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24.踏みにじる(前)

「で、おまえらはだれに投票すんの」


 酔っ払いどもの喧騒すさまじい居酒屋。

 紫煙と酒の臭いが充満する店内の話題は、意外なことに総選挙についての一択である。なにせこのエンドラクト新王国では、統一議会総選挙において最も儲かるのは、飲食業だといわれている。なぜなら人々は連日、居酒屋や飲食店に繰り出して、侃々諤々と意見を闘わせるからだ。これは自由選挙と言論の自由とが存在する新王国、その国民らしい一種の文化といえる。


「俺はサワナタちゃん! なんつってもほら、守ってあげたい感ない?」

「あ、わかるかも」

「はあ!? てめえらもしかして制服大好き人間かァ~?」


 そして店内の男どもは、きっぱりふたつの派閥に分かれていた。


「だいたいな!? デモクラシア様は名家中の名家、ライオ家のご令嬢ぞ! そこらへんの奴とは格が違げえっつーか」

「そのとおり! あの方こそ俺らが票を投じるに相応しいっての!」

「おいおい、親父さんを亡くしたサワナタちゃんのこと考えろよ!?」

「サワナタに投票しないやつはあれだ、とんでもない外道だぜ! 心がねえよなあ」

「ちょっと待て! デモクラシア様の公約は、なかなかのもんだ。そーゆーので票を入れるもんじゃねえ」

「真面目だなあ、おい! どーせ誰がなったって変わりゃしないんだから、自分が好きな奴に入れればいいんだよ、票は!」

「本音言っちゃあおしまいよ! ただ俺たちに必要なのは、糞ヴァニアの戦争大好き人間どもに屈さない強い議員だかんな。それはもうデモクラシア様しかありえねえだろうが!」


 ……。


 デモクラシア・オルテル・ライオが希代の詐欺師であるとすれば、サワナタ・フェイドットル・ティヴァイタマは名女優であるといえる。彼女は市民が求める虚像――亡父の遺志を継ぎ、不慣れながらも奮闘する少女――を完璧に演じてみせた。

 自然、市民たちの同情は集中したし、それは数字にも表れた。

 大手新聞社の世論調査によれば、サワナタの支持率は爆発的に急上昇を果たしており、まさに猛追。デモクラシアが首位にあることは変わりないが、そのサワナタ陣営の勢いは、反戦平和団体カヴェリアの関係者の心胆を寒からしめるものがあった。


 ちなみにサワナタ・フェイドットル・ティヴァイタマの政治的主張は、大して魅力的ではない。要は戦前と同じだ――経済は自然に任せ、軍事は隣国を刺激しない程度の拡張に努め、外交は大陸西部・中部諸国との協調路線を往く。端的に言えば、「事なかれ主義」である。

 デモクラシア・オルテル・ライオが主張する諸案に比較すれば、見劣りすることは間違いなく、またデモクラシアのように更に踏み込んだ改革案を、彼女は腹に秘めているわけでもない。

 彼女の人気は、自身がいわゆる「2世」であることを最大限活かした戦略・戦術によってのみ支持されているのである。

 つまりデモクラシアがいくら革新的で魅力的な公約を打ち出し、サワナタの主張を論破しようと、サワナタの人気が下落することはない。サワナタの支持層は人情から彼女を応援しているのだから、政治的主張の中身などどうでもいいのだ。


 このサワナタの支持層を切り崩すのは、容易なことではない。


 そのためデモクラシアは、暴力的手段によるサワナタの排除を検討した。が、正式な選挙候補者であるサワナタには、デモクラシア同様にエイシーハ国家警察署警護課の警察官が常についている。これでは隠密裏に排除する隙がない。拉致監禁・殺害を試みれば、確実に犯行が露見する。


「いざとなれば、私が」


 殺人罪で逮捕されることは間違いありません。その場で射殺される可能性もありますが、必ず彼女を排除してみせます。


 そうデモクラシアに耳打ちしたのは、彼女の忠実なしもべセルン。半身に障害が残る召使は、自身のことなど厭わない。主人のためならば殺人罪に問われようが、警官隊に射殺される可能性があろうが、関係がない。デモクラシアの許しさえ得られれば、白昼でも確実にサワナタを始末するつもりであった。


 だがデモクラシアは「あいつごときにお前を失うわけにはいかない」、とその提案を蹴った。セルンが反戦平和団体カヴェリアの構成員であり、デモクラシアの側近であることは国家警察の人間はおろか、市井の人々も知っている。ここでセルンが殺人を犯せば、デモクラシアとカヴェリアに対して世論は激昂するであろう。


(打つ手がないな)


 デモクラシアとしては、街頭演説を中心とする通常の選挙活動をそつなくこなしていくほかない。




◇◆◇




 海の月の15日。

 新王国の夏らしい晴天に恵まれたこの日、エイシーハ中央公園にて、立候補者演説会が開催された。この野外会場に詰めかけた市民たちは、万単位。彼らはただただサワナタとデモクラシアを一目見たいがために、暑い中を集まってきたのである。

 もちろんサワナタとデモクラシアの二嬢以外にも、立候補者は存在している。だがしかし、そのほとんどが売名目的の立候補者であり、彼らに対する市民の注目度は零に等しい。そのため最後から2番目に演説するサワナタの出番まで、野外会場は盛り上がりに欠けていた。

 ところが。


「みなさんっ! きょうは暑いなか、私たちのために集まっていただき! ありがとうございます!」


 拡声の魔術ごしであっても、懸命さがひしひしと伝わってくるサワナタの挨拶がなされると同時に、会場は沸いた。選挙の立候補者を見に来た、というよりは、可愛い女の子を見に来た感覚の市民たちの歓声が、真夏の熱気と蒼空を圧す。はしゃいで飛び上がっては手を振りはじめる人々。

 そんな彼らに向かって、仮設舞台の上に立つサワナタは手を振りかえし、「ありがとう」を連呼する。

 その歓声の最中。顔面いっぱいに喜色をたたえる市民とは対照的に、場内を警備する警官たちの表情は、緊張から硬くこわばった。国家の威信を賭け、会場警備に臨む地域部治安維持課や警備部警備課の警官、警備部機動課の機動隊員たちは、観衆たちの間に不穏な動きはないか、神経を磨り減らす。

 しかし彼らの心配は、杞憂であった。

 サワナタがとにかく自身の可愛らしさを強調する仕草とお喋りに終始し、人々を過剰なまでに熱狂させたが、興奮して仮設舞台に近づこうとするような暴徒が出ることもなく、幸いにも警官たちが恐れていた事態はなにも起きなかった。


「こりゃすげえ盛り上がりだぜ」

「ふん。くだらんな。中身がない話がただ延々と続くだけで、ひどく退屈だったぞ」


 仮設舞台の袖では、いよいよ出番を迎えようとするデモクラシアと、警護役の警察官クロウスが軽口を叩き合っていた。その背後には召使セルンと元下士官ファゼルのふたりと、彼らに従うカヴェリアの構成員たちが待機している。

 そのうちに会場全体を、大拍手が響き渡った。


「サワナタ候補の演説、終わりましたー」

「デモクラシア候補、どうぞ!」


 が、デモクラシアは臆することなく、舞台袖から舞台中央へと歩み出す。


 ……彼女を待っていたのは、人々の悲鳴と絶叫であった。

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