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25.踏みにじる(後)

 永きに渡る人類による闘争の歴史は、大量破壊兵器(反応弾・生物兵器・化学兵器)や生命の尊厳を辱める戦術級魔導兵器を生み出した。

 その没義道を極めた兵器群の一種に、「融合騎」は名を連ねている。

 この種の兵器の特性は、字面が示しているとおりだ。この世界と異世界に生ける、あらゆる動物の闘争本能・戦闘能力を継ぎ接ぎした生体兵器。開発時期や製造国によって、その外見と性能には差異があるものの、大概の融合騎は拳銃弾や小銃弾に耐えられるだけの継戦能力、猛獣の筋力を持ち合わせている。


 そんな生体兵器が、いま立候補者演説会の会場にいた。

 数は4騎。もちろん彼ら軍用の人工生命たちは、子犬めいて会場に迷い込んだのではない。

 突如、群集のど真ん中に着地した体高6歩間(約3m)の融合騎は、群集たちが騒ぎ出すよりも早く鎌のついたその長大な前腕を振るう。それだけで人垣が薙ぎ倒され、絶命した。融合騎は蟻由来の大顎を噛みあわせ、耳障りな音を叩き出す。彼にとって人間とは、血液と脂肪の詰まった薄皮袋でしかない。

 地上に降り立った融合騎は、もう1騎ある。獰猛な類人猿の両腕を持つ融合騎は、着地点に居合わせた不幸な人間たちを殴り殺すと、爬虫類めいた口先から毒霧を朦々と吐き散らし、周囲の人々の視界と生命を奪い尽くす。

 残りの2騎は、地上には下りない。が、この大虐殺には参加していた。魔力操作と昆虫や鳥類由来の羽を使って滞空した彼らは、虚空に魔力弾を生成し、無抵抗な人々の集まりへと投射する。


「こいつはまずいぜお嬢様、さっさと逃げんぞ!」


(4騎の融合騎――これは、「防げた」事案だ! くそが!)


 一方の舞台上。デモクラシアの傍に待機する警護役の不良警官クロウスは、内心で情報課の無能を呪いつつ、自身の護衛対象に逃走するよう勧めた。当然、彼にはこの会場の警備体制が頭に入っている。そしてこの会場の警備力では、融合騎たちを止めることなど到底出来ない、ということが分かっていた。

 実際、空中の融合騎へ何人かの警官が発砲している。が、命中してもそれは所詮、拳銃弾か小銃弾だ。仕留めるどころか、彼らの堅皮を貫徹することも出来ない。


「こちら1機3中ッ――会場に軍用騎現る! 繰り返す、会場に軍用騎!」

「どっから現れた!? 新王国軍航空総隊は居眠りでもしてるのか!?」

「拳銃なんてまったく効かない! 機警(機械化警備班)の応援を呼んでくれ!」


 会場には逃げ惑う市民の悲鳴と、想定外の怪物と対峙することになった警官たちの恐慌寸前の絶叫が響き渡る。


(相手は軍用騎だ。この会場の警官の武装といえば、小銃がせいぜい。すぐさま止められるわきゃねえんだ)


「聞いてるか、お嬢さんッ!? どうせ俺達に出来ることなんぞ――」


 流石の不良警官クロウスにも、余裕がない。焦燥感を押し殺し、若干の早口で避難を進言する。


 が、デモクラシアはクロウスを無視した。


「万死に値する――!」


 旋風が吹き荒れた。

 仮設舞台上に膨大な魔力が掻き集められ、デモクラシアの右掌へと収束する。

 火種――火花――小火――炎――火焔!

 次の瞬間、彼女の右手が握り締めていたのは、長大なる火柱。紅蓮の大槍。彼女の銀髪と純白の婦人服ドレスは、業火が放つ光を受けて、赤橙に光り輝く。全身で魔力の残滓が弾け、火花と白光が乱散する。


「死ねぇええぇえっ」


 身も蓋もない絶叫とともにデモクラシアが投げ放った炎槍は、滞空しながら対地掃射を続ける怪物へと真っ直ぐ殺到する。


「!」


 当然、軍用人工生物――蟷螂や蜂、蟻、蜘蛛を掛け合わせた醜悪な怪物は、危機をいち早く察知。三次元機動でこれを回避しようとする。

 だがどれだけ機敏に回避運動を行おうとも、炎槍の穂先は真っ直ぐに怪物の胸目掛けて突き進んでいく。

 理由は単純だ。デモクラシアが放った火焔の円錐。その先端からは魔力波が常に発せられており、目標に反射させた魔力波からその位置を常に把握し、自身の機動を修正するようになっている。異世界における電波ホーミング式の誘導弾ミサイルと同様の原理である。

 隠密ステルス性が皆無の融合騎に、これが振り切れるはずがなかった。


 デモクラシアの魔力槍は、昆虫めいた融合騎の外骨格を貫徹すると、その内部で炸裂した。凄まじい威力だった。外骨格に包まれた内臓や筋肉が一瞬で蒸発するどころか、その爆発力に耐えられず、堅牢なはずの外骨格が爆発四散する。


 響き渡る轟音。

 吹き抜ける熱風と衝撃波。


 恐慌状態に陥っていた市民も、警官も動きを止め――それどころか、残り3騎の融合騎でさえもが殺戮の手を止めた。

 音もなく、硬直状態に陥る会場。

 その中でデモクラシア・オルテル・ライオだけが、散逸した魔力を掻き集め、そして怒鳴った。


「畜生ごときがッ――自由選挙に挑戦するつもりかァ!?

 来い! 自由民主主義わたしに楯突くことがどういうことか! 教えてやるッ!」


 嚇怒したデモクラシアに、正常な判断能力などない。いまの彼女には、自身の演説を邪魔した人外どもに、懲罰を加えることしか頭になかった。


「すげえ」

「融合騎を、一撃で――」


 彼女の怒声が響き渡ったとき、人々はデモクラシアの力強さに蘇生する思いがした。

 古代より膨大な魔力を操作して人々を守護してきた人種、「貴族」。デモクラシアはまさしくその高級貴族の末裔なのであった。


「ジッジジジジジジジ」


 一方、残る3騎の融合騎は、自身にとって脅威となり得る存在がこの場にいることを確認した。脅威度判定。そして彼らは、仮設舞台上の新目標目掛けて、進路を邪魔するもの全てを粉砕しながら駆け始める。


「は?」

「くそっ……」


 舞台上でデモクラシアの護衛を務めるふたり――不良警官のクロウスと、元下士官のファゼルは同時に呆け、すぐさま自身の得物を引き抜いた。

 国家警察の制式拳銃と、大型哺乳類さえも射殺可能な大型拳銃――が、軍用騎を相手にするには、両者の武器はあまりにも頼りなさすぎる。が、ないよりはましだ。


「セルンッ」

「はっ」


 デモクラシアに呼ばれたセルンは、逆手に持った短剣を構え、自身の主人を庇うように前へ出る。デモクラシアの魔術は高い破壊力を誇るものの、燃費が悪い。連射が効く代物ではなく、散逸した魔術を再び掻き集めて集中するのに時間がかかる。

 その間、デモクラシアの盾になるのが、セルンたちの役割であった。


「お前らなに呆けてるッ! 奴らの狙いはデモクラシア様だ、展開しろ!」


 さらに。

 デモクラシアを防護するべく、仮設舞台の前に人の盾が構築された。


「はっ! 行け行け行け行けえ!」

「俺ら4機(第4機動隊)はここで死ぬぞッ!」

「てめえら警備で飯食っててこのざまか!? やるぞ4機1中!」


 濃紺の制服を纏い、防御・打突兼用の防盾を構えた機動隊員たち。

 デモクラシアの勇姿に励まされ、恐慌状態から立ち直った彼らは、勝ち目もない戦いに臨む。国家警察警備部機動課の機動隊は、あくまでも暴徒の鎮圧を主任務とする集団であり、軍用騎を想定した集団ではない――対した足止めも出来ずに蹴散らされるのは、本人たちでさえ分かっていた。

 が、それがどうした。


「警察力なめんじゃねえ!」

「ガチガチガチガチガチガチガチ」

「突き崩せ、1、2、3――ッ! 押せぇえええええぇえ!」


 紺色の防衛線に融合騎が突っ込むと、悲鳴と怒号と銃弾が飛び交う大混戦が始まった。

 魔力弾の斉射と融合騎の豪腕によって、容易く薙ぎ倒される機動隊員たち。それでも彼らは諦めずに立ち上がる。融合騎の打撃を数人がかりで受け止め、押さえ込み、融合騎の足を止める。その隙を逃さず、銃器犯罪対策班の狙撃手が、融合騎の巨大な瞳を撃ち抜いた。

 が、手負いの獣ほど恐ろしいものはない。

 流血の量が増えるにしたがって、融合騎の猛攻も勢いを増す。

 重連発銃と同等の連射力・攻撃力を兼ね揃えた魔力弾が、機動課機動隊制式の盾を無慈悲にも撃ち抜き、機械化歩兵の装甲をも粉砕する打撃が、決死の精鋭たちを吹き飛ばしていく。


「があ゛ぁああぁああ脚、あ゛しが――」

「お前ら、あいつを下げるぞ!」

「てめえらまだ死ぬには早い! こいつらを沈めてから死ね!」


 足掻く第4機動隊。防衛線はすでに破綻寸前で、常日頃の鍛錬で培った敢闘精神と、国家警察の最精鋭という矜持によって、ようやく持ち堪えている状態であった。

 これが警察力の限界だ。デモクラシアを警護する、というよりも、自身が生き残るための格闘になりつつある。目標から流れた魔力弾が仮設舞台の柱を粉砕し、デモクラシアたちを乗せた舞台が傾いで、横滑りするように崩れた。


「来るぞ!」

「ファゼル下士、勝算は!?」

「残念ながら」


 機動隊員たちによる決死の抵抗を振り切った1騎――複数の昆虫を掛け合わせた融合騎が、崩壊した仮設舞台へ、その近傍に立つデモクラシアたちへと迫る。元下士官と不良警官はすかさず弾幕を張るが、ふたりの拳銃弾はその外骨格を叩くだけで、何の効果もなかった。


「任せてください」


 魔力を噴射し、迷いなく飛翔したセルン。

 半身麻痺の影響など感じさせない優速の召使は、迎撃の弾幕と豪腕を潜り抜け、彼の節足へと抱きついた。

 と、次の瞬間には、彼女の全身から青白の雷光がほとばしっている。超至近距離の大雷撃。殺人的電撃が融合騎の外骨格を舐め、体内を駆け巡った。


「ガチガチガチガチガチガチ」


 が、絶命には至らない。

 軍用の融合騎は、落雷や敵魔導師の雷撃魔術への対策として、要所要所に絶縁体を仕込まれている。そのためにセルンは心臓や脳神経、神経節といった弱点を焼ききることが出来なかった。

 融合騎は自身の脚に組みついた脆弱な人間を挽肉にすべく、高速で脚を振り回す。


「ちっ」


 一旦離れたセルンに、追撃の姿勢をみせる融合騎。

 が、すかさず複数の銃弾が彼の複眼を叩き、その追撃を鈍らせた。ファゼルとクロウスの援護射撃。


「複眼すら破けないか!」

「が、十分です!」


 退却するセルンと入れ違いに前へ出たのは、サワナタ・フェイドットル・ティヴァイタマ。身体強化系・時間操作系・自重操作系の魔術を駆使し、疾駆する少女は、途中で崩壊した仮設舞台の鉄柱を拾い上げ――融合騎の脚部関節にそれを突き入れる。


「さすがは軍用騎」


 軍用生体兵器は、一女子の打撃で行動不能になるほど柔ではない。

 専門学校でもそれは学んでいたが、サワナタはそれを体験でようやく知る。


「ジジジジジジジッ」


 振り下ろされる豪腕。

 サワナタは後方の空中へ、跳躍回転回避。

 そして魔力噴射――空中で姿勢を制御すると、融合騎の顔面目掛けて魔力弾を掃射する。やはり複眼を潰すどころか、触角の一本を折ることも出来ない。


「まだですか!?」


 だが、目くらましには十分だった。


 返答の余裕さえなく、全力の魔力噴射で翔けるセルン。

 彼女は無手ではない。両掌に光輝を宿したデモクラシアを、セルンは抱きかかえていた。攻撃に全魔力を投じるデモクラシアには機動力がないため、彼女の忠実な僕が「足」になるしかないのである。


「失礼します」


 そしてセルンは渾身の魔力噴射で、デモクラシアを空中へ投擲する。

 虚空を飛ぶデモクラシア。その両掌は魔力の残光を曳き――その先には、融合騎の胸部がある。


「死ね」


 外骨格の表面に触れる左掌。

 次の瞬間に、融合騎は巨大な火柱と化していた。彼の体内を巡る魔力という魔力が、デモクラシアの干渉によって発火し、筋肉を、神経を、脳を焼いていく。

 そして、止めの一撃は右掌から発せられた。

 不可視の魔力線、熱線、爆風。巨大な火焔の塊は、その爆圧に耐えられない。

 ぐらり、と揺らぎ――そして仰向けに斃れ――内部の魔力塊が引火し、会場全体を揺るがす爆発を引き起こした。

 爆発音に混じり、機動隊員の生き残りや、まだ避難出来ずにいる市民たちから喝采が上がる。


「この程度……」


 熱風を纏って着地したデモクラシアだが、彼女は貧血を起こしたように揺らめく。魔力操作は極度の集中力を必要とするため、融合騎を吹き飛ばすほどの行使は、肉体に多大な負担がかかるのである。


 が、まだ倒れるには早い。


「あと2騎」


 第4機動隊を蹴散らした融合騎が、未だ2騎残っている。

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