26.デモクラシアの意地
爆発四散。一度高く舞い上がった融合騎の肉片と血が降り注ぐ中で、デモクラシアらと3騎目との決闘が始まっていた。
「クォックォックォックォッ」
その外見は、獰猛な雄鶏の脚とクチバシを持つ爬虫類、といったところか。
この種の融合騎は、近距離戦から中距離戦にまで対応した高性能騎とされている。その脚力と瞬発力に裏打ちされた高い格闘能力、全身を包む装甲鱗による優れた耐弾性能。そして頭部には、全方位へ魔力弾を連射可能な鶏冠が載っている。
攻防共に秀でたこの融合騎は、重火器の支援のない状態の歩兵たちにとって、死神に近しい存在であった。
そしてそれは、デモクラシアら一般市民にとっても同様だ。
一瞬の跳躍により距離を詰め、空中から繰り出される鋭い蹴撃。
人間の腹など簡単に破り、内臓を引き摺り出すその致命の一撃を、セルンは半身になって紙一重で回避し、雷撃を叩きこむ――が、やはり軍用騎に対して、電撃系の魔術はほとんど効果がない。
稲光の最中をすれ違う両者。着地した融合騎と、雷撃を放つのを止めて魔力を再集積したセルンが振り向くのは、ほぼ同時。そこから再び、三度と殺意漲る交錯が続く。
その頭上からサワナタが強襲を試みるも、融合騎は鶏冠から迎撃の弾幕を張ってこれを阻止する。
(明らかに決定打がない!)
魔力噴射で回避機動をとり、弾幕を避けたサワナタは焦っていた。
所詮、自身もデモクラシアの召使も、多少魔術が出来る民間人でしかない。本職の魔導兵のように技巧があるわけでも、高級貴族のように膨大な魔力を操作できるわけでもないのだ。軍用の装甲鱗を貫徹出来る魔術など、使えるはずがない。
デモクラシアがこの場に留まった以上、自分も退避するわけにはいかない――もしここで避難すれば、後でどう言われるか分かったものではない。とはいえ、勝機が見えないのも事実。
地に足をつけ、状況を把握したサワナタは、ちらと崩壊した仮設舞台を見る。
「我々は出来ることを全てやりました。デモクラシア様が退避されても、批判されることはないでしょう。1騎はセルン嬢とサワナタ氏が、もう1騎はクロウス警護官が指揮する機動隊の生き残りが抑えています」
「馬鹿を言えッ……。あいつは、殺す!」
崩れ落ちた仮設舞台の下では、ファゼルに付き添われたデモクラシアが、憤怒に駆り立てられるまま魔力の集積を続けていた。
「貴官ら新王国軍将兵のように、私のような貴族の家にも矜持がある!
魔力を操る能に長け、常に民の前に立ち、外敵を退ける――軍事組織や警察組織が発達した現代でも、それは変わらんわッ!」
中近世から今日に至るまで、ライオ家のような高級貴族が人々の尊敬を集めてきた理由には、その誇りと自己犠牲に満ちた歴史があるため、ということをデモクラシアは理解していたし、自身もそれを厭うつもりはなかった。
「だからあいつは私が殺す!」
漲る殺意。
そして自身が貴族であることを除外しても、そうする理由はある。
彼女は自分の思い通りにならないものなど、我慢ならない。それに意地もあった。サワナタがこの場に留まったのに、自分だけが避難するわけにはいかないであろう。
が、憤怒や殺意といった激情で、融合騎を殺すことはできない。
すでにデモクラシアは、立ち上がることさえ出来ずにいる。血中魔力が欠乏しつつあり、また体力・精神ともに消耗している彼女は、限界を迎えつつあった。
それでもデモクラシアは、視界が揺らぎ、激烈な偏頭痛に襲われる最中でも意識を手放さないでいた。そして彼女の両掌には、触れたものを蒸発させる超温のプラズマ火球。
「コケッケッケッケッケッ!」
「ちっ――」
他方で繰り広げられるのは、激しい格闘戦。
融合騎の蹴りを短剣で受け止めるセルン、やむなくその場に着地する融合騎――その着地の瞬間を狙い、サワナタが水面蹴りを繰り出す。
が、軍用騎の脚を折るには至らない。
「ケッケッケッケッ!」
セルンとサワナタの挟撃から逃れるように、再び跳躍する融合騎。
鶏と蜥蜴を掛け合わせた怪物はセルンの頭上を飛び越え、更に再跳躍、再跳躍、再跳躍――。
「しまった……!」
思わず叫ぶセルン。
ふたりから逃れるように跳躍する融合騎が進む先には、動けないままうずくまる彼女の主人がいる。
「デモクラシア様ッ!」
融合騎を追い縋らんとするセルンだが、彼我の速度差は絶望的で、その背中を捉えることはかなわない。
一方のデモクラシアは「来たか」とセルンの絶叫に答え、顔を上げるとともに迎撃の構えを取る。彼女の右掌には、プラズマ化した魔力の刃――プラズマカッターが生成され、みるみる内に数十歩間にまで伸長した。
「ケ――!」
「くたばれ」
跳躍突撃をかける融合騎を迎え撃つ。
が、体力・精神力ともに限界を迎えていたデモクラシアにとって、それは酷く難儀なことに違いなかった。
彼女が横薙ぎに振るった右腕。
そこから伸びた恒星以上の高温を発する刃は、結果から言えば融合騎を絶命させるには至らなかった。デモクラシア渾身の斬撃は、致命箇所から大きく逸れ、融合騎の鶏冠の上辺と、大きく広げられた両翼の上辺とを蒸発させるに終わった。
消滅する超高温の刃。
斃れるデモクラシア。
迫る融合騎――。
無駄と知りつつも拳銃を構えるファゼル、ただ融合騎の背中を見つめることしか出来ないセルン。
両者ともこの瞬間は、時間が止まったように感じられた。
うつ伏せに斃れたデモクラシアへ、空中から蹴撃を繰り出そうとする融合騎――このとき彼は間違いなく勝利を確信していただろうし、ファゼルとセルンは敗北を覚悟していた。
が、次の瞬間、融合騎の姿勢が傾いだ。
横合いから超音速で翔けてきた火球が、融合騎の右胴を直撃して炸裂。
その衝撃と爆風に煽られた融合騎は、攻撃を止めていったん着地せざるをえなかった。
「なっ」
突然の出来事に驚愕したファゼルは、素早く火球が飛来して来た方向へ視線を滑らせる。
その先には50絡みの男――デモクラシアの父、リチャルド・レオハルト・ライオが立っていた。
冴えない風貌、白髪頭、紳士服。荒事向きではなさそうな見た目とは正反対に、彼の両掌は、愛娘に危害を加えようとする怪物を殺すべく、超温度の白炎を纏っている。
そして全身からは、殺意をほとばしらせている。
「リパブリア――」
実を言えば彼は、ずっと自身の娘を気にしていたし、見守ってもいた。
喧嘩別れしたものの、リチャルドはデモクラシアのことを密かに応援していたし、今日という晴れの舞台を見逃すはずがなかったのである。
融合騎の襲撃当初は避難する市民たちが邪魔になり、身動きさえ取れなかったが、遅れ馳せながらいまようやく彼はこの戦線に参加することができた。
「俺に力を貸してくれ」
リチャルドの両腕からプラズマ化した魔力が立ち昇り、渦を巻いて旋風と化す。
その殺意と魔力量を脅威と認識したか、融合騎はリチャルドに向き直り、連続跳躍ですぐさま距離を詰めにかかった。
しかし、遅い。
リチャルドが放った魔力の奔流は、一瞬で融合騎を呑み込み――青白の光芒が消え去った後には、何も残らない。強固な装甲鱗も恒星の表面にも負けない超熱量の前では、何の役にも立たなかった。文字通り鳥類と爬虫類を掛け合わせた怪物は、蒸発してしまった。
そして残る1騎の融合騎もまた、掃討されようとしていた。
『発砲を許可する』
突如として上空に現れた複数の機影。
それは、黒鉄の装甲と魔力稼動式の強化人工筋肉に身を包み、魔力噴射装置で空翔ける機械化警官の群れ。
残る融合騎は、彼らの登場に気づく時間も与えられなかった。
降り注いだ1/2指間(=15mm)連発銃弾の弾雨が、融合騎の全身をずたずたに引き裂き、骨肉を粉砕していく。類人猿と爬虫類を掛け合わせた強靭な肉体が、たったの1秒で血肉弾ける半死半生、瀕死のそれへと変貌する。
「ヴォオオオォォオ」
なんとか弾雨から逃れようと駆け出す融合騎。
が、無駄な努力だった。撃ち下ろされる火線は一瞬こそ融合騎から外れ、地面を抉り土煙を立ち昇らせたものの、ほどなく融合騎は再び捕捉照準される。そこから彼が物言わぬ肉片になるまで、機械化警官たちは無感情に、無慈悲に、重連発銃の引き金を引き続けた。
(酷い)
展開式安定翼と魔力噴射装置を使って滞空する機械化警官のひとりは、眼下の光景を現実のものだと、到底信じることが出来なかった。
血溜まりの最中に転がる衣服を纏った肉塊――五体満足ではないがそれでも緩慢に動く何か――崩壊した仮設舞台の前では紺色の制服を纏った死体が、列をなしている――!
「くそったれえっ!」
しぶとく生き残った不良警官クロウスは悪態をつき、幾度も融合騎の銃殺体を蹴った。
その周囲では数人の機動隊員たちが、呆然と周囲を眺めている。この場にいないほとんどが――第1機動隊、第4機動隊のほとんどが、大怪我をしたか、おそらくは殉職した。その事実を受け容れることが、できないでいる。
「デモクラシア様ッ、デモクラシア様!」
そしてセルンの、悲痛な叫び声が響き渡っていた。
セルンとファゼルによって仰向けに起こされたデモクラシアだったが、彼女はすでに意識はない。
「落ち着け、息も脈もある!」
普段の鉄仮面ぶりからは想像できない表情を浮かべ、ただただ主人の名を呼ぶ召使とは正反対に、元新王国軍下士官のファゼルは冷静だった。
「魔力操作の連続による過労か、急性魔力欠乏症だろう。大丈夫だ」
未だ自身の魔力操作量の限界を熟知していない魔導兵が、魔術を行使し続けた結果に意識を失うことはよくある。
(とはいえ)
度が過ぎれば過労死、あるいは魔力欠乏性の内臓機能不全で死亡するため、決して油断できるものではない。
ファゼルは取り乱すセルンをなだめつつ、ただただ救急隊員の到着を待つしかなかった。




