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反戦団体を組織した私ですが、恒久的平和のため最終戦争を望みます!  作者: 河畑濤士
第2章 新王国統一議会議員/国際連合 編
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33.開戦準備(前)

 エンドラクト新王国外務大臣執務室。

 立派な調度品や賞状、地元選挙区の特産品、孫からの贈り物によって賑やかに飾りつけられた室内で、海千山千の外交巧者と新進気鋭の若手議員とが向かい合っていた。


「葉巻は」

「結構」

「じゃあ酒は。自慢じゃあないが……いや、自慢なんだが、帝国産の蒸留酒から、希少になった国産まで大方の物は取り揃えているんだ」

「結構」

「そうか」


 勧めた葉巻も酒も断られた六十路の男は、溜息をつくと片手に葉巻を取り、片手に鋏をとった。

 愛煙家でもあり酒豪でもある外務大臣の彼は、自身の執務室に多種多様な嗜好品を持ち込んでいる。そして執務室を訪れた人間に、それを勧める習性があった。

 特別、相手の気持ちをほぐそうだとか、そういった狙いがあるわけではない。

 執務室に揃えた一流の高級品を誰かと分かち合うのが、彼の奇妙な趣味であった。

 そして執務中に喫煙や飲酒する口実、共犯者を作りたいという考えもあった。


「いや」吸い口を作るために葉巻の端を切り落とそうとした外務大臣は、鋏を持つ手を止める。「そもそもデモクラシア嬢、喫煙は?」


 60代の外務大臣に相対する10代の外務副大臣は、無感情に首を振った。


「しない。王臣筆頭ライオ家が嗅いで楽しむのは、焼け焦げた敵から起つ煙だけだ」

「これは失礼」


 外務大臣は葉巻とナイフを机上に置くと、量の少ない白髪を掻きながらからからと笑う。


「この界隈は煙草臭い野郎ばっかりでね。何の断りもなく葉巻に手を伸ばす、そんな悪い癖がついてしまったよ」

「別に吸ってもらっても構わないが」

「いや。俺だけスパスパやるのも格好が悪い。デモクラシア嬢は緑茶や紅茶がお好みなのかな。……申し訳ないが、俺には茶を淹れる技量がなくてね。じゃあ、お互い何もなしでやろうか」


 無表情のまま頷くデモクラシアに、外務大臣はにやにやと笑ったまま、深刻な話題を切り出していく。


「ギッさんから……いやギリバステ外務事務次官やら局長級のみんなから報告があっただろうが、ヴィルヴァニア駐新王国大使館の連中が文句を垂れてる」

「国際連合構想を放棄しないのならば――半年後に期限が切れる停戦協定・期限付和平条約を、エンドラクト新王国“にのみ”限って更新しない。だったか」


 ああ、と外務大臣はうなずき、枯れ枝のような両腕を組むとその上に自分の顎を乗せる。

 それから半笑いで「馬鹿じゃねえのか」とひとりごちて、ふうっと息を吐いた。


「停戦協定・期限付和平条約は、連合国全参加国とヴィルヴァニア帝国の間に締結されたものであって、個別に更新したり、破棄できたりするものではないと思うんだが。が、口で文句を言ってもしょうがない」

「ヴィルヴァニアは本気で国際連合構想を潰しにかかってきている。武力に訴えてでもエンドラクト新王国を瓦解させ、国際連合創設の動きを止めようとするだろうな」


 停戦協定が効力を失うと同時に、ヴィルヴァニア帝国はエンドラクト新王国に対して戦線を布告するであろう。それからヴィルヴァニア帝国航空艦隊の上空支援の下で、世界最強の帝国陸軍が国境線を超え、新王国軍を蹂躙し、瞬く間に主要都市を占領。エンドラクト新王国の独立は、当然失われる。


「新王国軍が帝国陸軍に勝てる道理がない。となると、連合国に助けを求めるしかない。ところがまあ当たり前だが、このちっぽけな国を守るために彼らが腰を上げてくれるわけがない。なにせ大戦終結からまだ1年。国土も経済も市民も軍隊も疲弊しきっている」


 今度は外務大臣は重そうな頭を持ち上げると、思い切り伸びをして不敵な笑いを浮かべた。


「国破れては何の意味もないと思うけどな、国際連合構想を諦めるつもりはないんだろう」

「ああ。主権国家として内政に干渉されてたまるか。そして自由民主主義は、武力を背景とした脅迫には決して屈しない」

「じゃあヴィルヴァニア帝国兵の屍肉が焼ける臭いを思う存分嗅げるよう、全力を尽くすとしようか」


 言い放った外務大臣の顔面に張り付いているのは、無邪気な笑顔だ。

 勝ち目のない対ヴィルヴァニア戦を目前にしても、外務大臣の表情や言葉の端々には悲壮感はいっさいない。むしろ喜悦に溢れており、それを隠そうともしていなかった。


「あと半年でリランド民主共和やコミテエルス共同体といった大国から支援を取りつけ、ヴィルヴァニアを迎え撃つ準備を整える――いい仕事じゃあないか」


 彼は困難な仕事ほど燃える性格ではあるが、成功の見込みがゼロの仕事を引き受けるような人間ではない。自由民主主義の兵器廠と異名をとるリランド民主共和から、物資の供与を捥ぎ取ってくる勝算は十分にあった。


「リランド民主共和の国民はちょろいからな……デモクラシア嬢が直接出向けば一発だろう」

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