を持ち合わせていて、召使のセルンは主人がいいと思っているのならばそれでいいのだった。
そして濃緑色の上着を羽織り、腰に銃剣をぶら下げて現れた元新王国軍下士官の中年男ファゼル。彼は「私的な式典の規模を誇るのは馬鹿だけ。この少人数ならすぐ実務的な話を始められて好都合」と考えていた。
実際、デモクラシアの短い挨拶と乾杯の直後に、儀礼的な時間は終わり、円卓についた3名の間で、組織の方針や今後の活動を巡る話し合いが始められた。
「私は言論で、知識人の注目を集めていく。
また同時に大々的な街頭活動を展開して、市民から加入者を募るつもりだ」
「なるほど。加入条件や団体規則は設けますか」
「加入条件、団体規則、か……考えてもみなかったな。
さすがは貴官、厳格な軍規の下で生きてきただけのことはある。ファゼル下士、試案を作ってみてくれないか」
「条件・規則の件、了解しました。
……規則がない大人数の組織など、ただのごろつき、浮浪者の集まりに過ぎませんからね」
出席者は前述のとおり3名だ。
が、話をするのは、もっぱらデモクラシアとファゼルであった。
彼女らふたりが話している間、元々寡黙なセルンはただ押し黙り、元新王国軍下士官の横顔を凝視していた。
……まるで一挙手、一投足を監視するように。
嫌でも、ファゼルはその視線に気づく。
(なんだこの娘は……話しづらくてしかたがない)
とはいえ自身の新たな「上官」となるデモクラシアとの話を中断して、不快感を露わにセルンへ注意するわけにもいかない。
ファゼルは注意深く言葉を慎重に選びながら、デモクラシアと団体に関する話を詰めていった。
そして最後。デモクラシアから「他に何かあるか」と問われたファゼルは、自身が懸念するところを述べた。
「……私からの懸念はひとつです、デモクラシア様。時間がない。
戦後の時流を掴み反戦団体を拡大し、これを支持母体として政界に出る。
ひじょうに優れた戦術で私も真似させて頂きたいくらいですが、票を集める団体にまで成長させるのには少し時間が――」
そのとき初めて、セルンが口を開いた。
「ファゼル様」
「ん」
「大変失礼ですがそのお言葉。
まるでデモクラシア様が権力を欲するために反戦運動を始めた、というように聞こえます。撤回して頂きたい」
召使セルンの静かな反駁。
これにファゼルは表情を特別変えたりはしなかったが、内心では何を言うんだ、と思う。
(この召使は、主人が本心から平和を願って反戦運動をはじめた、とでも思っているのか?)
ファゼルは冷徹な現実主義者ではないが、建前を鵜呑みにするような理想主義者でもない。
彼は反戦運動など市民の自己満足か、政治家が取り得るひとつの選択肢・武器、としか思っていなかった。純粋に平和を願い、行動を起こせる理想的な善人はそうそう居るものではない。
「たしかにそのとおりですな」
とはいえ反戦運動は偽善・欺瞞の行動にすぎない、と声高に叫んで、事を荒立てるつもりもない。ファゼルはとりあえず頷いてから、素直に謝罪の言葉を口にしようとする。
が、ファゼルの謝罪の言葉より、セルンの追及の言葉より、デモクラシアの横槍が早かった。
「ははははは!
ファゼル下士、気を回しすぎだぞ!
セルンが言うとおり、私に反戦団体を政治的に利用する意図はない。たしかに団体有志に私の身辺警護をしてもらうことはあるかもしれないが、反戦団体の参加者に私への投票を呼びかけたりはしない。
私はとにかく平和運動を盛り上げたいのだ。そのためには市民達から見ても、存在が明確な団体があった方がいいだろう」
「はっ。申し訳ありません。先程の愚言、撤回させて頂きます」
(うそだな)
ファゼルは謝罪しながら、考える。
十代の少女とはいえ、デモクラシアは高級貴族の端くれだ。彼女が高潔な平和・理想主義者であるはずがない。
となれば召使セルンが平和・理想主義者であり、主人デモクラシアはそれに合わせて演技をしているのではないだろうか――?
(とにかくこの話題に関しては、彼女の前で話すのはやめた方がいいんだな)
「そういえば、もうひとつ大事なことを忘れておりました」
ファゼルは一先ずこの問題を置いておき、話題の転換を図る。
デモクラシアもこの話題をこれ以上は続けたくなかったらしい。彼女はわざとらしいぐらい明るい声で「うん、どうした」と聞き返した。
「反戦団体の名称はどうしましょうか」
「それはもう考えている」
一拍おいて、彼女は言った。
「カヴェリア、だ。廃都カヴェリッタから採った。カヴェリッタの悲劇を忘れてはならない、という自戒を込めている」
◇◆◇
結団式が終了した後、別荘にふたり――デモクラシアとセルンが残っていた。
ファゼルは先に辞している。彼はふたりに送迎と護衛を申し出たが、デモクラシアが「セルンがいるから大丈夫だ」とその申し出を断ったためであった。
先程まで活発な議論が交わされていた応接間には、沈黙が訪れている。
デモクラシアは円卓の席に座ったまま紅茶を啜り、しばらく何か考え事をしていた。
が、ティーカップの中身が半分になったあたりで彼女は、いつものように背後に控える召使へ話しかけた。
「セルン。彼が信頼出来ないか」
「いえ」
「正直に言え、セルン。それともただ、妬いているだけか?」
「……。彼が、というより、職業軍人は信頼に値する人種ではありません」
「彼らは国家を防衛し、国民の生命と財産を守る職業を選んだ立派な人種ではないか?」
まるで試すように聞き返すデモクラシアに対して、セルンは眉ひとつ動かさない。
「職業軍人は人間の屑です。
合理的な命令であれば、彼らは絶対それに服従します。
それがどんなに非人道的な行為であっても。
“この村は放っておけば敵の宿営地になる。焼いておけ”
“全ての井戸を使用出来ないように処置しろ”
“敵を足止めする。この区間の堤防を切る準備をせよ”
以上は、私が実際に聞いた発言です。
……彼らは極めて独善的な連中で、悪人の集まりと言っても過言ではないでしょう。だいたい国家の暴力装置たる職業軍人が、善人に務まるはずがないのですから。おそらく彼もデフェンマン上級大将からの指示があれば、平気で我々を裏切り、罠に嵌めることもあるでしょう」
「その可能性は常に考えておくとしよう」
実際のところ、デモクラシアは軍隊を脅威に思ったり、職業軍人を嫌悪したりはしていない。
むしろ彼女は、その強大な暴力を積極的に振るいたい、と常々思っている。
【ファゼル・ボルゴ・ハイキュリイエス】
人類男性。物語登場時点の年齢は48歳。元新王国軍下士官。
退役軍人らしく普段から軍服の上着を羽織っており、常に大型拳銃や銃剣を携帯している。
先の大戦中は新王国軍第1師団司令部付の最先任下士官として、威力偵察の現場指揮や情報分析、部隊管理の面で活躍。大戦終結とともに退役を決断したものの、デフェンマン上級大将に軍に対する忠誠心の高さを評価され、デモクラシアにはその軍歴と管理能力を買われ、反戦団体「カヴェリア」に参加した。以降は活動するデモクラシアの警護、街頭活動の計画立案、警備の指揮、警察・軍部との折衝などで活躍する。
彼の性格は基本的に「誠実」「実直」であり規則を重んじるが、重要な場面で組織や上司(上官)、部下のために柔軟な判断を下すことも多い。
ファゼル自身は反戦運動にほとんど興味がなく、反戦団体「カヴェリア」に参加したのもデフェンマン上級大将の紹介があったからに過ぎず、組織に対する愛着はほとんどない。
だがしかし一方で、代表のデモクラシアに対しては、「自分の娘より若い彼女を放っておけない」という思いがあり、なにがしかの成功か、あるいは一般的な(結婚・出産・育児といった)幸せを掴んで欲しいと常々考えている。