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28.デモクラシア、笑う

 押し寄せる火線の奔流。

 が、第13親衛歩兵師団隷下の第7機械化歩兵連隊はなんら躊躇することなく、その最中へ高速突撃を敢行した。魔力稼動式の戦闘装甲を纏った機械化歩兵たちは、背部から魔力を噴射して空を翔ける。

 一方、重機関銃や機関砲による迎撃の火網を張り巡らせた防御側は、舌なめずりをした遮蔽物のない漠々たる荒野。正面切っての突撃など、自殺行為に過ぎない――!


 が、機械化歩兵たちはその高速と三次元機動を利用して、いとも容易く弾幕の切れ目を縫い、一瞬で彼我の間合いを詰める。

 弾幕を張る装甲車輌や歩兵たちは、慌てて後退を開始しようとするが――遅すぎた。

 防衛線に浸透した機械化歩兵たちは、まず生身の歩兵たちを鎧袖一触で虐殺。さらに装甲車輌の後部へと回りこむと、重連発砲の斉射によってこれを粉砕してしまう。


「駄目だ、速すぎる!」

「逃げるなーッ! 馬鹿野郎、撃ちまくれ! 弾幕を張るんだ!」

「総員、敢闘精神を発揮せよ! 戦線離脱者は射殺する!」


 頼みの綱の対戦車ミサイルや30mm機関砲を備えた歩兵戦闘車が次々と撃破され、陸戦兵器の王者たる主力戦車に至っては、その戦車砲を1発も撃てないまま砲塔上面をぶち抜かれ、単なる鉄塊と化していく――それを見ていた歩兵たちは、士気を挫かれた。


「玄下士ッ――頭を下げろ! 行け、後退するぞ!」

「畜生ォ! なんでこうなった。なんで」

「ヘリ、ヘリはなにやってる!?」


 機関砲とロケット弾による対地支援を行うはずのMi-24戦闘ヘリは、たしかに彼らの頭上に存在していた。が、彼らは獅子と鷲を掛け合わせた融合騎の群れ――第1空中強襲連隊に襲撃されており、自衛戦闘に精一杯。眼下の虐殺を阻止する余裕など、到底ありはしなかった。

 それどころか、1機、また1機と撃墜されていく。

 燃料不足による訓練不足、訓練不足による劣弱な錬度――戦闘ヘリは瞬く間に魔弾の直撃を回転翼や操縦席に受け、ただの鉄片と火焔の塊と化して歩兵たちの頭上へ降り注いだ。


「このッ敗北主義者どもが! 死ね、ここで死――」

「うるせえ! お前ら、馬鹿正直にここで死ぬことはねえ!」


 浸透した機械化歩兵による虐殺と、融合騎の魔弾掃射。

 ろくな補給も武器も与えられず、異界の地に送り込まれた歩兵たちの士気は限界に達し、ついに朝鮮人民軍臨編第1戦闘団の壊走がはじまっ――。




「……どうも寝すぎたな」




――たところで、ついにデモクラシア・オルテル・ライオは、目を覚ました。


 デモクラシアの傍に付きっきりで控えていた元・下士官のファゼル、召使セルン。そして経過を見守っていた看護士――病室に詰めていた一同が、途端に歓声を上げたため、デモクラシアは夢の内容をすっかり忘れてしまった。




◇◆◇




 国内に電撃的朗報が駆け巡った。


 デモクラシア・オルテル・ライオ、回復す――。


 その一報に市井の人々は沸き返り、現代の英雄を無邪気に褒め称えた。特にエイシーハや周辺に住む市民たちは、彼女へと直接に賞賛の声を投げかけようと、エイシーハ中央病院へ押し寄せた。

 一方で、打算的な各界の有力者も、みな一様に行動を開始する。

 すでに彼らにとってデモクラシア・オルテル・ライオは、王臣筆頭ライオ家を出奔した無謀な小娘などではなく――新王国統一議会議員のひとりであった。冷徹な分析力をもつ権力者からしても、彼女の当選は疑いようのないことだったのだ。

 そのため覚醒したデモクラシア・オルテル・ライオの許には、高級官僚や新王国軍将官、各国の大使館職員をはじめとする「見舞い客」が、ひっきりなしに訪れる。

 国民の間で絶大な人気を誇る新たな議員のひとりと、少しでも誼を通じようとする浅ましい連中――だが、デモクラシア・オルテル・ライオは、彼らを邪険にすることなく、むしろ喜んで会った。


「お気をつけてください」


 病床の身にもかかわらず、彼らと続けて歓談するデモクラシア。

 その会談と会談の合間、僅かな休憩時間に、召使セルンが彼女に耳打ちした。

 だがデモクラシアは、「身体ならもうだいじょうぶだ」と笑みを浮かべるばかりであった。実際、彼女の容貌はほとんど平常通りに戻っており、精神的にも肉体的にも健康そのものと言えるくらいにまで回復していた。

 憎き融合騎とそれをけしかけた国民防衛戦線のことごとくを、自身の手で抹殺できなかったのはデモクラシアにとって確かに口惜しいものだった。が、寝て起きてみれば名ばかり高名な有象無象が、こぞって挨拶に来ることが愉快でたまらず、彼女はたちまち元気を取り戻していたのである。


 だがセルンが気にしていたのは、デモクラシアの身体のことではない。


「いまこの病院は、不特定多数の人間が出入りできる状態です。融合騎をけしかけた連中の残党が、刺客を送り込んでくるやも」

「そうなったら国家警察は解体だな、今度こそ」


 なあ、とデモクラシアが笑いかける。

 彼女が笑みを向けた先には、病室の四隅や窓際を占領する紺の公僕たち。厳しい表情を崩さないまま、不動の姿勢で立っている。

 彼らは国家警察庁長官がわざわざデモクラシアを警護するために用立ててくれた、特別選抜の警備部隊であった。デモクラシア絡みで失点の多い国家警察は、どうやら方針を転換したらしい。とにかく国民的英雄デモクラシアに協力することで、市民の支持と信頼を回復すべく動きはじめている。


(国家警察庁長官がわざわざ感謝状を手にしてここに来たときは、笑い出しそうになってしまったほどだ。実に滑稽きわまる)


 だが一方の召使セルンは、どちらかというとこの状況を歓迎していない。


「訪問者たちの思惑にも警戒した方がよろしいかと」


 召使セルンの忠言に、デモクラシアはそこまで気を張る必要はないだろう、と思いながらも、一応彼女に同調してやることにした。


「利益を生みそうな勝者に擦り寄る連中の思惑など知れたものだが――たしかに油断はしない方がよさそうだな」


 それからデモクラシア・オルテル・ライオは、回復からそう日が経っていないにもかかわらず、しばらく新王国統一議会議員として訪問客に応じた。


「おや」


 時は夕刻。

 そろそろ有象無象の相手にも飽いてきた頃、デモクラシア・オルテル・ライオは、意外な訪問者を迎えた。


「申し訳ありませんが、デモクラシア様はお疲れです。また――」

「いや。セルン、失礼だぞ。私はだいじょうぶだ――が」


 敵意を隠そうとしないセルンをなだめたデモクラシアは、薄ら笑いを浮かべて自身の病室に現れた訪問者に視線をやった。


「上級大将閣下ともあろう人が、私のような売国奴とお会いになるとは。そうとうなにかがあったのだろうな」


 売国奴、という言葉を強調した彼女の視線の先に立っていたのは、煌びやかな勲章と金糸で装飾された軍服を纏う男。歴戦の勇士であることを雄弁に物語る、潰れた鼻と古傷が印象的な彼は、デモクラシアの皮肉を無表情で流した。


 ヘイトル・タイジウ・スリニ上級大将。


 新王国軍の頂点、4名しかない上級大将の1柱。その影響力は、新王国軍内だけには留まらない。選挙に拠らずとも、高級将官枠で新王国統一議会に出席できるため、国政にも参加できる男が――そしてエンドラクト新王国の防衛のためならば、手段を選ばない愚直な男が、そこに立っていた。

 その彼は次の瞬間、デモクラシアに対して頭を下げていた。


「帝国主義の魔の手からこの国を守り抜くために、力を貸して欲しい」


 繰り返しになるが、彼は目的のためには手段を選ばない。矜持や体面を保つことなど、なんとも思っていないのである。


(この国を覇権主義者どもの悪意に対抗できる国にするには、この女の協力が絶対に必要だ――!)


 国防に身命を捧げる彼は、その一心で頭を下げている。

 これに対して鷹揚に笑ったデモクラシアは、いよいよ勝利の実感を噛み締めて、つい口を滑らせた。


「この私が単なる非現実主義的な平和運動家、と思われているなら心外だ。

 エンドラクト新王国を防衛する構想もある。そしてその実現も、私なら可能だ」


 デモクラシア・オルテル・ライオ。

 彼女は一国の議員に成り上がった程度で、満足する人間ではない。




「悔しいものですね」


 寂れた館。

 剥げかけた壁紙と絵の入っていない額縁が並ぶ、空虚な食堂に少女の声が響く。

 ひとり席にかける少女――サワナタ・フェイドットル・ティヴァイタマは、目の前に並べられた食事に手をつける気にもなれず、背後に控える老執事へと声をかけたのであった。

 その口調は、運命というか、事の成り行きを恨むといった調子だ。

 だが彼女の老執事は、瞳を閉じたまま穏やかに言う。


「デモクラシア様は、悪運がお強い」

「ええ、憎らしいほどに」

「いにしえより大成する政治家は強運の持ち主である、と言われています。デモクラシア様の悪運は、初代国王陛下にも匹敵するかもしれません。そして何かしら同様の業績を収めるかもしれませんな」

「冗談はやめてください。彼女は所詮、大衆扇動家でしかないですよ」


 サワナタの言に、老執事はにやりと笑う。


「この新王国は良くも悪くも典型的な民主主義国家です。お嬢様、それをお忘れなきよう」

「……そうでしたね」


 だいたいサワナタ自身も衆愚につけこむ戦術を採っていたのだ。

 デモクラシアのことを悪し様に言うことはできないが――言わなければ、彼女は自身の感情を落ち着けることが出来なさそうだった。融合騎襲撃の一件を経て、この選挙区におけるデモクラシアに対する支持は磐石のものとなった。

 たしかに歴史上の偉人や高名な政治家たちは、みな運に助けられている節がある。

 が、デモクラシアのそれは――。


「愚考ですが」


 老執事は、微笑を浮かべたまま少女に意見を具申する。


「ティヴァイタマはデモクラシア様に協力することで家運を開くべきかと」

「冗談ですか」

「バリエラルト様なら、そうしたでしょう」


 老執事に父の名前を出されたサワナタは、冷静になった。

 一時の感情に振り回されるな――そういえば、生前の父にそう注意されたことがあっただろうか。体面や安っぽい名誉よりも、実を取る。それが没落の下級貴族から統一議会議員にのしあがった、父の生き方だった。

 そして老執事は、サワナタに畳み掛ける。


「サワナタ様。少なくとも、これ以上の対立を避けるべきです。これはあくまで老人の勘ですが、おそらく彼女は大成します――しかも穏やかではない政治家として」

「……考えておきます」


 父のように生きられるだろうか。

 サワナタは少し考えたものの、すぐに答えは出せなかった。

第1章 「新王国統一議会総選挙」編 完





ここから投稿ペースを上げて、週2回は更新できればと考えています。

荒唐無稽なお話ですが、今後とも応援よろしくお願いいたします。

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