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23.新王国統一議会議員選挙候補者、サワナタ・フェイドットル・ティヴァイタマ

 この時期、デモクラシアの元には多くの訪問者があった。

 エイシーハ市政関係者。佐官級の新王国軍将校。中堅官僚。魔導主神会司教。大手新聞社記者――挙げればきりがない。

 彼らの目的はひとつ。大中央選挙区において当選確実とみなされているデモクラシアに会い、彼女の動向を探ることにあった。自身が所属する組織にとって、彼女は益か害か。そして組織の既得権益を、彼女が認めるかどうか。


 そのことごとくに、デモクラシアは会った。

 もちろん彼女は、訪問者たちの目的を看破している。誰ひとり分け隔てなく、エイシーハ市中央区に開設された反戦平和団体カヴェリア事務局で、彼女はにこやかな笑顔ととも彼らに会った。そして彼女は訪問者達に対して、彼らが期待する回答を適当に与えてやり、彼らを満足させて帰らせてやる。が、一方のデモクラシアは、本心では彼らのことを嘲っていた。


(お前らのことなんか知るものか)


 デモクラシアは実際のところ、当選後には好き勝手にやるつもりでいる。利用出来るならまあ生かしてやる。邪魔なら叩き潰す。既得権益に気を遣い、遠慮してやったりなどするものか。唯我独尊を地で往くデモクラシアにとって、事前の口約束など何の意味ももたない。

 彼女はどんな人物と面会しても、特に動揺することも媚びることもしなかった。


 が、海の月の7日。

 デモクラシアにとって、意外な人物があらわれた。


「本日はお忙しいなかお時間を割いていただき、ありがとうございます」


 卓を挟んでデモクラシアに対峙したのは、議員候補者サワナタ・フェイドットル・ティヴァイタマであった。その鳶色の瞳は挑戦的にも、デモクラシアの深紅の瞳を捉えて離さない。相手が誰であろうと決して負けない、という強い意志が、彼女の瞳の深淵には潜んでいる。それがデモクラシアにもすぐ分かった。


「いや……」想定外の訪問者に、デモクラシアは一瞬沈黙した。「実を言えば私も貴女とは、いつか話をしたいと思っていた。いい機会だ。かけてくれ」

「失礼します」


 彼女の一本筋の通った健康的な体躯、毅然とした言葉の調子と姿勢。

 それにデモクラシアは内心、首をかしげた。こいつは本当に“あの”サワナタなのか、と。街頭で演説をしていた彼女の姿とは、まったくもって違う。


(あれは演技だったということか?)


 サワナタが来客用の椅子に腰をかけるのを待ってから、デモクラシアも着座する。

 必要最低限の椅子と卓だけが置いてある、殺風景な事務局応接間。この場に存在する人間は3人。サワナタ、デモクラシア、そしてその背後に立つ召使セルンのみ。

 他には、誰もいない。


(やろうと思えば、この場でも殺せる)


 セルンが気を惹き、サワナタがこちらへの注意を外した瞬間に動く。

 サワナタのその細い首を掴み、彼女が体内に秘める全魔力を燃料として人体発火。彼女の全身を一瞬で炭化せしめる。サワナタには叫び声を上げる暇もない――なぜなら叫ぶ前に、声帯も肺も塵灰と化しているからだ。これでいける。

 そう算段をつけて、生殺与奪の権利があくまで自身にあることを確認したデモクラシアは、余裕綽々といった口調で切り出した。


「それで、きょうは?」

「きょうは、そうですね。言うなれば“宣戦布告”に参りました」


 強い語気で放たれる“宣戦布告”という単語。

 自信に満ちた彼女の口調。

 そのすべてが、デモクラシアの癇に障った。


「なら時間の無駄だな。同じ選挙区から立候補したのだ。敵同士であることは、最初から明らかではないか。なのになぜ“宣戦布告”など」


 そう嘲るデモクラシアを、サワナタの双眼がどこまでも真っ直ぐ貫いた。


「しょせんは私情、自己満足です。たしかに時間の無駄でしょう。でもこれだけは直接言っておきたいのです」


 そう前置きしておいて、サワナタは両者の関係を決定づける言葉を言い放つ。


「この父の選挙区で、お前のような“成り上がり”が選出されることは決してありえない」


 傍目で見ている者が居れば、その瞬間だけ時空間が凍りついたように思えただろう。

 暫しの沈黙。それからデモクラシアの髪先で魔力が爆ぜ、時間の流れが戻った。


「“成り上がり”……だと!?

 貴様は軍用翼竜を初めて実用化した歴史ある我がライオ家を!

 新王国独立の原動力となった我が王臣筆頭ライオ家を侮辱するか!」


 サワナタの言葉の意味を咀嚼し終えたデモクラシアは、激昂して怒鳴り散らす。

 そのたびに彼女の髪先や指先で、魔力が爆ぜて火花を散らし、威圧的な音を立てた。

 が、しかし。サワナタは激烈な口撃を開始する。


「何を勘違いしているのやら。

 私が言っているのは、貴女の政治活動の手法について“成り上がり”と評したのです。

 はじめてたった数ヶ月、口先だけの平和主義! それで善良な市民たちを騙せても、バリエラルト・ホウネット・ティヴァイタマの娘を騙すことはできない!」


(面倒なことに痛いところを衝いてくる)


 たしかにデモクラシアの反戦平和活動は、戦後まもなくにわかに始めたものだ。

 また、決して他者に対して認めることはないが、“口先だけの平和主義”というのも間違いではない。デモクラシアは平和主義や反戦運動に対して、なんら魅力を感じていない。むしろ彼女はどちらかというと、絶対的な権力とそれに服従する強力な軍隊を欲している……。


「ふん。そのバリエラルト・ホウネット・ティヴァイタマの娘は、随分と雄弁なのだな。街頭演説のそれとはまったく違うではないか。その演じ分け、貴様こそ市民を騙しているのではないか」

「希代の詐欺師に正攻法で勝つのは、少々難しそうなので。

 申し訳ありませんが、“亡父の遺志を継ぎ、不慣れながらも選挙戦に臨む健気な娘”という筋で打って出させていただきます」


 訪れる沈黙。

 デモクラシアの頭脳は、もはや議論のことを考えていなかった。


(この厄介者を、ここで始末すべきか?)


 行動すべきか、せざるべきか。

 死体や証拠を残すことなく、彼女を焼滅させることは可能だ。

 が、どうであろう。サワナタは当然、周囲の人間に反戦平和団体カヴェリアへ訪問することを告げているに違いない。つまりサワナタが行方不明となれば、警察が真っ先に疑うのはデモクラシアであろう。この時期、それは面倒くさいことこの上ない。

 が、その思考をサワナタは見透かしたらしい。


「そういえば最近は、立候補者に対する襲撃を企てている不届き者がいるとか。私は魔導専門学校で、護身術の方を勉強していますから大丈夫ですが――」


 遠まわしに釘を刺してきたサワナタに、デモクラシアは内心で舌打ちをした。

 これでは不意打ちで円滑に仕留めることなど、かないそうにない。


――こいつは忌々しい強敵だ。


 デモクラシアは、そう認めざるをえなかった。

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